CANNTAIREACHD - MacCrimmori's Letter - No.10

David Naill のエレクトロニック・パイプ

1st Sepember 1993

 のところのポンド安につられて、とうとうあのエレクトロニック・パイプを買ってしまいました。Piping Timesに広告が出ているDavid Naill & Co.の“EL2”というタイプのものです。
 David Nailではもともと“EL1”“EL2”という2つのタイプのエレクトロニック・パイプを製造していました。“EL2”は電子的な本体が組み込まれたケースの中に、電極のついたチャンターがぴたりと納まる、いわばフルセットタイプ。“EL1”はケースがなくてチャンターと本体だけの簡易セットです。それぞれ、£336、£249という価格がついていましたが、1992年の7月号の広告から“EL2”に一本化され、同時に価格が“EL1”の価格である£249に値下げされました。これはチャンスと思っているところに、折りからのポンド安。送金した日のレートが1ポンド167円だったので航空便代の£33を加えた総計£282が5万円にもならないという状況。15年前にハイランド・パイプを買った当時はたしか1ポンド460円位だったように思うのですが・・・。なんとも複雑な気がしますね。

 ころで、本当のところ生粋のバグパイプ原理主義者である私は、エレクトロニック・パイプなんてものは、ゴアテックスのパイプバッグと同じく、伝統楽器における近代的技術のお遊びという位置づけで、あくまでも邪道の産物と考えていました。ですから、私が購入を決めたのは、このようなポンド安の状況によるところが大でして、もしポンドがもっと高かったら、こんな《おもちゃ》に£249も出すのは気が引けたところでした。だって、これだけのお金(ポンド)をだせばちゃんとした《本物の楽器》が買える訳ですから。ポンドの価値は同じなのは分かっているのですが、実際に財布からだす“円”の軽さに思わず手が出てしまったというところです。
 実のところ、Hobgoblinのカタログを眺めながら決めていた次のターゲットは、made in Scotlandのブラックウッド製フルートだったのです。(いやいや、もちろん分かっていますよ。こんなことにうつつを抜かす前にピーブロック原理主義者である私たちが、まずしなくてはならないのが、Piobaireachd Society Book のNo.1からNo.15までを揃えることだ、ということは・・・)

 て、注文してから待つこと3週間余り、エレクトロニック・パイプが手元に届きました。ところが、本物を手にしてみてびっくり! それまで、このエレクトロニック・パイプなるものを《おもちゃ》だと決めつけていた私の考えは、嬉しくも完全に覆されてしまいました。
 このメーカーはもともと本物のパイプメーカーであり、最近では多くのパイパーがこのメーカーのチャンターを使って各地のコンペティションで優勝をしている、ということは広く知られています。実は私もそのような生粋のパイプメーカーが、エレクトロニック・パイプなどというものに手を染める、といったところに興味があったことも否定できませんし、「もしかしたら?」という気持ちがなかった訳ではありません。しかし、それにしても、本物を前にして私は思わず「うーん」と唸ってしまいました。

 ダークブラウンのボディに白のラインで“DAVID NAILL ELECTRONIC PIPES”という誇らしげなレタリングとパイパーのイラストが入った品の良いケース。持つだけで嬉しくなってしまうようなこのケースを開くと、チャンターの形にきっちり切り抜かれたウレタンに、指穴のところにニッケルでできた電極がついたエレクトロニック・パイプのチャンターがすっぽりと埋まっています。そして、なんといっても驚いたのはこのチャンターの本体が本物のチャンターと同じく、木目も鮮やかなブラックウッド(!)で出来ているということです。最も細くなっているネックの部分に、パイプチャンターと同じようにD.Naill Co.の名が誇らしげに刻まれているこのチャンターを見たとたん、私はこのエレクトロニック・パイプを《おもちゃ》などと考えていた自分のことを心から恥じました。そのチャンターは、David Naill & Co.という一流のパイプメーカーが、心を込めて作り上げた《本物の楽器》そのものだったのです。

 メカニカルな部分もなんとムードがあるのでしょう。スイッチ一つとっても、現代の日本の電気楽器メーカーだったら絶対使わないであろう、メタルのタンブラースイッチが使われています。そして、ボリュームノブやチャンタンーとドローンのチューニングノブも、ギザギザの刻まれたアルミ製の太くがっちりしたもの。ピッチを合わせるのはグリーンのシグナルランプの点滅具合で行います。最近の日本製のオーディオ機器に溢れているような、ふにゃふにゃのプラスチック製のスライドスイッチやLED表示盤などは使わないのです。

 「かっちりした感触のタンブラースイッチでチャンターの音色を選んでカチッ!とスイッチを入れ(チャンターの音色はハイランド・パイプとスモールパイプを選ぶことができます)、High-Aの音に合わせてチューニング。グリーンのランプの点滅がおさまったところでチューニング完了。おもむろにドローンのスイッチを入れる。ブーンというドローンノートをバックにチャンターが唄い始める・・・。」

 この一連の動作は、何故か、子供のころ憧れていたジャガーEタイプやトライアンフTR4といった60年代のブリティッシュ・スポーツカーを操る情景と相通じるものがあるように思えます。

「ブリティッシュグリーンのボディカラー。コノリーレザーの薫る品の良いシート。タンブラースイッチがずらり並んだ黒の結晶塗装のコンソール。ウォールナット製の磨き込まれたステアリングホイール。短いストロークで小気味よくカチッ!と決まるシフトノブ。オープンにした運転席でエキゾーストノートにまみれながら、緑濃いイングランドのカントリーロードを、生け垣すれすれに飛ばしていく。これぞブリティッシュ・・・!」 

 さて、メカニカルな部分についての説明はこの位にして、楽器としての説明をしましょう。
 チャンター本体の造りの良さについては先に書きましたが、面白いことにこの楽器の演奏部分は、まさに普通のプラクティスチャンターの形状をしているのです。つまり、チャンター本体にブロウパイプ部分をアタッチするわけです。普通はここにリードが収められるのですが、当然この楽器ではここにリードはありませんし、息を吹き込む必要もありません。では、一体なんのためにこのブロウパイプ部分があるかといえば、実は普通は口にくわえる部分に電極がついていて、そこを体につけていなくては正確な音が出ないようになっているのです。私の場合は口にくわえることはせず、唇の下あたりに押しつけて演奏しますが、つまりはプラクティスチャンターを演奏するときと同じ姿勢をとることになるわけです。
 もともと本物のパイプチャンターの演奏位置とプラクティスチャンターの演奏位置は違うわけですから、この楽器でプラクティスチャンターの演奏位置にこだわる必然性はあまりないようにも思えるのですが、メーカーとしてはこの楽器をあくまでも指の練習器具であると位置づけ、プラクティスチャンターのトラディションから必要以上に外れない、というスタンスを取っている、ということなのではないでしょうか。

 かし、本当はこのような雰囲気ばかりでなく、楽器としての機能が最も重要なのは言うまでもありません。実のところ、このような外見の完成度の高さを見た後でも、私は楽器としての機能についてはまだ半信半疑でした。つまり、ハイランド・パイプの演奏で一番避けなければならない「クロージングノイズ」(※注)の発生に関して、電気的な接点と指の接触を感知して音を出すシステムであるこの楽器がどの程度正確に反応するかということについて、期待をしながらも疑ってかかっていたというのが正直な気持ちでした。

 ころが、嬉しいことにこの疑いは完全に裏切られました。電極を押さえる指に応じて発せられる音のフィールは、本物のプラクティスチャンターのそれとほとんど変わりません。いや、考えてみれば当然なのかもしれませんが、ある意味では本物よりも正直だともいえます。少しでも指がずれていれば正確に反応し、クロージングノイズもはっきり聴こえます。Birl(バール)やCrunruath(クルンルアー)といった込み入った装飾音を始めとして、全ての装飾音がまさに小気味よく決まる、素晴らしいフィールを持っているのです。そして、ブラックウッドの手触りと相まって、本物のバグパイプのチャンターを演奏するような楽しみを味わうことのできる、素晴らしい楽器だといえます。
 エレクトロニクスメーカーがエレクトロニクス技術のはけ口として楽器を作ったというのとは決定的に違い、
生粋のパイプメーカーが新たな技術を使って現代版“プラクティス・パイプ”を作り上げた、というのがこの David Naill のエレクトロニック・パイプの最も的確なプロフィール、といえるのではないでしょうか。

 直なところ、本物のハイランド・パイプで音まみれになりながら、あるピーブロックを通して演奏するということは、リードの調整やドローンのチューニングといったことを除いて、単純にチャンターでのメロディーの演奏と言ったことに限ったとしても、そんなに簡単なことではありません。
 プラクティスチャンターである曲を繰り返し練習して全ての音を頭にたたき込み、通して演奏できるようになったとしても、パイプチャンターの演奏フィールはプラクティスチャンターのそれとは全く違います。特に左脇に大きなバッグを抱えて常にプレッシャーを加え続けなくてはならないということは、左手の指の動きに大きく影響を与えます。また、プラクティスチャンターのそれと比べて倍以上大きなパイプチャンターの指穴はまるで、指に吸い付くようで、リードの振動に抗して素早く指をたたきつけるのがままならず、練習を積んだ装飾音がうまく出ないことがよく有ります。

 方、プラクティスチャンターでいくら雰囲気をだして演奏しようとしても、息継ぎをしなくてはならないし、すぐに息苦しくなってしまい、バグパイプらしい音楽を楽しむどころではありません。息継ぎに関して言えば、あのThomas Pearstonがしたように、鼻から息を吸いながら吹き続けるという方法がないわけではないのですが、その技を修得することは、それこそ簡単なことではありません。(それにしても、10年前のあの時、彼が私たちの目の前で8分50秒の“MacCrimmon's Sweetheart”を息継ぎせずに一気に吹き通したあのシーンは忘れられません)
 それよりもなによりも、プラクティスチャンターでの演奏の欠点は、バグパイプの音色に欠かせないドローンの音が伴わないことです。その対策として、電子チューナーの発信音をドローン替わりに鳴らすという方法もないわけではないのですが、やはり自然音と電子音とで音質が違うのでどうもムードがでません。
もちろん、いうまでもなく本物のハイランド・パイプをそれなりのシチュエーションで演奏する喜びは、なにものにも代えられませんが、そのようなシチュエーションが普通の日本の家庭の中で、夕食後のくつろぎの時間などに得られるわけがありません。

 れらの様々な要因を考えたとき、このDavid Naillのエレクトロニック・パイプは、ドローンの音にまみれながらバグパイプを演奏する喜びを、プラクティスチャンターのフィールを味わいながら室内で手軽に楽しむ手段として、理想的なものだと思います。まして、スピーカーを使わずにヘッドフォーンを使えば、隣で本を読んでいる奥さんに遠慮することなく、いつでもどこでも好きなだけ、自分だけのピーブロックの世界に没頭することができるのですから。
 とにもかくにも、これまでは、CDやテープに録音された著名なパイパーの演奏でしか体験できなかった数々の素晴らしいピーブロックを、自らの演奏でシュミレーションできるというのは、今までにない体験なのでとても興奮してしまいます。
 私は毎晩、ヘッドフォーンでピーブロックを聴きながら安らかに眠りにつくのを常にしていますが、先日はベッドにエレクトロニック・パイプを持ち込んで
“ Lament for Patrick Og MacCrimmon” を演奏したのですが、なんと自分の演奏を聴きながらいい気分になってしまい、ついうとうとしてしまいました。

 ころで、この David Naill & Co.というパイプメーカーはどういう訳かその拠点をスコットランドではなく、南イングランド Somerset州のMinehead という土地に置いてます。地図で見るとブリストル海峡に面した海岸の保養地(避寒地)といった場所のようです。もちろん私は行ったことはありませんが、今回エレクトロニック・パイプの包装に使われていた“Somerset Free Press”というローカル新聞を通じてこの地方の様子がうかがえてなかなか興味深かったです。
 
だれとだれが結婚したとか、どこのカフェがどんなにいい店かとかいう、いかにも田舎らしいローカルな記事や、広告欄や売ります買いますのコーナーなども、いつどこで牛のオークションが行われるかとか、麦わら1束いくらで売ります、などといった農村ならではの雰囲気が満ちていてほのぼのとさせられます。保養地ならではのコテッジの不動産広告も、ポンド安を反映した驚くほどの安い値段にため息をつきながら、隅から隅まで読んでしまいました。
 この素敵なエレクトロニック・パイプは素晴らしいバグパイプサウンドとともに、ブリテン島の生活の香りも運んで来てくれたのです。

YoshifumicK Og MacCrimmori

(※注)クロージングノイズ:メロディーノートよりも数多くの装飾音を挿入するハイランド・パイプの演奏においては、音から音に移行するときにある指の動きが遅れることにより汚い音が出ることを一番嫌います。初心者は教師からこのクロージングノイズについてはことごとく鋭く指摘をされ、徹底的に矯正されます。戻る