ハイランド・パイプに関するお話「パイプのかおり」

第4話(2001/8)

リードとの果てしなき戦い

■とてつもなく堅いハイランド・パイプのリード■

 ハイランド・パイプのチャンター・リードはケーン(英語でCane、学名は“arundo donax”)で作られるダブルリード、つまりは写真の説明でも書いたとおりオーボエ、バスーン、ショーム、チャルメラ等と同じ仲間です。

 バグパイプの中でもブルガリアやチェコなど東欧諸国にはチャンター・リードもシングルリードのバグパイプもありますが、西欧のバグパイプ(イリアンパイプ、ノーサンブリアン・スモールパイプ、スペインのガイタ、フランスの各種パイプなど…)のチャンター・リードは皆同じダブルリードです。
 私自身が実際にこれらすべてのリードを見知っている訳では無いので、断言はしにくいですが、その音量から判断してハイランド・パイプのリードがこれらの中で最もハード(堅い)なものであることは多分間違いないでしょう。そして、その堅さは、他のリード楽器を少しでも知っている人にとっては多分想像を絶するものなのではないでしょうか。

 同じブリテン島のダブルリード仲間であるイリアンパイプやスモールパイプのものに比べても、大きさは同じかむしろ小さいほどですが、その代わりケーンの厚みはいかにも厚く、またその仕上げはどちらかというと繊細というよりは無骨という言葉が似合っています。つまり、見るからに堅そうなんですね。リードの具合を判断するために試しにちょっと音を出そうとする時でも、リードを唇に挟んで思いっきり強く吹かなくては「ビィーッ」とも鳴ってくれません。

■メーカーによって異なる個性■

左から、Warnock,  Henderson,  Shepherd, メーカー不明。
購入後、個体識別のためにそれぞれにメーカーの頭文字と連番を書いておきます。ヘンダーソンのものにはメーカーのスタンプが押されています。
各々のリードを横から見たところ。リードの舌の削り方や糸の仕上げの違いが分るでしょうか?
  古楽やクラッシックのリード楽器などでは、演奏者自らがリードを作る(削る)のは割と一般的なようですが、ハイランド・パイプの場合は演奏者がリードを作るということは殆どありません。それは、多分、ハイランド・パイプは絶対的な演奏人口が多く、リードを始めとしたパーツ類に対する需要が安定しているので、パイプメーカーなどがそのようなパーツを安定的に供給することが多いからではないでしょうか。

 これまで、リード類はパイプメーカーがパイプと一緒に供給するのが一般的でしたが、最近はリードだけを専門にする、言うなれば「リードメーカー」が目立ってきたように思えます。パイピング・タイムスを眺めていても、以前に比べてリードメーカーの宣伝が多くなってきたように思えます。
 そのような風潮を反映して、カレッジ・オブ・パイピングパイピング・センターや一般のディストリビューターの通販カタログでは、以前は単に「チャンター・リード」として一括りにしていたのを、それぞれのメーカー名を示してリストアップするようになりました。

 そして、幾つかのメーカーのリードを入手してみると、メーカー毎にかなり個性が異なることに気付かされます。それは、ステープルと呼ばれるリードの本体になる真鍮製のチューブや、ステープルにリードの舌を結わい付けている糸自体の仕上げ(ラッカー仕上げ?)などについてですが、さらに言えば音色を決定的づけるであろうケーン自体の削り方にも微妙に差があります。あるメーカーは根元から先端までをスムーズに削っているか(molded type)と思えば、あるメーカーのものは途中に段が付いていたり(ridge cut type)という具合です。

■リードは直ぐには鳴ってくれない■

 以前、メーカーが明示されないころは、カレッジ・オブ・パイピングのような権威ある組織に注文した場合でも、例えば10本のリードを入手したとしても使い物になるのはその内数本、悪ければ3、4本という感じでした。一応、先方でもテスト済みなのでしょうけど、演奏技術とリードメンテナンス技術両方ともが未熟な私にとっては少なくともそんな印象でした。「どうせ、日本のパイパーなんかにはろくなリードを送って来てはくれないのだろうな。」なんて僻んだことありました。
 ところが、メーカーから直接取り寄せたリードや、カレッジ・オブ・パイピングなどでもメーカー名が明示されるようになってからは、その水準が非常に高くなっています。それは、質の悪いリードを供給して評判を落としてしまうとその後の売り上げに響くので、それぞれのメーカーが厳選した製品を出荷するようになったからだと思われます。つまりは競争の原理ですね。

 とはいっても、ハイランド・パイプのチャンター・リードというものは、取り寄せたものがパイプにセットしてそのまま直ぐに演奏に使えるという程には簡単ではありません。
 手許に注文したリードが届いたら、まずはリードだけを唇に挟んでビィーッと鳴らしてみます。その段階で概ねの堅さが分ります。堅いものは思いっきり吹いても短くビィッという位にしか鳴りません。
 堅いリードはリードの腹の部分を芯になっている真鍮のチューブの先端を少し押しつぶすような具合に指で軽くプレスします。それで少しは鳴りやすくなるでしょう。それでもまだ堅いものは小さなプライヤーを使ってもう少し強く腹の部分をプレスします。この作業をするために、私はパイプケースに常備しているツールケースの中にはリードを傷めないように挟む部分に革を貼った折り畳み式のミニプライヤーを入れています。

 しかし、腹をプレスし過ぎるとリードは柔らかくなり過ぎて、音が直ぐに裏返るようになってしまいます。そのような時には真鍮チューブの口から先端を楕円形に設えたマンドリルという工具を突っ込んで内側からグリグリとやって潰し過ぎたチューブの先端部を成形しなおします。あるメーカーでは「リード・メンテナンス・キット」としてこのマンドリルも売っているようですが、私は例によってホームセンターで買って来たマイナスドライバーの先端を加工して自作しました。

■音程の調整■

 さて、リードがそれなりに鳴るようになったら、次はリードをチャンターに装着して音程の調整です。バグパイプチューナーをセットして音階を鳴らしてみます。リードによって全体的に低めだったり高めだったりしますが、それはある程度それなりに受けとめるしかありません。
 しかし、高音になるに従ってピッチが高くなったり低くなったりする場合は、真鍮チューブに巻いてあるヘンプ(麻ヒモ)を増減してリードをチャンターにセットする高さを調整します。ピッチが高めの時はヘンプを増してリードを高くし、低めの時はヘンプを減らしてリードを低くします。高音部の指穴からリードまでの距離を加減することによって影響を受け易い高音部のピッチを調整して全体の音程を合わせる訳です。

 中にはどうしてもある音だけが著しくずれてしまうということがあり、中でも特にFの音がどうしてもずれるというのが最も多く遭遇するトラブルです。一時、クオリティには定評の有るあるメーカーから入手したリードの殆ど全てのリードのF音が低いというトラブルに悩まされたことがありました。
 実は、その時に私は思い余ってなんとも思いきったことをやってしまいました。それは「指穴を削る」という行為です。ある音だけを低くするために指穴にスコッチテープを貼って微調整するというのはパイパーの世界ではごく当たり前のことなのですが、さすがにある音を高くするために指穴自体を削ると言う行為は最後の手段です。でも、その時の自分には、どうしてももうその方法しかないように思えたので、仕方なくその方法をとったのです。

 でも、結果的にこの方法は私が求めるF音の矯正の解決策になりませんでした。適正なF音を求めて徐々に徐々にFの指穴を削っていったのですが、殆ど1.5倍ほどに削っても求めるようなF音は得られなかったのです。
 そして、その後のさまざまな試行錯誤の結果、F音の矯正もやはりリードの腹の押し加減、真鍮チューブの広げ加減一つで調整できるということを知ったのです。バグパイプを始めてからここに至までに実に20年近く掛かってしまいました。
 何事も独学というのはなんとも無駄な時間を費やするものなんです。でも、それは考えようによっては安易に人に教えてもらったのでは絶対に得られない貴重な体験だったともいえるでしょうね。

 そんな訳で私のチャンターはおよそ1.5倍に広がったFの指穴に常にスコッチテープを貼って元の指穴の大きさに戻すという、なんとも悲しい状態になってしまっているのです…。

■鳴り方の個性■

 鳴りやすさも音程もそれなりに満足できるようなリードが得られたとしても、ここでまたメーカーによって鳴り方に個性があります。それは、音量の大きさもありますが、最も個性が出るのは空気圧に対するリードのリアクションの仕方です。リードが鳴る空気圧の幅が微妙に違うのです。これは単なるリードの堅さとはちょっと違います。
 言い換えれば「キレが良いリード」と「ダルなリード」とでも言えましょうか。キレが良いというのは、ある空気圧までは全く鳴らないけど一定のプレッシャーを超すと急に高らかに鳴り響き始めるもの。音量もそれなりのものが得られます。その代わりちょっとでも空気圧が下がると音が止まってしまうのでバッグ操作に気が抜けません。ですから、あまりにキレが良過ぎるリードは使いにくいものです。

 一方、ダルなものは少々空気圧が低くても鳴り始めてくれて、最適の空気圧までの幅が広いもの。このようなリードはあまり音量は大きくありませんが、バッグさばきが乱れてもなんとかごまかすことができます。ただ、当然ですが空気圧によってピッチは微妙に変化しますので、いい加減なバッグさばきで良いという訳ではありません。また、あまりにダルなリードはやはり良いリードとは言えません。

■仕上げは吹き込み■

 鳴りも良く音程も良いリードの目星が付いたら、次は吹き込みです。
 先に書いたように、リードの堅さはリードの腹をプレスすることによって調整できますが、それはあくまでも堅過ぎてビィッとも鳴らない様なリードをなんとか鳴るまでにするための手段。基本的にリードを使い始める時は「少し堅いな
〜」って思える程度でなくては、後々寿命が短く終わってしまいます。
 とにもかくにもリードを適当な堅さ(つまりはピーブロックを軽く3曲程は続けて演奏できる程度の堅さ?)にする唯一の方法は、一にも二にも吹き込みあるのみ。吹いて吹いて吹きまくるしかありません。焦って、安易な方法で柔らかくすれば必ずしっぺ返しがくるのです。「急がば回れ」ってことは何事にも通じる事ですよね。

■リードの命は短くて…■

半分にスポンジを入れて中でリードが暴れないようにしてあります。一つづつが密閉されるので、湿度管理上も好都合だと思います。一つのパーティションに2本づつ、計6本が収納できます。
 そんな風に苦労して調整したリードも、当然ながら永遠にその状態を保ってれる訳ではありません。良いリードほどたびたび演奏したくなるもので、そうすると必然的にそのリードは消耗しだんだんに弱くなって、音が直ぐに裏返るようになります。なんとか例の方法で真鍮チューブを広げて矯正しても矯正しき

れなくなったら、いよいよそのリードともお別れです。

 パイパーはあるリードが良く仕上がった途端に、悲しいかなそのリードとの別れの時を悟るのです。「出合いは別れの始まりなり」ってわけですね。ですから、パイパーというのは、仕上がったリードを常に一定程度は確保していなくては心の平静が保てないというやっかいな人種なのですね。

 仕上がったリードを携帯するケースとしては、最近ではリードメーカーが専用のケースを用意したりする例もあります。中には、チャンターから外したリードを乾かし過ぎないように湿度を一定に保つ装置がついたものなどもあります。でも、なにもそんなものを購入しなくても、東急ハンズで2、3百円で売っているプラスティックのケースでも十分なので、私はそれを使っています。

■ドローンノートは脳みそをも溶かす■

 続いてドローン・リードのお話です。
 ハイランド・パイプの3本のドローンは、チャンターの Low A の一オクターブ下の音を鳴らすテナーが2本、さらにもう一オクターブ下を鳴らすベース(バス)が1本という組み合わせになっています。
 そして、脳みそを溶かすような絶妙なドローンノートを繰り出すためには、この3本のドローンがビシッと正確にAにチューニングされている必要があります。どれか1本が少しでも外れていれば「ウォ〜ン、ウォ〜ン」とうなりが生じ何とも不快なサウンドとなります。ドローンノートが外れたパイプサウンドを聴かされることほど迷惑なことはありません。大体、まともなパイパーであればドローンが外れたままで演奏に集中できるは訳がありません。

■ドローンのチューニング■

 とは言っても、ドローンノートを正確に合わせるというのは実はそれ程簡単なことではありません。

 確かにドローンのチューニング自体はドローンパイプのジョイント部分をスライドさせて合わせるだけですから、何ら難しいことではありません。
 手順としては、まず空気をほぼ満タンにしたバッグを左脇の下で絞りあげると同時に右手で下からポンッと叩いてバッグの空気圧を一気に高めて一旦全てのドローンを鳴らします。このようにして一気に空気圧を高めて鳴らせ始めないとドローン・リードが裏返ったまま変な音で鳴り始めてしまいます。一度そうなったら、その後いくら空気圧を高めても裏返ったリードは本来の音には戻りません。

 全てのドローンが上手く鳴ったら、一旦1本のテナードローンを残して後の2本を止めます。ドローンの止め方はドローンパイプの端を指で一瞬塞ぐようにしてドローンパイプ内の空気の振動を止めて、ドローン・リードを強制的にスティックさせます。そして、1本のドローンをまずチャンターのA音に合わせ、続いて他の2本のドローンを順々に鳴らせて合わせていきます。

 止まっているドローンを再び鳴らす方法は、ドローンパイプの端に指を突っ込んで、よく鶏が卵を生む時の音を口で真似るような具合に、ポンッと勢い良く弾きます。そうすると再びドローン・リードが振動を始めるのです。(と、書きましたが、このような仕種は一度本物を見ないことには全く理解できないでしょうね。世の中でこのような原始的なことをやる楽器ってのは多分他には無いでしょうから。ちなみに、イリアンパイプにもノーサンブリアンスモールパイプにも、ドローンを任意に止めるための機構が付いてます。)

 ドローンのチューニングってのは原理的にはこれだけのことなのですが、ここで大問題なのはケーンのシングルリードであるドローン・リードはそう簡単に安定してくれないってことです。

■ケーンのドローン・リードは地獄だ!■

真ん中のテナーリードの舌の根元に(貴重な)髪の毛が挟まっているのが見えますね。
 右の写真からもお分かりになると思うのですが、ドローン・リードの構造は非常に単純で、節を一つ残して切りとったケーンの横腹に切り込みを入れ、出来た舌を振動板としているだけです。非常に単純なだけあって素材の元々の性質、そして湿気等による変化がダイレクトに反映される訳です。

 こんなドローン・リードを上手く鳴らそうとして得られる結果は、「鳴らない」「鳴ってもすぐ止まる」「調子良く鳴っているかと思うと急に止まる」「演奏するに従ってピッチがどんどん変化する」「空気圧の僅かな変化でピッチが激変する」「空気圧の僅かな変化ですぐに裏返る(ダブルトーンになる)」「個体によって音色が微妙に違う」「個体によって音量が大きく違う」、あー、もう嫌だ! そして、それが3本!なんですよ。

 一番多いトラブルはスティックすること。つまり一定以上の空気圧を加えるとリードが頑として振動することを拒んで鳴らなくなることです。そのようなときは、リードの舌を僅かに持ち上げて鳴りやすいように癖をつけたり、舌と本体の間の根元に近い所に髪の毛を1本挟んで舌が閉じたままにならないようにします。(あ〜、貴重な髪の毛が…。)でも、やたら舌を持ち上げ過ぎると今度は空気が空しくスースーと抜けるだけになったり、なんともデリカシーに欠けたけたたましい音で鳴りだしたりします。

 さて、かろうじてスティックしないように調整したドローン・リードも、今度はそのピッチを安定させるためには、少なくとも演奏の前に30分〜1時間は吹き込んでウォームアップしなければならないのです。自分だけで演奏している分にはおよそ1時間もすれば安定してきて、その後は実に心地よく演奏できるようになりますが、問題は演奏会などで自分の出番までにインターバルがある場合です。特に寒い時期は最悪…。
 ドローンをウォームアップするためにバッグの中に充填された暖かい空気(息)が演奏の順番を待っている間に外気で冷やされ、リードに結露するという事態が起こるのです。それも結露の影響を受けやすいのはどちらかというとドローン・リードよりもチャンター・リードの方で、結露というのはつまりはリードを水に漬けるようなものですから、リードは途端に腰が無くなってしまうわけで、途中で止まったり、裏返ったり、それはもう滅茶苦茶になっちまう訳です。
 そして、さらに悪い事にそのようなぶざまな私の姿を目撃した人は決して少なく無いのです。何故って、このような状況になるのは必ずと言っていいほど人前で演奏する時だからです。

■シンセティック・ドローン・リードの登場■

ケーンリードとの大きさ(特に舌の長さ)を比較して下さい。
構造はいたって簡単です。
 一流のパイパーってのはそのようなことを克服してこそ一流の名に値するのでしょうが、そうは言っても、「この状況はなんとかならんものか?」と考える人もまた居る訳で、ここ10数年ですっかり一般的になって来たのがプラスティックや何らかの木質ポリマーなどのシンセティック(合成樹脂)な素材を用いたドローン・リードです。
 パイプのかおり第1話で書いたように、プラクティス・チャンター・リードはかなり前からプラスティックのものが一般的になっているんですが、ドローン・リードのシンセティック化は割と最近のことなんですね。

 ケーンのドローン・リードを制御することにホトホト疲れきっていた私も早速試してみました。私が最初に入手したのは老舗のパイプメーカー R.T.Shepherd&Sons のもの。このメーカーはクオリティの高いチャンター・リードでも有名で、私のチャンター・リード購入先の一つでもあります。
 写真で分るように、このドローン・リードは射出一体成形の黒いプラスティック製のボディに白いプラスティック板のリード板が取り付けられています。このリード板は簡単に取り替えが効く様にできています。また、ケーンのものに比べてリードの舌の長さがかなり短かめなのが外見上の特徴です。

 使ってみると、音を安定させるためにケーンのリードのような神経は使わなくていいので「こんな楽していいのかしら?」っていう感じです。ただし、音色がなんとなくプラスティック然(?)としてるっていうか、少々デリカシーに欠けていることが気に掛かります。
 それよりも何よりも問題なのは、このリードはちょっと長い時間吹き続けるとプラスティック製のそのボディやリード部分に結露してしまい、スティックしがちになるということでした。そうなったときには、一旦リードをドローンパイプから外して、水気を拭き取る必要があります。
 実は、メーカー自身もそのような欠点を承知していたようで、最近では、このメーカーのプラスティック・ドローン・リードは新しいタイプのものに改良されています。ただし、私は新しいものは入手していませんので、どのように改善されたのかは知りません。

■Wygent“SYNTHE-DRONE”の登場■

 そのような訳で、ケーン・リードの泥沼のような調整が必要な《音色》を取るか、プラッスティック・リードの《手軽さ》を取るかという選択については、その時点ではまだ結論が出ずじまいでした。特に長時間吹き続けて安定したときのケーン・リードの音色は何とも捨てがたいものがあり、プラスティック・リードでは「まだまだ、ケーンの味わいは出せないんだな。」ってのが正直なところでした。
ゴムベルトの所にマジックで線が引いてあるのが、メーカーが出荷前に一つづつテストして出した(テストベンチになったパイプでの)最適の位置。私はそれから少しずらして使っていますが…。
これは、吹き込んでボディが水分を含んだ状態。使う前のボディはもっと薄い色をしています。

 ところが、ある時いつものようにパイピングタイムスを眺めていたら、なんとなく気に掛かる広告が目に留まりました。それは Wygent Reeds というあるアメリカのリード・メーカーの“SYNTHE-DRONE”というドローン・リードの宣伝で、写真から判断しても、シェパードのものとは一見して異なった新しいタイプのものでした。こういった宣伝文句ってのはまさに《宣伝文句》な訳でして、鵜のみに出来ないのは洋の東西を問わずですが、気になったのはその値段でした。実にシェパードのリードの2倍近くするのです。
「あのシェパードの製品を向こうに回してこの値段で対抗しようっていうんだから、これはもしかしたら本物だぞ。」と、直感的にピーンと来ました。良いと思ったら直ぐ行動する、これはパイパー森の良い所。すぐに手紙を書いて1セット発注しました。

 届けられたリードを見て、宣伝文句の「一つ一つ手作りしている」ということの意味が直ぐに分りました。シェパードのリードは先にも書いたように一体射出成形されたボディに一枚のプラスティック板をはめ込んで、ゴムの輪で留めただけの簡単な造りですが、これは全く違います。
 真鍮製のがっしりしたチューブ、木質セルロース・ポリマーのボディ、プラスティック製のリード板、ワックス加工された合成糸、音色を微調整するスクリュウ式のチューニングピンといったパーツ類が熟練した職人によって一つ一つ丁寧に組み上げら、さらに細かく調整済みであることが一目で分ります。それだけでまるで一つの美しい工芸品の呈を成しています。
 さて、肝心の音色と使い勝手はどうでしょう。いくら、手が込んでいてかつ仕上げが良くてても何よりも必要なのはドローン・リードとしての性能です。

■ハイテク・ドローン・リードは天国だ!■

  それはまさに衝撃でした…。
 「出来上がった製品は出荷前に実際にドローンに装着してテスト済み」という宣伝文句に偽り無く、文字通り本当に最初の一音から心地よく鳴り響きかつ安定しきっています。そして、音色もケーン・リードと全く変らない素晴しい音色。そして、吹き始めから最後まで長時間の演奏にも常に安定して音程が全く狂いません。さらに、このリードの優れているところは、長時間演奏していても決して結露してスティックするようなことが無いのです。
 それはまさに、天国への階段を登るような気持ちでした。

 このリードの高性能の秘密はボディが木質セルロースの圧縮材で出来ていることではないかと思います。リード板自体はシェパードのものと同じような単なるプラスティック板なのですが、本体が木質であることによって余分な水分を吸収し、かつ音色的にもケーンと遜色ないレベルのものを出すことが可能になったのだと思われます。その証拠に乾燥している時にはいかにも乾いた木材の色をしているボディが、演奏後にはたっぷりと水分を含んで濃い茶色になります。
 その後、パイピングタイムスでもこのリードを取り上げて、周波数分布をケーンリードのそれと比較して解析していました。そして、結論として「ケーンリードの代替えに値する」という高い評価が与えられていました。

 このリードが世に出たのは1995年のことですが、その後、当然のように世界中のパイパーから大歓迎されているようで、このメーカーのサイトのKudos(賞賛)のコーナーには著名なパイパーを始めとして世界中のパイパーからの賞賛の声があふれています。
 その中には「バグパイプが400年待っていた発明だ。」とか「私の50年のパイピング生活で最高のドローン・リードだ。」という一文がありましたが、私にはこれらの言葉が決して大げさだとは思えません。

 今回の記事を書くので、ついでにこのサイトを眺めてみると、なんと最近ではこの“SYNTHE-DRONE”よりさらに進歩したドローン・リードが登場していました。
 “SYNTHE-DRONE2”というリードはベースリードのボディにより強化した木質セルロース圧縮材を用い、固定式の真鍮チューブに替えてネジ切りされた強化ポリカーボネート製のチューブとチューニング用のピン(同じようにネジ切りされている)とをボディの上下で入れ替えることによってリード板の向きを変えることができるようになったもの(それによって音色にどのような変化があるのかは、サイト上の説明を読んだだけでは今一つ良く分りませんが…。)です。そして、さらに何と一つのボディの両側にリード板を2枚設えた“DUATONE”なんてものまで作られています。また、通常のリード板よりも25%薄くて音の反応が良くより安定しているというグラスファイバー製のリード板もアップグレード対応として用意されていました。

■ドローン・リードとの20年戦争を終えて■

 この完璧とも言って良いWygent“SYNTHE-DRONE”のお陰で私のパイピングライフは大きく変りました。
 なにしろ、これまでは演奏そのものよりもチャンターとドローン両方のリードを良い状態に持って行くためのリードメンテナンスに大きく時間をとられていたのが、演奏の前にはただただチャンター・リードの調整と仕上げだけに専念すれば良くなったからです。
 特にこれまで演奏会などでの演奏直前には必至だったドローン・リードのウォームアップの必要が無くなったのが何よりも大きな利点です。何故かと言えば「ドローン・リードをウォームアップすることによって、せっかく調子が良かったチャンター・リードの調子が狂う」という泥沼の悪循環が無くなったのですから。チャンター・リードを最高の状態に持って行くために、演奏会の前日に複数のリードを吹き込んだ上で一晩寝かせておいて、当日はその場で最も調子の良いものを選べば、まず失敗しないようになりました。
 Battle of Evermore とも思えた私のドローン・リードとの20年戦争はWygent“SYNTHE-DRONE”を得てついに終結したのでした。

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