ハイランド・パイプに関するお話「パイプのかおり」

第11話(2003/2)

シンセティック・ドローン・リード、その後… 

 いつか大阪のTMさんから頂いたメールに「“Wygent SYNTHE-DRONE”“SYNTHE-DRONE2”グラスファイバーも含めていろんなメーカーのドローン・リードを試した結果、現在は“EzeeDrone”に落ち着いている。」というようなことが書かれていました。実は“EzeeDrone”については、以前、あるパイパーが装着しているのを見せてもらったことがありますが、あまりにも“Wygent SYNTHE-DRONE”にそっくりなその造りに、なんとなく「パテント泥棒」って感じがして、マーク・ワイジエントの画期的な発明を心から尊敬している私としては、なんとなく良い印象を持てませんでした。

 ワイジェントは、長年の研究の末に到達した《木質セルロース・コンポジットをリードのボディに使う》という画期的な手法をあちこちのリードメーカーが勝手に真似することをかねてから非難しています。私は数年前のパイピング・タイムス誌上で、マークの奥さんが「夫がどんなに苦労して今のドローンリードを作り上げたか。その苦労を尊重して、勝手にコピーを造るようなことはしないで欲しい。」と訴えてる記事を読んだ覚えがあります。また、勝手なコピーを防ぐためにも、最近では新しい仕組みについてパテントを取得した場合には、その旨を積極的にサイト上で明らかにしています。
 それでも、最近のようにシンセティックなドローンリードが雨後の筍のように様々なメーカーから出される様子をみれば、ワイジェントの心は平穏ではないはずです。


 以前、私はワイジェントに“SYNTHE-DRONE2”を発注するとき、申し込みフォームの自由記載欄に「パイパー森がオリジナル・ワイジェントリードにどんなに救われたか!」というようなことを書き送ったところ、ワイジェントの主であるマーク・ワイジェントから丁寧な返事が届きました。
 さらに、注文した
“SYNTHE-DRONE2”がちょうど私の47才の誕生日に届いたので、その事を書き添えてリードの印象を書き送ったところ「つい先日51才の誕生日を迎えたばかりの自分もおまえと同じ“vintage”(年代物)だ。」というような書き方の、とても親しみに溢れた返事をくれました。
 そんな訳でマーク・ワイジェント自身に個人的なシンパシーを感じているパイパー森としては“EzeeDrone”の現物を見た時、マークの気持ちを察してなんとなく穏やかな気持ちではいられなかったのです。

 とは言っても、最近では CoP のオンラインカタログでも“Wygent”とならんで“EzeeDrone”もカタログに載っているし、なにより、T.M.さんが実際にさまざまなメーカーを試した挙げ句に選択したという意見はとても参考になります。
 …で、日和見なパイパー森は早速カレッジ・オブ・パイピングに“EzeeDrone”を注文してしまいました。さらに、“EzeeDrone”にはテナー2本とベース1本のセットの他に、“Long”と“Short”さらにはリード板の振動する向きが上下逆さになった“Long Inverted”という3種類のベースリードが用意されているので、セットの他にもう一本“Long”ベースリードも注文しました。でも、手元に届いたのは“Long”の代わりに“Long Inverted”タイプでした。でも、まっ、いっか〜。


 その週末は着いたばかりの“EzeeDrone”を徹底的に吹き込んでその性能を確かめました。
 音色はワイジェントと同様で、ケーンのドローンリードに遜色なく満足すべきものです。さらにグラスファイバー仕様の
“SYNTHE-DRONE2”に比べると明らかにより野太くて大きな音を出し、安定してくるとシビれる程いい音色で鳴ってくれます。ある意味では、オリジナルの“Wygent SYNTHE-DRONE”を最初に鳴らしたときの感動を思い出しました。

 特に、ベースドローンの音色は大地に響くような良い音で、バッグを通してビンビン響いてくるその振動がたまりません。3本セットの通常のベースドローンと“Long Inverted”では後者の方がボディ容量が大きいことが反映しているのか、若干マイルドな音色がするような気がします。リード板の向きが通常のものと反対なのが一体どのように影響があるのか? という所まではちょっと判断しかねますが…。
 ワイジェントの
“SYNTHE-DRONE2”ではチューニングピンとヘンプ部分とが両方とも同じスクリュー構造でボティにアタッチするようになってそれぞれを入れ替える事によってリード板の向きが変えられるので、以前何度か試してみたことがあるのですが、その時もどうも違いがよく分かりませんでした。


 さて、ここで私は“EzeeDrone”に対してリードボディの吸湿性を見るためのちょっと過酷なテストを課してみました。というのも、一見すると“Wygent SYNTHE-DRONE”のデッドコピーの様に思えたこのリードですが、実物を手にしてみるとそのボティは色こそワイジェントそっくりですが、その実、素材は単なるベークライトみたいなものの様です。ということは木質セルロースのコンポジット素材で出来たワイジェントに比べて長時間演奏し続けた時の吸湿性が劣るのではないか? と推測したからです。
 テストといっても、つまりはピーブロックを2、3曲演奏してそのままリードを外さずに次の演奏までパイプをケースに収納。そのまま取り出してまたピーブロックを2、3曲演奏。ということを繰り返すだけです。これを半日と置かずに繰り返していればその間、リードのボティの吸収した水分は乾燥する間がないので、徐々に水分を吸収するキャバシティーが少なくなって来るはずです。そのようになるまでの累積演奏時間はどの程度なのか? そのようになったときに一体どのような振る舞いを示すのか? ということを見たいのです。

 実は、ワイジェントも含めてどんなシンセティックリードでも、このような過酷な扱いをすればいずれはボディーの吸湿能力が飽和点に達し、行き場を失った水分がボディー表面に結露するようになります。そして、結露状態になると結露した水分がリード板のまともな振動を邪魔して、一定のインターバルで「バブリング・ノイズ」とでもいうようなまるで小さなアワブクが弾けるような「ボワン、ボワン」といった音を出し始めます。
 そこで問題になるのはそのような状況に至るまでのキャパシティーです。例えばボティもオールプラスティック製だったシェパードの初代シンセティックリードは、演奏時間が累積すると間もなく結露してしまうので、はっきり言ってピーブロックの演奏には使い物にならなかったものです。
 なにしろ、ピーブロックというのはそれぞれの曲が少なくとも10分程度、長いものになると20分近くになるわけですから、続けざまに演奏したらそれだけですぐ1時間ほどになってしまいます。そのようなことから、ドローンリードに求められるのは、単にその音色だけじゃなくて、その性能をどれだけ長く持続できるか? ってことも大きなポイントなのです。

 そのような意味から言うと、最近沢山登場している様々なシンセティックリードの中でも明らかにボディがプラスティックの物については要注意だと思います。中には、リード板の付け根に水分を抜くための溝が切られたタイプの物も見かけます。さて、その効果の程はどんなものなんでしょう? 


 〜て、そのような訳で、時間をかけてそれぞれのリードを交互にとっかえひっかえ試してみた結果、いくつか判断材料が出て来ました。

 まず、テナードローンですが、“EzeeDrone”“Wygent SYNTHE-DRONE”はほぼ同じ様な力強い音色で鳴ってくれます。しかし、“EzeeDrone”はやはり結露が早くピーブロック数曲でバブリングノイズが出始めることがあるので、そうなると一旦パイプから外して水分を乾燥させる必要があります。
 それからこのリードのもう一つの癖として、バブリングノイズが出るかわりに演奏中に突然ピッチが大幅に狂うことがあります。これは、多分水滴がリード板に付着してしまった際に起きる現象だと思います。というのも、そうなった時に慌ててドローンパイプをスライドさせチューニングを合わせて演奏を続けていると、また突然元のピッチに戻るからです。着いた水滴が飛び散って元に戻るのだと思います。
 一方、長年使ってきた“Wygent SYNTHE-DRONE”はやはり少々へたりが来てるようで、特に片方は演奏累積時間が進むとスティックしがちになります。
 “SYNTHE-DRONE2”プラスティックより25%薄いというグラスファイバーのリード板が原因なのかその音色が柔らかで心なしか迫力に欠けます。音色的にはオリジナルの方がベターなようにも思えます。
 
さらに、片方は元々欠陥品なのか、演奏しはじめると程なく、ブワンブワンとうなり始めるし、少しでもプレッシャーが下がると裏返ってしまうので、気が抜けません。ブライドルをいじったりして調整しますが、手の施しよくがないので、正直言ってその1本は見放しました。

 しかし、ベースドローンの方では、“SYNTHE-DRONE2”グラスファイバーもそのボディ材質がテナーとは違うことが理由なのか、音色、持久力共に問題無し。これまでのところどんなに演奏時間が累積してもバブリングノイズを発するまでには至りません。
 “EzeeDrone”ノーマルは3つの中では音色は抜群に力強くて良いのですが、やはりテナーと同じく長時間の演奏でバブリングノイズを発するようになります。
 一方、何故か、
“EzeeDrone-Long Inverted”は音色がノーマルより少しマイルドなのですが、持久力がスゴイ。長時間演奏し続けてもバブリングノイズは一切出ない。ストックはら外してリードを見ると、確かにリード本体は結露状態で水滴がびっしりなのですが、それでも何故かバブリングノイズは発生しないのです。リード板の向きとバブリングノイズの発生に因果関係があるとすれば、リードを選ぶ際の一つの大きな要素になり得ます。

 どうやら音色の力強さ、野太さはリード板が普通のプラスティック製のものの方が、グラスファイバー製のものよりも優れているようです。さらに吸湿性のことを考えるとやはりワイジェントの木質セルロースコンポジットボディは捨て難い。それも特にオリジナルの方が良いようです。


 “EzeeDrone”が多くの支持を受けているというのは、やはりその音色にあると思います。最近でてきている他のメーカーのドローンはやたらとカーボンファイバーのリード板を使ったものが多いようですが、やはり、素人が考えても振動板にはそれなりの質量がある方が太い音がでるように思えますので…。ワイジェントでは、今後全てのリードについてグラスファイバーリード板を標準とするということですが、それは音色の面からいうと正しい選択なのかどうか? どうやら疑問が残るようですね。

 “オリジナル・Wygent”がもう手に入らない現在では、“EzeeDrone”(特にベースは“Long Inverted”)が最良の選択という結論に達しました。ただし、長時間の演奏後には一旦パイプから取り外してリードボディの水分を乾かしつつ使う、という配慮をしつつ…。

【追記】
※1 この内容はあくまでもこの記事を書いた2003年2月時点での比較考察内容です。シンセティック・ドローン・リードの世界はまさに日進月歩なので、最新のトレンドは
Andrew Lenz's Bagpipe journey - Bagpipe Drone Reeds Guide のページや、ボブさんの Technique & Instrument フォーラムでの質疑応答を参考にすることをお勧めします。

※2 2007年現在のマイ・パイプスのドローン・リードは、Hardie が3本とも普通の“EzeeDrone”Dunfion はテナーが TMさんに勧められた“Selbie”、ベースが“EzeeDrone-Long Inverted”という組み合わせです。

※3 2008年4月現在、 Dunfion には新たに購入したMGリードを装着しています。

※4 2008年12月現在、Hardie にもMGリードを装着しました。

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