ハ イランド・パイプに関するお話「パイプのかおり」


第3話「
ピーブロックとは“天 国への階段”なり… ?」付録(2001/6)

The Desperate Battle of the Birds

 現代に伝えられているピーブロックはおよそ300曲以上ありますが、一番多いのが Lament〜 つまりは誰某の死を悼んだ曲。そして、その次に多いのが、Salute〜 つまりは誰某の誕生だとか偉業を讃えた曲。大体これでおよそ70%位でしょうか。その他に、Battle of〜 なんていって、クラン同士のある戦いのことを伝える曲、Gathering of〜 といってそれぞれの クランの定番ナンバーなんかもあります。あるいは Nameless なんてのも有ります。そういう場合に は例えば "Hiharin Dro O Dro" といったように便宜的に最初の一小節のカンタラックをそのまま曲名にしてしまい ます。

 それらの曲はテーマはなんであれスコットランドの風土から生まれてきたものなので、スコットランドの自然風 景にはすごく馴染む曲調なんですが、実は直接的に自然の情景をテーマとして描いているといわれるピーブ ロックはあまり聞いたことがありません。そういう意味から言うと、この "The Desperate Battle of the Birds" はその特殊な例の一つです。

 こ の曲は "The Birds' Fight" という名で呼ばれることもあり、描かれてのは次のような情景です。

 「ある静かな夏の日、鳥たちが2羽3羽とさえ ずりながら集まり始める。そして、鳥たちが増えるに従って静かな歌声から徐々に歌合戦になり、ついには凄まじい (鳴き声の)闘いへと展開していく。そして、突然何かに驚いたかのように全ての鳥が一瞬にして飛び去り、再び平 和な夏の日の静寂が訪れる。」

 私の手許にはカンタラックも含めて全部で9つの音源がありますが、大体演奏時間は12分程です。

 楽譜は次のとおりです。(score by bugpiper)

 

 実はピーブロックの構造の説明をする例としてはこの曲はあまり適切ではありません。
 というのも、この曲はピーブロックとしては例外的に、バリエイションのテーマノートをグラウンドから取り出していません。さらに、 ウルラールとバリエイションでそれぞれパターンが異なっています。

 Kilberry Book の楽譜の左上にある Grd 8,8. Vars.6,6,4. というのがそのパターンを示している記号で、ウルラールが「8小節+8小節」、バリエイションが「6小節+6小節+4小節」という構造になっている、とい う意味です。

 ちなみに "Lament for the Children" の場合はただ、8:,8,8. と書いてありますが、これは、ウルラールもバリエイションも両方とも、「8小節の繰り返し+8小節+8小節」というパターンだという意味です。

 バリ エイションのパターンは左のようになってます。
 この6,6,4という骨組みはピーブロックでは最も一般的なパターンです。同じ内容の小節毎に番号をふりなが ら見ていくと、番号のような並びになります。
 そして、さらに、1をA、2をB、3-1をC、4-5をDと置き換えると下に示したアルファベットの並びのよ うなパターンが見えてきます。Dのパターンが各段毎の締めのパターンって言う訳です。
 このパターンはピーブロックの中で一番ポピュラーなパターンです。6,6,4であれば殆どがこのパターンだと 思って間違いないでしょう。

 そして、このパターンにこのような装飾音が付けられて演奏が続いていくのです。
 楽譜の方では6の装飾音以降は「以下、同様」って感じで全体は省略されてしまっていますが、要はパターンに添って やれってことなのです。
 7は Taorluath(タールアー)で、ある音の後に4つの決められた音を入れ low A で終る装飾音。全てのテーマノートに続いて演奏するので、楽譜ではそのテーマノートの下にTの字で表記されています。
 9は Crunluath(クルンルアー)。ある音の後に7つの決められた音を入れ E で終る装飾音。同様にCの字で表記されています。
 10は Crunluath a-mach(クルンルアー・ア・マッハ)。Crunluath とはタイミングを逆に演奏する装飾音。B、C、D のみで演奏され、その他では通常のクルンルアーを演奏することにより曲調にダイナミックな変化を生じさせます。装飾音の数は8つになり、現在、演奏される 装飾音の中では最も込み入ったもので(その昔は18個も装飾音を入れるのもあったのですが、その話しはまたの機会 に…。)、最後のバリエイションとして使われます。B、C、D 各々でちょっとづつ指使いが異なります。楽譜では C の字を逆さにするなどして表記します。
 8は10と同じ考えで Taorluath の逆タイミングの Taorluath-a-mach(タールアー・ア・マッハ)ですが、実はこの装飾音が演奏されるのはどちらかと言うと稀で、私の手許にある音源の中でこ の曲以外でこの装飾音が演奏されている例は、私の人生最初のピーブロックである John MacLellan というパイパーの演奏する "The MacGregor's Salute"パイプのかおり第10話で紹 介している "The Vaunting" 、 そして、"The Battle of Waternish" という曲の計3曲だけです。

 さて、以上は Seumas MacNeill の "PIOBAIREACH" からの引用です。一方で、 A. J. Haddow の "The History and Structure of Ceol Mor" (1982)では、 当時出版されていたピーブロックソサエティーの楽譜集 Vol.1〜Vol.13 までのピーブロック194曲(この楽譜集は現在ではVol.16まで出版されています。)についての構造パターンを一覧表にするとともに、その内およそ半数の曲についてはその曲の歴史 背景について記述。その内およそ2/3の曲については一覧表に掲げられたパターンの中身について詳しく解析されてい ます。

 この本では Desperate Battle の構造はこのように表記されています。
 一覧表を最後まで眺めてみましたが、この曲のようにウルラールとバリエイションのパターンが異なっているのはこの 他にはあと1曲しかありませんでした。


⇒ 関連記事 パイプのかおり第51話 "The Battle of Harlaw" - A Lost Piobaireachd?

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