ハイランド・パイプに関するお話「パイプのかおり」

第10話(2003/1)

The Vaunting

 “The Vaunting(ヴォーンティング)”というピーブロックを習得しました。手許にあるソニーの電子辞書には「自慢する(こと)」「誇らしげな(こと)」という訳語が出ています。
 「自慢する(こと)」あるいは「誇らしげな(こと)」とはなんとも変なタイトルのような気がしたので、この曲の由来をひも解いてみました。するるとこの曲には次のような奇妙なエピソードがあるということが分かりました。


  Ronald Macdonald of Morar という有名なパイパーには、住み込みの若い弟子が居ました。その弟子は非常に上達が早く優れた弟子だったのですが、ある時彼は病気にかかり、そして、その病気はだんだん悪くなって、とうとう回復の望みは非常に薄いという状態になりました。
 そこで、彼は師匠に「自分のためにラメントを作曲して欲しい」と頼み込みました。師匠である Ronald Macdonald of Morar は彼の願いを聞き入れてラメントを作曲し、彼の前で演奏しました。その曲を聴くと弟子は大層喜びました。そして、それから間もなく彼の熱は下がり始め、数日後にはすっかり回復してしまったのです。
 後日、師匠は彼にもうラメントとは呼べなくなったその曲のタイトルを何とすれば良いか尋ねたところ、彼は(英語で vaunting あるいは boasting という意味にあたるゲール語の)"A' Bhoilich"と答えたと、いうことです。


 この曲は著名なパイパーたちのソロアルバム集“Pipers of Distinction”シリーズ(Monarch レーベル)の中、Brian Donaldson のアルバムや、William M. MacDonald の“Piobaireachd Vol.1” で聴く事ができます。また、例のドナルド・マクロードの“Piobaireachd Tutorial”シリーズのVol.1でもカンタラック・シンギングを聴く事ができます。

 さて、ピーブロックには、例えば“Lament for th Children”“Lament for Donald Duaghal MacKay”あるいは“The Old Woman's Lullaby”などのように、「ウルラールのメロディーの美しさが聴かせどころ」という曲は多いのですが、その一方で、なんというか、どちらかというと「ウルラールのメロディーは単純だけど、バリエイションが進むにつれてドローン・ノートに乗ってうねるように盛り上がってくる雰囲気の曲。聴いているとだんだんとそのうねりに飲み込まれてしまうようで、なんとも言えない快感を覚える」という曲もあります。

 この“The Vaunting”はまさにそのような曲の代表的な例です。

 特に、ピーブロックの中でも割と珍しく、Taorluath(タールアー) も Crunluath(クリンルアー)も -a-mach(ア・マッハ)まで演奏する後半のタールアー〜クルンルアー のバリエイションの盛り上がる様は、何とも圧倒的な迫力があり、ゆ〜っくりとスタートするウルラールとの対比が際立ちます。

 そうです、この曲を演奏する上でなにより重要なポイントは、ウルラールを「スローに、スローに…」演奏することなんです。


 以前にも何度も書いているように、私は曲を覚えるときは片耳で iPod に収めてある手本にしようとするパイパーの演奏を聴きながら、テクノチャンターを使ってユニゾンで何度も何度も繰り返し練習します。そうすることによって、曲の流れを覚えるだけでなく、楽譜では表現できないその曲の細かなニュアンスまでも身体に覚え込ませるのです。
 曲を暗譜で演奏できるようになり細かなニュアンスも会得したところで、いよいよパイプで演奏する段になる訳ですが、実はここでまた一つのハードルがあります。
 というのも、当然の事ですが、パイプを演奏するということは、空気を吹き込んだり、左腕でバッグをプレスしたり、ドローンの音に気をつけたりと、なにやかやと気をまわさなければならない事が沢山あるので、きっちりと覚えてはずのその曲のニュアンスまでを上手く表現するのはそう簡単なことではないのです。
 特に、体調が万全でなかったりしてパイプを演奏する事自体が苦しかったりすると、ついつい演奏のテンポが上がってしまいます。そうすると、本来あるべきその曲の味わいまでは全く表現できなくなってしまうのです。

 この“The Vaunting”という曲の場合はウルラールのポイントとなる音を的確にタメて伸ばしながら、できるだけゆっくり演奏し、バリエイション1、バリエイション・ダブリング、バリエイション・トレブリングへと少しづつテンポを上げて行くそのさじ加減がとても難しくて、その印象的な雰囲気を上手く表現するのにとても苦労しました。


 そのような時、私は手本となる演奏を細かく解析します。つまりその模範演奏の演奏時間を計測してしまうのです。
 この曲の Brian Donaldson の演奏の場合は、ウルラールは3分、バリエイション1は2分、バリエイション・ダブリングは1分30秒、バリエイション・トレブリングが1分10秒、タールアー・シングリングが1分20秒、タールアー・ダブリングとマッハは一挙にスピードアップして合せて1分です。ここまででおよそ合計10分になります。さらに、クルンルアーはシングリング、ダブリング、マッハで2分30秒。そして、ウルラールに戻って、最初の4小節を演奏して終わり。全ての演奏時間は13分15秒ということろです。
 そして、これらの経過時間を書き込んだ楽譜を用意し、演奏開始と同時にストップウォッチをスタートさせ、その時々の経過時間を目標にしながら演奏できるように、繰り返し練習します。

 実は、この方法は、今回の“The Vaunting”が初めてのことではなくて、あの“Lament for the Children”を私が最も好きな Gavin Stoddart さんの演奏に習って覚えようとしたときにも使った技です。
 このようにして手本となる一流のパイパーの演奏を真似しようとしてみると良く分かるのですが、ウルラールを的確な間をとりながらゆ〜っくりと演奏するというのは本当に難しい…。
 しかし、一旦、そのような努力を重ねてウルラールをゆっくりと演奏できるようになり、ほんの少しづつテンポアップしていく前半のバリエイションの雰囲気を上手く表現できるようになると、本当に心地よい気分に浸ることができます。
 演奏していて思うのですが、そのようなゆっくりとしたノリというのは、「能」や「狂言」といった《間》を大切にする日本の伝統芸能、あるいは中国の「太極拳」のたおやかな身体の動きと共通した何かを感じずにはいられません。

クリックすると大きなファイルにリンクしています(score by bugpiper さん)。


 この曲のようにドローン・ノートに乗ってうねるように盛り上がってくる雰囲気のピーブロックを演奏するときは、いつも以上に入念にドローンのチューニングをする必要があります
 シンセティック・ドローン・リードを使ってはいても、ドローン・ノートが安定するまでにはやはり少々時間がかかります。できれば短かめのピーブロックを1曲演奏する位のウォーミングアップをしてしっかりと楽器を温め、チャンターのLowAの音とドローンが完璧にシンクロし、ほんの僅かなうなりも生じないまでにビシッとドローンをチューニングします。

 そして、完璧なドローン・ノートに乗せて前半のゆっくりとした音の流れとは対照的な、バリエイション・トレブリングから急激に盛り上がってくるタールアー&クルンルアーバリエイション、特にマッハ・バリエイションと交互に演奏されるこの曲独特のうねりに乗って演奏を続けていると、脳の酸素欠乏状態と演奏の快感とが合わさってランナーズ・ハイならぬ一種異様なパイパーズ・ハイ(piper's high)の状態になり、まさに「魂があっちに行っちまった〜ッ!」って感じになります。
 そして、お仕舞いにバッグを絞りあげてウルラール最後の音を出し終わると、得も言えぬ満足感、達成感に浸る事がでるのです。


 20年程前に読んだ Francis Collinson の“The Bagpipe, Fiddle, and Harp”(Lang Syne Publisher Ltd. 1983) という本に次のような記述がありました。

 「いにしえのマスターパイパーはバグパイプを持たせるための少年を付き人として従えていた。パイパーは、ピーブロックを最後まで演奏し終わると、『この崇高な音楽は私自身の《魂と指》に宿っているのであって、こんな楽器などに宿っているのではない!』といわんばかりに、自らのバグパイプをまるで軽蔑するかのごとく(多くの場合、自分の肩ごしに)放り投げるのである。付き人の大事な役目はそのようにして主人が放り投げたパイプを受け止め、主人が示した以上の敬意とともに慎重に床に置くことであった。」

 そう、まさにこの“The Vaunting”を気合いを入れて演奏すると、このマスターパイパーが到達するような崇高な精神状況に近付くことができるのです。興奮させられる刺激的な名曲です。

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