ハイランド・パイプに関するお話「パイプのかおり」 |
第6話(2002/8) ピーブロックをカンタラックで味わう パイプのかおり第1話で書いたとおり、私が1975年にプラクティス・チャンターと一緒に入手した教則レコード付きバグパイプ教則本は、ドナルド・マクロード(Donald MacLeod) という20世紀後半を代表するパイパーが、プラクティクチャンターでの演奏方法を、音声と実際のチャンタープレイで初歩の初歩から教えてくれるものでした。 そ
こで、普段、私がお気に入りのピーブロックを練習する方法は、その曲の楽譜を前に置き、片方の耳で本物のパイパーの演奏音源(複数の音源がある場合は一番
気に入ったもの)を聴きながら、反対の耳にエレクトロニック・チャンターのイヤーフォンを突っ込み、ユニゾンで演奏して脳みその中で一流のパイパーの演奏
と一体化しつつ、その曲のニュアンスまで一緒に会得する、というやり方です。 そのようなカンタラックによるピーブロックの講習風景を伝える資料としてはグリーントラックス(Greentrax)・レーベルからリリースされている、ロバート・ブラウン( Robert U Brown )とロバート・ニコル(Robert Nicol )による“ Masters of Piobaireachd”シリーズが、なんといっても最も注目されます。
これまでに Vol.4 までリリースされているこのシリーズは、マクリモンの正統の流れを汲む20世紀初頭の名パイパー 、ジョン・マクドナルド(John MacDonald of Inverness) (ツリー図参照)の直弟子であり、その後、共に王室パイパーとして一時代を築いて“Bobs of Balmoral”と称された2人のロバートにより、主に1960年代に録音された教則録音を現カレッジ・オブ・パイピングのチェアマンであるロバート・ウォーレス(Robert Wallace) などが中心となってデジタル・マスタリングを施してCD化してシリーズでリリースされているものです。
1970年代にエジンバラ大学の“School of Scottish Studies”が Tangent レーベルを通じて“Scottish Tradition Cassette Series”という名の下にバラッドやガーリック・シンギングを初めとしてスコティッシュ伝統音楽の音源がいくつもリリースしたことがあります。その中にはピーブロックのシリーズとしてこの2人のものが2巻と、ウィリアム・マクリーン(William MacLean)のものが1巻リリースされています。正確に聴き比べた訳ではありませんが、そのカセット2巻に納められているものと同じ曲も多く、多分、音源的には同じものを使っていると思われます。 各々の巻とも数曲のピーブロックについて、インタビュー形式による口頭でのインストラクション(時にはプラクティス・チャンターによる模範演奏も交えなが ら)、カンタラック、そしてパイプによる演奏が収められています。時にはユニゾンで歌ったりすることもあるそれぞれのロバートによるいぶし銀のようなカン タラック・シンギングは実に聴き応えがあるばかりでなく、まさにマクリモン直系のピーブロックを習得するためのかけがえの無い音声資料と言えます。 当時、教則用に録音されたというこの音源ですが、現在となっては単なるチューターとして以上に、口承によるマクリモンの正統を伝える貴重な資料であるとともに、ハイランド・スコットランドの文化遺産とも言える価値ある音源です。 さらに、最近になって多くのピーブロックの音源を出しているスコットランドで最もディープなレコード会社リスモア(Lismor)から、もう一つの素晴らしいピーブロック教則シリーズがリリースされ始めました。それが、ドナルド・マクロードによる“The Classic Collection of Piobaireachd Tutorials”というシリーズで、マクロードが生前(彼は10年程前に亡くなっています)に残した膨大な量のピーブロック教則音源をそのままCD化してリリースしたものです。 現在までにリリースされたのはこちらもシリーズのVol.4までですが、なんとそれら全てがCD2枚組!なのです。それも、各CDとも概ね6曲づつ、コンパクトディスクの録音限度である75分まで目一杯きっちりと録音されているので、4巻(CD8枚)全部を合わせた収録曲数と収録時間は、な、なんと!《47曲、9時間53分24秒》という膨大なもの。ワオ〜ッ!まずは、その量に圧倒されてしまいそうですね。 さて、CDの中身はというと、まさにピーブロック講習の王道のとおり(曲によって進め方に多少の違いはありますが)、まずはカンタラックで曲のニュアンスを伝えた後に、プラクティスチャンターでその曲を演奏。途中、要所要所で表現する上での細かなポイントについてアドバイスが入ります。 47曲でおよそ10時間つまり600分ですから、1曲の講習時間は平均12分程の計算にになりますが実際は5分程度のものから、長いものは20分を超す“MacKintosh's Lament” や、やはり19分余りの“The Lament for Donald Ban MacCrimmon” などもあります。 このCDシリーズはまさに素晴らしいピーブロック教則シリーズだということがお解りいただけたと思いますが、では、このCDは、パイパーがピーブロックの練習をする時以外、あるいはパイパー以外の人には、全く意味の無いものなのでしょうか? ■ "Canntaireachd and Piobaireachd" ■ 実は、このシリーズと相前後して、もう一つ、ピーブロック・ソサエティーの現チェアマンであるアンドリュー・ライト(Andrew Wright)による “Canntaireachd and Piobaireachd ”というCDがリリースされました。 ■ドナルド・マクロードのカンタラックとチャンター・プレイイングの妙■ アンドリュー・ライトのものに比べて、ドナルド・マクロードのカンタラックは本当に心地よく歌声に酔いしれることができます。私にとっては27年ぶりに聴 く恩師の声でもあるので、懐かしい気持ちが大きいのは確かですが、それを差し引いてもこの人の歌声は素晴らしいと思います。アーティ・フィッシャーやディック・ゴーハンといった私の大好きなスコティッシュ・シンガーのシンギングを聴くのと同じような感動を覚えることができるのです。 以
前、私に同様の方法でピーブロックを手ほどきしてくれたアンガス・マクレランさんはこのドナルド・マクロードの直弟子だということは以前にも書きました
が、今回、アンドリュー・ライトのカンタラックと比較して聴いてみてよく分かったのは、あの時、次から次へと歌ってくれたカンタラック・シンギングは、そ
ういえばこのドナルド・マクロードのシンギング・スタイルそのものだったということです。カンタラック・シンギングも歌い手によって、あるいは伝承のされ方によってかなり大きな違いがあるのだといういことを実感しました。 さらに、このシリーズがピーブロック愛好家の鑑賞に堪えるに足る要素がもう一つあります。 ■究極のピーブロック教則シリーズ!■ さて、このシリーズの素晴らしさがお解りいただけたでしょうか? ドヒャ〜!
ピーブロックという音楽は、5線譜に書かれた記号だけでは本当のところどのように演奏するのかは全く伝わらないものだけに、これまで、楽譜はあっても実際
にどんな風に演奏するのかなんとなくイメージが湧かない曲が沢山ありましたが、それらが全て明かされるのかと思うと、本当にワクワクしてしまいます。 20世紀のピーブロックのかけがえのない遺産とも言うべきこの膨大なシリーズが完結するまで、パイパー森のピーブロック探索もまだまだ終わりそうもありません。 【追記】 |
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