ハイランド・パイプに関するお話「パイプのかおり」

第20話(2004/9)

1976 Hardie Pipes の原点回帰

 ユニークなアピアランスの Dunfion Pipes が自分のものになったので、これまで愛用してきた伝統的な外観の1976年 Hardie Pipes については、この際、徹底的に原点回帰してみようと考え、久しぶりにマウントとお揃いのリアル・アリボリーのソールが付いた、オリジナルのチャンターを取り付けて演奏してみました。

 いや〜、これが何とも心地良い。

 何が良いって、音が良い。
 およそ30年前のチャンターっていうのは、現代のチャンターに比べるとかなりピッチが低い。そして、このところずっと、空気を引き裂かんばかりの甲高い音色の現代のチャンターばかり奏でていた身にとっては、この低いピッチの音色がなんとも耳に優しく響き、味わい深いのです。

 TMさんのアドバイスで Naill のチャンター用に入手した MacPee のチャンターリードは鳴り易くかつ音色が安定していて、このの古いチャンターとの相性も良くてどの音もバッチリとチューニングが合います。

 また、TMさんと一緒に Dunfion とさんざん聴き比べてつくづく実感したのですが、Dunfion のメローなドローンノートに比べて、 Hardie のドローンはずっとボールドで、TMさんの言葉によると「まるで耳元で鈴が鳴っているような」響きのある音色なんですね。
 確かに、Hardie を演奏していると、左脇に抱えたバッグからドローンの振動がビィ〜ンと直接身体に伝わって来るのを強く感じるのですが、Dunfionではそれは余り感じられません。ドローンパイプ自体の質量の違い(当然、Dunfion の方がずっと重い)により、パイプそのものが共振する具合が異なるからなのでしょう。

 実は、8月末に所用で神戸を訪ねた翌日、大阪で自分自身でハイランド・パイプを製作してしまうというAさんという方にお会いしました。Aさんはありとあらゆるメーカーのパイプを手に入れては、ドローンパイプの内径を計測し、それらと同じ寸法のパイプを製作してみて「果たして同じ音色が再現されるか?」ということを楽しまれるという、なんとも奇特な趣味の持ち主です。
 そして、そのAさんに私の1976年 Hardie Pipes の内径をあたってみてもらったところ、何と、それは彼が知っている最近の Hardie の内径とは全然違って、ずっと太いということなのです。つまり、 往時の Henderson に近く、だからこそ野太い音が出るいうことらしいのです。

 また、理由は良く分かりませんが、Hardie の場合はチャンターからもリードの振動が指に直接ビシビシ伝わってくるのです。Naill のチャンターを愛用するようになって久しいので、すっかり忘れていましたが、そうです、確かにこのチャンターから指に直接響く振動の大きさは Hardie のチャンターならではの感触です。

 外観だけでなく、チャンターノートも、そして、ドローンノートも、さらにはパイプから直接伝わる振動の大きさまで、つまり全ての面で全く対照的な2台のパイプを、取っ替え引っ替え演奏するというのは実に楽しい行為です。つまり、同じ曲を各々で演奏すれば2倍楽しめるのです。どこかのチョコじゃないけど「2度美味しい」って訳。


 さて、もう一つの原点回帰はブローパイプです。

 その昔、ブローパイプのバルブは当然のようにセルフメイドでした。

 適当な革を見繕っては、オタマジャクシ型に切り抜いてヒンジの部分に最適な程度に切り込みを入れて(この加減が難しい!)、吹き込む際には抵抗なく開き、かつ、吹き込みを止めた瞬間に直ぐにそしてピタリと閉まる様に調整。日常的には演奏を終える度に丁寧に水分を乾かし、その後にオリーブオイルを塗っておく。
 そんなにしていても長時間演奏していると、革が水分を含むに従い段々完全に閉まりきらなくなってズーズーと逆流するようになる。という、苦労が当たり前の時代がほんのつい最近まで、この世にバグパイプが誕生して以来、何百年も続いていたのです。

 そんな折、今から20年程前でしょうか、シンセティックな素材で出来たバルブをブローパイプ本体の内部に仕込んだものが出回り始めました。
 新しいモノ好きの山根先生が最初に飛びついたのものは、丁度ビー玉を使ったラムネの栓と同じ様な仕組みで、パイプの中の膨らんだ部分に直径5mm程度の小さな丸いゴムの玉が仕込まれていて、吹き込みの際にはフリーに、逆流防止の時にはピタッと栓をするようなモノでした。
 私は、結局それは入手しませんでしたが、その後、発売された(そして、今も使われている)末端に合成ゴム製のバルブ(いわゆる Little Mac Valve と同じもの)を取り付けたエアストリームパイプを山根先生経由で入手し、Hardie のオリジナルブローパイプと取り替えました。
 その時の感激は忘れられません。余りのメンテナンスフリーさに「今までの苦労は一体何だったんだ?」という感じ。

 ただし、このエアストリームパイプはマウントからマウスピースまで全てがテカテカと光った黒のプラスティックで成型されたもので、どうひいき目に見ても「カッコ良い」と言えるようなシロモノではありませんでした。


 その後、10数年前にパイピングタイムスの宣伝でユニバーサルジョイント付きの曲がるブローパイプを見つけました。これは、マウントやマウスピースのボトム部分が(象牙に似せた縞模様までが入った)良く出来たイミテイションアイボリーで作られたものや、マウスピースのミドル部分にはステンレス製のものも用意されていて、それらを上手く組み合わせて行けば(ジョイント部分の不格好さを除けば)結構見栄えのするものでした。もちろん、末端にはエアストリームパイプと同様に合成ゴムのバルブが付けられていて、バルブに関しては全くのメンテナンスフリーです。

 そして、何よりもこのブローパイプはその最大の売りである「自在に曲げられる」ことによって、「バッグを抱えるだけで自然にマウスピースが口の中に収まったままでいてくれる」という、ある意味では非常に画期的なことが簡単に出来てしまうという有り難さがたまりませんでした。

 …で、それ以来、私は Hardie を常にこの曲がるブローパイプで演奏してきました。
 しかし、川口神社東和町での自分の演奏風景を眺める度に常々感じていたのは「ブローパイプが曲がっているのは、やっぱりカッコ悪い!」ということでした。「吹き易さを取るか? カッコ良さを取るか?」このジレンマにはこの間ずっと悩んでいたのです。

 私は常々、ハイランド・パイプという楽器は(もちろん、きちんとした姿勢で演奏される限りに於いて)古今東西のありとあらゆる楽器の中で最も演奏姿勢の美しい楽器である、と確信しています。そんな高尚な楽器を演奏するのに、単に吹き易さのためにカッコ良さを捨てて良いものか…?


 さて、そんなところで Dunfion が手元に来た訳ですが、このパイプは何と言ってもその外観に惚れ込んで手に入れたパイプですから、これはどうしてもカッコ良さを取るしかありません。まして、ブローパイプにもちゃんとケルト模様が彫り込まれたシルバーがあしらわれているのですから。
 もちろん、これは当初から覚悟していたことだったので、Henry さんにパイプをオーダーする際に、ブローパイプの長さを体験的に自分に最も合った長さである28〜9cmに仕上げてもらう様にお願いしておいたのです。

 さて、そんな訳でこの間、Dunfion で真っ直ぐなブローパイプを少々我慢ながらも演奏し続けていたら、なんと、曲がるブローパイプの必要性を以前よりさほど強く感じなくなりました。
 どうも、これはパイプを吹く姿勢にも関係があるようで、 Dunfion を演奏している様子を自分で見てみると、以前よりも姿勢が良くなっている様に思えます。その結果、真っ直ぐなブローパイプでもさほど無理なく演奏できるようになったと…。そこで、試しに Hardie の曲がるブローパイプを曲げずに真っ直ぐのまま演奏しても余り辛くなくなっていました。


RoberReid さてさて、そんな折、3号前のパイピングタイムスの表紙に、つい最近レアな音源が Colleg of Piping Recording から初めて CD 化されたあの Robert Reid のお姿が大写しになっていました。関連記事「パイプのかおり第34話」⇒

 彼が抱えているのはパイプメイカーでもあった Reid 自身の作になると思われる、マウントが小振りで、とてもクラシカルでスマートな外観のパイプです。実は R.G.Hardie はパイプメーカーとしての Reid の弟子の一人であったという師弟関係もあり、Reid の抱えているそのパイプからはどことなく、後年の Hardie のパイプに繋がる雰囲気が感じられました。

 と、同時に私が一番感じ入ったのは、combing & beading が施された細身のブローパイプがスッと伸びて口に収まっているその演奏風景のカッコ良さでした。

 パイパーのカッコ良さは「やっぱり、これだ!」と確信しました。

 …で、「即断・即決・速攻が命」のパイパー森は、先日、Dunfion のスペア用に購入しておいたシリコンラバーのバルブを、20年ぶりに取り出したリアルアイボリー・マウントの Hardie のブローパイプに取り付け、長年お世話になった曲がるブローパイプとはキッパリとおさらばしました。



 最初はちょっと恐かったものでそれ程穴を広げる勇気が無く、とりあえずリトルマックのテーパー部分がやっと1/3位入る程度しか入らず「押し込んだだけで大丈夫? 演奏中に抜けたりしない?」という疑念が抜けきれませんでした。だって、私のバッグは流行りのジッパー付きバッグなんかじゃないもんで、万が一こんなもんがバッグ内に脱落した日には、大騒ぎですからね〜。
 でも、その内、徐々に気が大きくなってきてリーマーを回す手にもだんだん力が入るようになり、仕舞いにはなんとリーマーを電動ドリルに取り付けてブンブン、グリグリやってしまいました。その方が奇麗に仕上がるかな?と思って。
 …で、最終的にはテーパー部分の1/2程が隠れる様になりました。その状態で力一杯押し込んでおけば、そう簡単には外れそうにはありません。

 まだ、シリコンゴムが新しいからか、閉まる時にちょっとブルブルしたりするけど、使い心地は当然ですがバッチリ! なんと言っても、ブローパイプを抜き差しする度に、ちゃっちいシリコンゴムバルブがちぎれそうになるのを気にしなくて良いのが、なによりです。


 さて、さて、これで、20年以上(?)ぶりに我が Hardie は完璧に原点回帰して、オリジナル状態に戻ったという訳。 

 今後は、このクラシカルなフォルムを持つ Hardie ならではの味わい深いチャンターの音色、鈴の鳴るようなドローンの響き、そして、徐々に徐々に色付いて来る事によってますます味わいを増してくるリアル・アイボリーの経年変化を楽しむ一方で、ユニークな外観といぶし銀の味わいを堪能させてくれるメローな音色の Dunfion 楽しみつつ、これまで以上に充実したパイピングライフを楽しんでいきたいと思います。


※ 余談ですが、実は Dunfion Henry Murdo さん自身は、曲がるブローパイプ(多分、他のメイカーの製品でしょう)を使ったりしちゃっているんです。そして、その姿はやっぱりカッコ良いとは言えないんですよね。演奏の方はあまり得意じゃないのかもしれませんね。アハハ…。

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