CANNTAIREACHD - MacCrimmori's Letter - No.11

“ケルト/装飾的思考”

1st October 1993

 年が国際先住民年だということも影響しているのか、最近はケルトについてもちょっとしたブームのようです。ケルティックフェスティバルやケルト美術展などが開かれたり、ケルト関係の本が相次いで出版されたりしています。といっても実のところ今の私は本を読んでいるよりはパイプを手にしている方がいいので、あまり本を読み漁ったりはしないのですが、先日出会った“ケルト/装飾的思考”(鶴岡真弓著、築摩書房/1989)という本には本当に感激してしまいました。

 かなUrlar (ウルラール=Ground ) のメロディーで始まった音楽は、Urularからテーマとなる音を抜き出して、バリエイションを展開していく。バリエイションは徐々に装飾音を増し、Taorluath(タールアー)、Crunluath(クルンルアー)へ、そして時にはCrunluath a-mach(クルンルアー・ア・マッハ)へと発展し、テーマとなる音と音の間を徐々に装飾音で埋めつくす。しまいにはテーマ音が装飾音の中に埋没してしまうほどの音で一杯になる。そして、突然、元の静かなウルラールに戻って終わる。

 長いと言えば長いが考えようによっては非常に短い15分ほどの間に、生命が生まれ、育ち、そして死を迎える。静けさと躍動感が同居した不思議な音楽。
 ピーブロックのもつこのような音楽形式は、スコットランドにおいておよそ15〜16世紀ごろには確立されていたといわれます。しかし「それは一体どのようにして生まれてきたのか? どのようなバックグラウンドがあったのか? 文化的に一番近いはずのアイルランドも含めて、他のケルト文化圏には類似した音楽形式が一切見あたらないのは何故なのか? ケルトの他の文化との関係はどうなのか?」といった疑問について、これまで読んできたピーブロックに関する本からは、はっきりとした答が得られませんでした。そのような本を書いた著者たちにとっては、あまりにも自明なことなので、あえて触
れる必要がなかったのかもしれません。

 ころが、渦巻模様や組紐模様に秘められたケルト人たちの《装飾的思考》について書かれた鶴岡さんの文章の中には、これらの疑問の回答が潜んでいそうな、はっとさせられる記述が次々と出てきたのです。

 いわく、渦巻模様では「トランペットパターンと呼ばれる繋ぎのパターンによって、次から次へと複数の渦巻が入れ子状に配置され、相似形の渦巻が永遠に小さくなりながら無限に続いていくように見える。そこでは、パターンがひとつの渦巻の外周から発してもうひとつの外周へ流れ込んで行き、あたかも渦巻の激しい旋回のエネルギーをそのまま受けとめ、少しも失速させることなくつぎなるものに伝えるという、きわめて動的、すぐれて柔軟なはたらきをしている。それは原子のスケールから大宇宙のスケールまでを一挙に同じ明瞭さでみさせる有機的な文様の集合となっている」

 また、組紐模様では「複雑性、細密性、緻密性、多様性、誇張性、色彩性、曲線性、活動性、大胆性、変転性といった装飾的造形に必要とされる全ての要素に満ちた組紐模様が、わずかな隙間も許さずに空間を埋め尽くす。そして、そこには見かけとしてはパターンの反覆をみせながらも、実は制作のプロセスで逆に同じ手法の反覆を最大限に回避するという、ケルト得意の装飾トリックが見られる」

 うです、このようなケルト人の《装飾的思考》というものは、まさにピーブロックの音楽様式そのものではないですか。本当に目から鱗が落ちたという感じでした。この本の中でさまざまな角度から繰り返し説明されるケルトの《装飾的思考》に関する記述によって、私には15〜16世紀のスコットランドで確立されたピーブロックという音楽形式と、古代からのケルト文化との関係がようやく見えてきたような気がしました。

 限に相同図形を現す構造を持つあのフラクタクル図形にも似た渦巻模様、そして僅かな余白も認知しない組紐模様とに埋め尽くされている「ダロウの書」「ケルズの書」の装飾ページ。それらを眺めながらピーブロックを聴いていると、視覚と聴覚とが一致し、ケルト模様とピーブロック、それぞれから発せられるエネルギーが融合しあい、不思議な感覚に陥ります。それは、ちょうど60年代のサイケデリック・ロックとサイケデリック・アートとの関係によく似ているようにも思えます。

 例の A.J.Haddowの“The Histry and Stracture of Ceol Mor”の扉に、Haddow自身が描いた素晴らしいケルトの模様が掲げられていましたね。当時は、「現代にもこんな模様を描く人がいるのだなー」などと、感心していただけだったのですが、今になってやっとその意味が分かったような気がします。

 して、ケルト文化の中での ピーブロック の位置が見えてくるに従い、さらにその先の疑問を解く鍵も明らかになってきました。それは、鶴岡さんが第3章「渦巻文様の神秘学」の中で触れられているケルトとインドの神秘思想の共通性についての記述です。ここで、鶴岡さんはケルトのドルイドの詩とインドのウパニシャッドの一節とを比較して「インド=ヨーロッパ社会の東と西の両端に残存する共通する世界観」について示されています。かつて、John BurgessのLPの解説の中でA.L.Loydも指摘していたように、ピーブロックとインド音楽との間には明らかに類似点が多い訳ですが、鶴岡さんのこの指摘によってその理由を説明する糸口も見えてきたように思えました。西洋文化の規範にとらわれている限り絶対見えてこないであろう、マージナルな文化の奥深さと共通性に今更ながら感心してしまいました。

【2013年3月追記】

 「ケルズの書」について、この貴重な本を所蔵している Trinity College Library Dublin は全ページをオンラインで無料公開するようになりました。⇒音のある暮らし 2013年3月23日

YoshifumicK Og MacCrimmori