CANNTAIREACHD
- MacCrimmori's Letter - No.16
|
“The Blind Piper”Iain Dall MacKay について15th November 1997 今回の通信のソースは "Proceedings of The Piobaireachd
Society Conference" から。これはピーブロック・ソサエティーの年次総会で報
告される数件のレクチャーの内容をそっくり収めた講演録で、ピーブロックに興味のある人間にとっては非常に価値のある資
料です。 イアイン・ダル・マッカイは血のつながりという意味ではマクリモン(MacCrimmon)の家系の人物ではありません。
しかし、「ピーブロックという音楽形式を完成させた正統の流れ」と
いう意味から、いわゆる《MacCrimmon》という場
合は、まちがいなくその概念の中に位置づけられる人物です。彼の作曲したいくつものピーブロックはそれほどに《MacCrimmon》の正統を継いでいるものなのです。 しかし、だからと言って、その類まれな演奏技術とパイプティーチャーとしての功績からパトリック・オグの評価が揺るぎないものであることには変わりありません。ちなみ に、この94年の大会では、シェーマス・マックニールがもう一つのレクチャーをしていますが、その中でシェーマスは パトリック・オグのことを《God》と 表現しています。(言ってみればエリック・クラプトンをギターの《神様》というようなノリですよね。) イアイン・ダルは1656年にスコットランド北部 Gairloch
地方の Talladale
という所で、あるチーフの世襲パイパーの家に生まれました。7才の時に天然痘にかかり視力を失いましたが、成人するとバグパイプの修行のためにスカイ島ダンビーガン(Dunvegan)城のパトリック・オグの下に送られます。 また、この時期、彼にもう一つの大 きな影響を与えたのが、同じスカイ島のタリスカー(Talisker)の MacLeod の下に集っていた芸術家たちのサークルです。この中にイアイン・ダルと同じ年齢で、同じように子供時代の病気が原因で 盲目になりながら詩人、シンガー、ハーパー、作曲家としての非常に高い才能と技術の持ち主として大きな名声を得ていた Ruairidh Morrison という人物がいました。この2人はお互いの曲や詩の一節を引用し合うといった形で、良い意味でのライバルとして、影響を与え合ったということです。このよ うな様々な交流の中で刺激を受け、 彼は一流のパイパーであり同時にバル ドでもあるという当時としても極めて希な存在になっていった訳です。 パトリック・オグの
下で7年間のバ グパイプの修行を終えたイアイン・ダルは Gairloch に戻り、Alexander
MacKenzie というチーフの下で piper&bard
として仕えます。しかし、1794年にこのチーフが死ぬと、後を継いだチーフは“不在チーフ”であったため、
イアイン・ダルの piper&bard
としての役割は終えてしまいます。盲目であるために他の仕事が出来る訳はなく、しかたなくイアイン・ダルは自分を
piper&bard として雇ってくれるパトロンを探して各地を点々としなくてはならなくなります。 このレクチャーでは、イアイン・ダルの作とされている6編の詩について、その詩が詠まれ
た年代や来歴、背景などについて細かく解説されています。興味深いのはカンタラックで口承されてきたピーブロックと同様
に、これらの詩も全て口承されてきたものなので、一部が失われてしまっていたり、いくつかの異なっ
たバージョンが伝えられているものもあるということです。 パイピング・タイムスに載っている
各地のコンペティションの入賞曲の中に、あの "Lament for
the Children" と並んで最も多く顔をだしてるのがこの曲だと思います。 実は、この傑作はつい最近まで、そ の完成度の高さから(多分、思い入れも込めて)当然、MacCrimmon の作であると考えられていました。具体的にはドナルド・モ ア(Donald Mor) の作とされて、1948年に出版された例のレッドブック The Kilberry Book of Ceol Mor で も作曲者として Donald Mor MacCrimmon の 名前が記されています。 これには全く根拠が無いわけではなく、ドナルド・モアは確かに
Donald Duaghal の父にパイパーとして仕えていたことは確認されています。 そこで、では真の作者は Donald Mor の息子であり、"Lament for the Children" を始めと
する、幾多の名曲を作曲した MacCrimmon
歴代最高のピーブロック・コンポーザーであるパトリック・モア
(Patrick Mor)ではないか、という説が浮かび上がります。 この真相を知って、私は「そうか、 やはりそうだったか」と思いました。 "Patrick Og 〜" と "Donald Duaghal 〜"、この比類なく美しい旋律 を持つ2つのラメント、実は同じ作者の手になるものだった ということは、私にとってはごく自然に納得できることでした。そして、多分このレクチャーを聴いた多くのピーブロック愛 好家も同じ思いを抱いたのではないではないかと思われます。 この他に、このレポートで解説されている曲の中で私が知っているピーブロックとしては、"Unjust Incarceration" と、"Lament for the Laird of Anapool" が
ありました。 カナダに現存しているイアイン・ダルが使っていた伝えられるチャンター(の指穴のすり減り方)から判断 して、彼はパトリック・オグと同じく左利きだっ たということです。 しかし、共通しているのはそこまでで、伝統ある Boreraig
の College of Piping の頂点を極め、スコットランド中から多くのパイパーが
ピーブロックを習いにその下に集まって来たパトリック・オグと異
なり、パイプティーチャーとしてのイアイン・ダルの評価は高くありませ
ん。 盲目という身体的ハンディキャップも原因の一つであると考えられますが、実は彼は躁と欝の状態がはっきりしていた気
分屋で、どちらかというとティーチャーというよりよりも、典型的な芸術家
タイプだったようです。 さて、このレポートの報告者であるブリジット・マッケンジー(Bridget MacKenzie)は 最後にイアイン・ダルの最高傑作である、いわずもがなの "Lament for Patrick Og MacCrimmon" に 言及します。でも、ピーブロック・ソサエティーに集っているような人にとっては例の逸話は余りにも当然のことなので、ここで彼女が提起するのは「果たしてこの《逸話》が真実であったのかどうか?」ということで す。 通常、ラメントにおいては、最後のバリエイションはクルンルアー(Crunluath)で終わるのが常であっ
て、 クルンルアー・ア・マッハ(Crunluath a-mach)のバリエイションは演奏されま
せん。ところが、Patrick Og 〜
はラメントの中ではア・マッハまで演奏される非常に希な例なのです。 イアイン・ダルの私
生活から当時の興味深い風習が見えてきました。 アンガスの他に2人の子供を残したイアイン・ダルは1754年、98才の長寿を全うして亡くなりました。ここで気がつ いたのですが、Canntaireachd No.15 で紹介した103才まで生きたという Iseabal Mhor の例や、102才まで生きたというその父親の例もあるように、どうもこの時代のハイランドの人たちは現代の水準からいっても長寿であった人が多かったよう です。当然、若くして死んだ人もそれ以上に多くいたと思われますから、平均寿命は短かかったでしょうが、決して食糧に恵 まれていたと思えない当時のハイランド地方の食生活は、案外、長寿に適したものであったのかもしれません。 ところで、イアイン・ダルの亡くなったこの1754年という年は、実は私の生
まれた年のちょうど200年前に当たるわけでして、私としては妙な因縁を感じてしまうのです。まあ、単なる偶然なのです
が、ミーハーの気持ちとはそんなものですよね。 今回紹介したのは実はこのレポート
のほんのさわりの部分です。イアイン・ダルを心から信奉し
ている報告者のブリジット・マッケンジー
は、彼の波乱に満ちたその一生と多くの傑作が生まれた背景を丹念に研究し、それはもう実にこと細かに報告しています。 ケルト音楽を愛好している人なら知 らない人はいないであろうアイルランドの盲目のハーパー、ターロック・ オ・キャロラン(1670〜1738)。キャロランより14年早く生まれ16年長生きしたイアイン・ダル・マッカイ(1656〜1754)。隣り合った2つ のケルトの国で、2人の盲目の芸術家が同じ時代に同じようにチーフのお抱え楽師として活躍し、それぞれの伝統文化に大き な遺産を残したのは、単なる偶然とは言えないような気がします。 最後に私自身の最近のエピソードを
一つ。 実はこの Murray Henderson が
リードメーカーとして以前からパイピング・タイムスに広告を出しているのは気がついていました。そこで先日、私は自分が
そのような夢を持っているという旨を書き添えて、チャンターリードを注文しました。 何ということでもありませんが、私にとってはこれでまた一歩、ささやか夢
に近づけたような気がしました。 Yoshifumick Og MacCrimmori |
|| Japanese
Index || Theme
Index ||
|