パイパー森の音のある暮らし《2005
2005/1/13
(木)

CoP のオンラインショップ

 Piping Times の定期購読の更新をしなくてはならいないので、仕方なく久しぶりにCOP のオンライン・ショップにアクセス。カタログページのデザインは少々リニューアルされている様子。

 定期購読の更新だけではつまらないので、CDのカタログを物色し、Donald MacLeod チュートリアル・シリーズの最新リリース Vol.13&14 を注文しました。
 このシリーズはこれまで半年に1回づつくらい、トントンとリリースされて一気に Vol.12 まできたのですが、このところリリースのペースが落ちていたので、どうなったのかと思っていた矢先でした。

 ついでに、Pipers of Distinction シリーズの中の Gordon Walker のアルバムに "Lament for the Children" が収められているのを発見。これは、先日の John Wilson のアルバムと同様に、これまで、収録されている曲名のデータが分からなかったので、とりこぼしていたものです。

 それらを注文バスケットに投げ込んで、手続きを完了、最後のボタンをクリックすると、例によって、ブラウザーがシャットダウンケッ、何も変わっとらん!

 でも、これまでの経験から、向こう側にはちゃんと注文が届いているのだろう。

 カタログの画面に「ディスカウントを受けるためには、別途Eメールでメンバーシップのナンバーを教えてくれ。」とあるので(笑っちゃうよね)、注文確認の意味も含めて、注文確定画面のPDFファイルと共に、私の生涯メンバーシップナンバーを書いて送信。「出来れば、確認のお返事を頂けたら大変喜ばしいのですが…。」と書いておいたのだが、それから、3日たっても未だに返事無し。

 相変わらず「世界最悪のオンラインショップ」を継続中のようですな。

2005/1/17
(月)

シンセティック・チャンター・リード

 昨年末の新宿高校旧校舎お別れ会を控えたある日のこと、装着していたハードのシンセティック・チャンター・リードの音程がいきなり狂い始めました。ルーペで見てみると、なんとリードの先が裂けている。

 以前にも書いた様に、このリードはケーンのリードと同様に一つ一つサンディングして仕上げられています。…ので、そのような中でたまたま深い削り跡が付いたところで素材が疲労をきたして割れたようです。
 ハードのシンセティック・リードは実はこれしか手持ちがなかったので、ちょっと凹みました。せっかくケーンリードに一番近い音色だったのに…。

 できれば旧校舎お別れ会に間に合う様にと、早速 Hughes and MacLeod に注文を出しました。今回注文したのはハードを3本。1本£34だというので、計算するとこれだけで2万円近くなる。

 「えっ、こんなに高かったっけ?」と思って以前の単価を確認すると、なんと当時は£22でした。ウワ〜ッ! 5割アップだ。最近、円高傾向とはいえ、この値上げはイタイ。

 でも、一度でもこのシンセティック・リードのイージーさを味わってしまうとね〜。

 結局、お別れ会どころか年を越し、注文から3週間以上経過した先週になってやっと到着。3本ともケーンに遜色無い良い音してます。…ま、この際、値段は仕方ないか?

2005/1/24
(月)

CoP は永遠なり

 1月13日に書いた CoP へのオーダーと、確認のメールに対してはその後何の音沙汰も無し。
 10日以上経過したので、いよいよ再確認のメールを送ろうかと思っていた矢先に、ボ〜ンと荷が到着。

 今回は段ボールで包まれていたので、CDジャケットにダメージは無し。
でも、同封されていた送り状やクレジットの控えを見る限りでは、会員割引されている形跡も無し。

 フ〜ッ…。もう、クレームのメールを書く気もしませんね。

 Gordon Walker "Lament for the Childern" は、注文した後に Index of Piobaireachd Recordings で確認したら、どうやら World Greatest Pipers シリーズ#1 Angus MacDonald のと同じ urlar だけらしい。
 道理で、以前にこのリストで確認したときには手を出さなかった訳で、ボケたものです。
 …で、手元に届いてみると、見事に3分28秒の Urlar のみ。例によって私はそれ以外の曲は全く聴きもせずにポイって感じなので、たったこれだけで£10.21は高いよな〜。
 でも、彼の演奏は私のお気に入りの Gavin Stoddart を彷佛とさせるゆったりとした雰囲気でなかなかのもの。こうなると益々、全部通して聴きたくなるんだよな。もったいないと思うよ。

 都合、"Lament for the Childern" のコレクションは10になりました。全部通しが6つ、Ver.2まで(約8分程度)が2つ、Urlar だけが2つと言う感じ。どの人の演奏もそれなりに味わう事が出来る。それにしても奥が深い名曲だね〜。

2005/1/31
(月)

27分27秒

 Donald MacLeod チュートリアル・シリーズはとうとう Vol.14 (つまりCD28枚ということ)に到達しました。取り上げられた曲はすでに160曲にのぼります。
 さて、最近手元に届いた Vol.13&14 で取り上げられている23曲の中で一番の曲はなんといっても、Iain Dall MacKay による名曲 "Lament for Donald Duaghal MacKay" でしょう。

 Donald MacLeod もひときわ丁寧に教えてくれていて、Urlar を一通りカンタラックで歌った後に、プラクティスチャンターで演奏。そして、同様に Var.1をカンタラックで歌った後にまたプラクティスチャンターで演奏。
 さらにその後も全く手抜きすることなく、Taorluath と Crunluath のバリエイションを全編プラクティスチャンターで演奏した後、最後に再び Urlar に戻ってくるところまで、つまり、パイプで演奏するのと全く同じ様に演奏しています。
 例によって彼のプラクティス・チャンター・プレイイングは循環呼吸によるものなので息継ぎによる途切れる事は有りません。ですから、その演奏は文字どおりパイプの演奏と同様に鑑賞に値します。
 そして、この懇切丁寧なチュートリアルの結果この曲の演習時間はこれまでの160曲の中での最長の27分27秒にも及ぶことになります。通常、この曲をパイプで演奏する際に掛かる時間は14,5分ですから、カンタラックと要所要所の説明で2倍近い時間を掛けている訳です。

 私は以前に Donald MacLeod の直弟子である Angus J. MacLellan さんからこの曲の手ほどきを受けた時に彼にカンタラックでこの曲を歌ってもらいましたが、このチュートリアル CD で Donald MacLeod のカンタラックを聴くと、テンポといい抑揚といい、それはそっくりそのままあの時の Angus J. のカンタラックそのもので、なんとも懐かしい思いがしました。
 当然といえば当然ですが、今回改めて同じ曲の Angus J. の師匠のカンタラックを聴いてみて、口承による伝承というのがこんなにまで、その曲のニュアンスを伝え得るものかと納得した次第です。

 親しみ易いメロディーでありながら、その独特の抑揚を上手く表現するのが大変難しくて、いつまでたっても満足ゆくように演奏できずに悶々としてしまうこの曲ですが、今回、この丁寧なチュートリアルを活かしてなんとか味わい深い演奏が出来る様になりたいと思います。

2005/3/5
(土)

ピーブロックはロックだ!

 1954年生まれのパイパー森は、ロック・ミュージックが最も輝いていた1960年代後半〜1970年代にティーンエイジを過ごした、生粋のロックンロール世代。ロックは私の音楽人生だけでなく、生き方そのものを規定してきたテーゼだと言えます。

 私がそもそもハイランド・パイプのソロで演奏するピーブロックという音楽を好むのは、大 気を切り裂くチャンターの一音一音に、マーシャル・アンプから放たれるエリック・クラプトン、ジミー・ペイジ、ジェフ・ベック、ジミ・ヘンドリックスと いったロック・ギタリストたちが繰り出すエレクトリック・ギターの鋭い音色を、そして、身体に染み入る重低音のドローン・ノートには、ジャック・ブルー ス、ジョン・ポール・ジョーンズ、ジャック・キャサディー、ティム・ボガートといった、辣腕のベーシストたちの地をも揺るがすベースノートをイメージしつ つ、ウルラールのメロディーを徐々に変化させて、クルンルアー・マッハの頂点でクライマックスを迎えるというピーブロックのその音楽様式に、「テーマ〜イ ンプロヴィゼーションの展開」というロックの基本様式のイメージを重ねているからなのです。

 言い換えれば、私にとってハイランド・パイプによるピーブロック演奏は、他の楽器では到底不可能だと思われる「ロックンロールの醍醐味をワンマンで味わってしまう」という行為に他ならないのです。

2005/3/6
(日)

ロック中年のカミングアウト

  齢50才を迎えようとする私と同世代のロック中年たちは、たとえ心の奥底でメラメラと燃えるロック魂を持ち続けていたとしても、日常生活に於いては、成熟 した社会人として、夫として妻として、またある時は父として母として、大人に相応しい分別ある振る舞いを期待され、そして、当人たちも当然のようにそのよ うに振舞ってきました。

 しかし、最近になって、このようなロック中年たちが堂々とカミングアウトしてきたり、社会のあちこちの場でイニシアティブを握る様になってきたのだな〜、と実感させられる例が増えてきた様に思えます。

 そのような例として、つい最近、とても偶然とは思えないタイミングでロック関係の雑誌のリリースが重なりました。
 その内二つは奇しくも同日、2月25日にリリースされた "月刊プレイボーイ”の総力特集「3大ギタリストの生き方」(集英社)と、アエラ臨時増刊 "AERA in Rock / 再びの、ロック”(朝日新聞社)です。そして、その4日後の3月1日には今後1年半に渡って毎月2回発行、のべ30号まで発行されるという "Rock in Golden Age / ロック栄光の50年”(講談社)の創刊号がリリースされました。

 パイパー森はとりあえず全てをゲット。若かりし日々の思いに浸りながらページをめくって楽しみました。

 中でも一番楽しめた記事が、 "AERA in Rock / 再びの、ロック”の中程にあった「ロックの呪が解けない人々〜大調査」です。副題の「ロック世代のエクゼが語った」にあるとおり、政財官学のお堅い分野の「ロック通」たちのアルバムベスト5とそのコメントを載せたページ。
 ベスト5全てがドアーズというドアーズフリークな官僚、ミュージシャンになることを真剣に夢見ていた会社役員やら政治家、「ロックは生活の点滴。一生《ロッカー》でいたい」と熱く語る証券会社社長、そして「プログレ命!」の大学教授など、「えっ、こんな人が?」と思わせられながら、メラメラ燃えるロック魂を持った同世代のコメントに「お〜、お〜、そうか、そうか」と頷く思いで、大いに楽しめました。


 一方で、ある大学教授がベスト1に、他の人が選んだアルバムとはかなり異質でマイナーな、ペンタングル "クルエル・シスター”を選んでいたのには正直驚いてしまいました。
 同時に、私の音楽人生で最大の転機をもたらしたこのアルバム、そして、私にとって同一のアルバムを繰り返し聴くという行為で言えば、間違いなくこれが一 番だと言えるこのアルバムが、見ず知らずの他の人にとっても、大きな意味を持っていたということを知って思わず笑みがこぼれました。

2005/3/13
(日)

Jack Orion はピーブロックだった

 何事もそうですが、まさにその渦中にいると、そのもの実態は見え難いのが世の真理。時間的(あるいは物理的)な距離を置いてみて、初めて見えてくるということはよくあることです。
 そこで、例の大学教授のベスト1に名前が出て来たことに触発されて、ペンタングルのアルバム "クルエル・シスター(Cruel Sister)”が、私の音楽人生の中で果たした意味について、このアルバムとの出会いから35年間以上の時を経た現時点で改めて考察してみました。

 ペンタングル(Pentangle)というグループは、今振り返ってみてもフォーク界、ロック界通じて、真に空前絶後、他には全く類を見ない本当にユニークなグループでした。
 当時すでにソロやディオでの活動を通じて、アコースティック・ギターの名手としてイギリス中に名を馳せていたバート・ヤンシュジョン・レンボーンの パワフルなツイン・ギターが繰り出すメロディーに加えて、腕達者なリズムセクションと女性シンガーの澄み切った美声が加わった5人組(だから "Pentangle”っていう訳)として、そのユニークなサウンドを看板に1968年にセンセーショナルなデビューを飾り、一躍人気グループになったの でした。

 アコースティック楽器のグループとはいえ、フォーク・ブルースをベースにとしたそのサウンドは、ある意味ではロッ ク・ミュージックのもつパッションに溢れたものと言え、アルバム・ライナーノートにはその当時、彼等がロック・ムーブメントの中でどんなに人気を博してた かが克明に記されています。
 デビュー翌年の1969年8月にはウッドストックと並ぶ巨大野外イベントとして有名なワイト島・ミュージック・フェスティバルに出演してボブ・ディラン、ザ・フー、キング・クリムゾン、フリーなどと共演(ちなみに、ウッドストックを超える60万人が集まり、ジミ・ヘンドリックスの最後の演奏が聴けることでも有名なのは翌1970年のフェスティバル。)、9月から1ヶ月間は北欧各地を巡るスカンジナビア公演、そして、その後に開始された2ヶ月間のイギリス国内公演は、その10ヶ月前(1968/11/26)に伝説的なクリームの解散コンサートの会場となった、ロンドン・ロイヤル・アルバート・ホールで初日を迎えています。

 ペンタングル結成の前から、バート&ジョンのギタースタイルは当時の多くのミュージシャンに多大な影響を与えたことはよく知られている事ですが、その一人がレッド・ツェッペリンジミー・ペイジで、バートの奏法やチューニング、そして、レパートリー面で多大な影響(パクリも含めて)受けているのは有名な話です。
 また、ペンタングルとしてデビューする前のバート・ヤンシュと同じアパートに住んでいたという関係で、彼のレパートリーであったあるイギリス民謡を自分のレパートリーに取り入れて世界的にヒットさせたのは、サイモン&ガーファンクルポール・サイモン。そして、その曲というのは、 "スカボロー・フェア”だというのも、この世界では有名な逸話です。

  また、今回このライナーノートを読み返してみて興味深いと思ったのは、ペンタングルの音楽が、当時隆盛を誇っていたはずのプログレッシブ・ロックが陥って いた「楽器の音そのものの単純美を失ってしまった事」の対極に位置している事に対して当時高く評価されていたということでした。


  "Cruel Sister”は そんな彼等が1970年にリリースした4枚目のアルバムです。ブリティッテュ・トラッドをベースにジャズやブルースを織り交ぜた幅広い音楽性で、オリジナ ル曲や他のジャズ・ミュージシャンやフォーク歌手のカバー曲まで幅広く手掛ける彼等にしては、全編トラッドというこのアルバムは、実はかなり異色のアルバ ムなのですが、幸か不幸か私はそのようなアルバムと最初に出会ってしまったのでした。
 セルフインタビューに書いたとおり、私はラジオから流れて来たこのアルバムの中のジャッキー・マクシーによる無伴奏シンギングを聴いて彼等の、そして、ブリティシュ・トラッドの虜になってしまった訳ですが、トラッドの世界ではごく当たり前であるこの無伴奏シンギングというスタイルも、実は彼等の6枚のアルバム(解散前)では僅か2回程しか取り上げられていないのです。

 全編5曲が全てトラッド曲ですが、その内2曲は特に正統的なマーダー・バラッド。1曲はタイトル曲の "Cruel Sister”で、 "Two Sisters”などというタイトルでも知られています。そして、もう1曲が、アルバムのB面一面を占めている "Jack Orion”という曲です。


  4行詩×26連からなる長大なバラッド(といっても、正統的なバラッドの世界ではごく普通の長さですが…)に、アコギ、エレキ・ギター、ベース、ドラム、 パーカッション、リコーダーなどを駆使して現代的なアレンジの伴奏を加えつつも、基本的には伝統的なシンギングに載せて淡々と物語が進行します。
 そして、物語が節目を迎える23連目が終わったところで一旦歌は休んで、ジョンのエレキギターを中心にしたインストゥルメンタルなインプロビゼーションが展開されます。
 最初は静かに始まったこのインプロも徐々に徐々に盛り上がり、歪んだギターの叫び(といっても他のロックバンドに比べたら至ってクールな演奏ですが…) でクライマックスを迎えて終わると、再び静かなシンギングで締めくくりの3連が歌われ、この長大なバラッドもいよいよエンディングを迎えます。
 ちなみに、バラッドでよくあるパターンですが最後には登場人物3人全員が命を落とします。

 さて、元々長いバラッドに要所要所の間奏と例のインプビゼイションを加えたこの曲の演奏時間はなんと18分にも及び、奇しくも私の最も好きなあの Gavin Stoddart の演奏になる "Lament for Children”の演奏時間とほぼ同じ長さになります。

 そして、今にして思えば、16才の頃の私がハマっていたペンタングルによるこの "Jack Orion”の演奏形式、つまり、「テーマを淡々と演奏、徐々にバリエイションを複雑化、バリエイションがクライマックスに到達した後に再びテーマに戻って終わる」という音楽様式は、な〜んのことはない、ピーブロックそのものじゃないですか。
 
つまり、まさにパイパー森の音楽志向は文字どおり「三つ子の魂百まで」ということだったんですね。


 蛇足ですが、同時期のロック・ミュージックの中で1曲でLPレコード片面を占める様な長大な曲としては、ピンク・フロイド "原子心母/Atom Heart Mother”、そして、グレイトフル・デット "Live Dead”に収められていた "Dark Star”という曲があり、両方とも私のフェイバリット・チューンでした。

2005/6/19
(日)

Oh My CoP!

 月日が経つのは早いもので、パイピング・タイムスの購読更新の手続きと併せてなんかかんか買い込んだのが1月ですから、殆ど半年ぶりにあれこれ買い漁るために CoP のオンライン・ショップを訪ねました。
 少々リニューアルされたオンライン・カタログのピーブロックCDのページに行くと、いきなり、Bill Livingstone "A Piobaireachd Diary”シリーズが載っている。お〜、お〜

  ボブさんのピーブロック・フォーラムでもこの3月に話題になっていたこのシリーズは、1枚に各4曲のピーブロック演奏とそれぞれの曲に関するビル自身のナ レイションが収めらたCD4巻から成ります。収められていれている曲がピーブロック通なら欠かす事の出来ない重要な曲ばかりなのでマニア垂涎ものなのです が、実はその半分は Dr. Dan Reid メモリアルコンペティションでのライブ音源ということ。つまりは演奏音源の半分については概ね私のコレクションに入っているということになります。そんなかんなで、これまでこのCDにはまだ触手を伸ばしていませんでした。
 というより、実はこのCDは通常の小売りルートには乗っていないので、購入するためにはビルと直接コンタクトを取るしかなかったのです。未収集の音源ば かりだったら、即メールを書き、直ちに郵便為替で送金してゲットってな感じで面倒を厭わず行動を起こしていたところですが、なんせ最近の何でも「ネットで ポン」というイージーさに慣れてしまったこともあり「まあその内、1年位したら CoP のカタログにも載るだろう…。その時に買えばいいや。」と泰然と構えていました。…が、こんなに早く CoP のリストに載っているのには正直ビックリしました。


 さて、この4枚のCDの下にスクロールすると、ピーブロック・ソサエティーの現在のチェアマンである Andrew Wright による Whispers of the Past シリーズの Vol.2 として "The Harmonic Piobareachd”というCDが載っています。このシリーズのVol.1は以前紹介した "Canntaireachd and Piobaireachd”ですが、続編もタイトルからしてなかなか興味深そうです。

 次は、Brown & Nicol による "Masters of Piobaireachd”のシリーズ。そして感心なことに最新版 Vol.7 がちゃんと載っています。ちなみに今回は  "Lament for Mary MacLeod" が取り上げられているので、bugpiper さんも「買い」ですね。

 そして、続く Donald MacLeod Tutorial シリーズには早々にリリースされたばかりの Vol.15 & 16 が掲載されています。この後は、今年10月リリース予定の Vol.17 & 18、そして、来春の Vol.19 & 20 をもってCD40枚に及ぶこの膨大なシリーズも遂に完結するわけですから、いよいよ最終コーナーを回ったという感じですね。今回の2巻には、長大な“Lament for Harp Tree" 、そして、つい最近私がすっかりハマっている“The Daughter's Lament" と、両方とも Bill Livingstone が Dr.Dan Reid メモリアルコンペティションで聴かせてくれた印象深い2曲が取り上げられているのが楽しみです。

 そして、ピーブロックCDのリストの最後にあった、Dalriada Piobaireachd - Voice and Pipe というちょっと怪しげなCDもついでにバスケットに投げ込んで、このコーナーはお仕舞い。


 さて、次は、本です。
 まずは、ピーブロック・ブックのページへ。Piobaireachd Society Conference の報告書2002年版以 降が、いつまでもアップされなかったのですが、どうでしょう? いつまでもカタログに載らないようなら、先日来ネットで入会できるようになったソサエ ティーに入会することも考えなくてはならないかな? なんて思っていたのですが? お〜、お〜、やっとリストアップされている。それも、2003年版、2004年版がまとめて…。ヨシヨシ。

 続いて、そろそろ夏休みの読書用にその他の本に目ぼしいものはないかと物色。

 おっと、いきなり美味しそうな本が…。"Piping Tradition of Argyll" 曰く、"A worthy successor to 'Piping Traditions of the North of Scotland'…、ということならば、これはもう絶対「買い!」ですね。
 Bridget MacKenzie によるこの "Piping Traditions of the North of Scotland" はこれまで読んだパイピング関連の本の中で最高に楽しめた本です。パイピングゆかりの各地を訪ね歩くその紀行文がとにかく興味深い上に、なんといっても彼女の英語は読み易いのでお薦め…。

 続いて、次の "Little Book of Piping Quotations" っていう本も、その解説を読んで「買い!」です。その値段からしても小冊子ってところでしょうし、夏休みの軽い読み物には最適。それに、きっと「ピーブロック名言集」に引用させてもらえるような名言が沢山出ていることでしょうし…。

 …と、まあ、こんなところで、今回の買い物はお仕舞いにしておきましょう。


 買い物かごを確認して、チェックアウトに進みます。
 おやっ? クレジットカード情報を入力する画面に行く直前の画面で、初めてメンバーシップナンバーを記入する欄があるじゃないですか。お〜、お〜、もしかして、決済システムに抜本的に手を入れたのかな? これまでは「メンバーシップナンバーは別途メールで教えてくれ」なんてアホなこと抜かしていたんだけど…。かといって、教えたところで一度だってお約束どおりの割引扱いにしてもらえたことはなんてないんですけどね。

 さて、いつものとおり、その次の画面でクレジットカード情報を入力して決済のボタンを押して…、も、これまでのようにブラウザーがシャットダウンしない! な〜んと!

 その代わり、なんとちゃんと Recept 画面が表示されるではないですか。  お〜、やっとシステムが直ったようです。でも、きっと受注確認のメールなんて来やしないんだろうからと、念のためにこの画面をPDFファイルにしてデスクトップに保存しました。
 ところが、どうしたことでしょう、なんとこの画面が表示されてから程なくして、注文確認のメールが届いたのです。
 メールの履歴で確認すると、この前にこのような自動発信の注文確認メールが届いたのは、2003年5月の注文の際の事。つまり、CoP のオンラインシステム実に2年ぶりに完全復活したようです。


  ただ、例のメンバーシップナンバーの入力がちゃんと反映されて、メンバーシップディスカウントがされるかどうか? についてははまだまだ大いに疑問です ね。少なくとも、注文確認の段階ではディスカウントされた形跡はありません。品物に同封されてくるはずの最終的なカード引き落としの内訳書が見ものです ね。
 さらにもっと重要なのはいつかのようにCDケースがバリバリに割れたりしないように丁寧に包装されて送られてくるかどうか? ということです。そちらの方こそお手並み拝見というところです。

 まあ、でも、とにもかくにも実に2年間に渡ってトラブルが続いていた CoP のオンラインシステムが、まがりなりにも正常になったことだけでも一応良しとしましょう。

2005/6/22
(水)

中4日で到着!

 実際に CoP に注文を出したのは、16日(木)午後9時過ぎですが、つまり、これは現地時間で同日のお昼過ぎにあたります。
 感心なことに、CoP のオンラインショップ担当者は昼食から帰って私の注文を見てから、間髪を置かずに荷を揃えて発送作業に取り掛かったようです。その証拠に、これまでの最短タイ記録である中4日おいた21日(火)にそれらの荷物が到着したのです。

 そして今回のパッケージはパーフェクト!

  一番かさ張るA4サイズ簡易綴じ仕上げのピーブロック・ソサエティー・カンファレンスの報告書2冊はまず段ボールで包んで折れ曲がらない様に養生された 上、4枚と5枚に分けられたCD、一まとめにされた本ともに、それぞれ別々に例のプチプチのエアクッション・ビニールでしっかりと包んであります。そし て、それらをまとめてぴたりサイズの段ボールに入れて梱包、段ボールの合わせ目は丹念にポリテープでシールして送られてきました。当然ですが、中身のダ メージは全く無し。

 ただし、案の定、メンバーシップ・ディスカウントはされていませんでした。同封されている送り状の内訳 一覧には、ちゃんとディスカウント率とディスカウント価格を記する欄があるにもかかわらず、両方とも、0、0、となっています。どうしてなんでしょうね?  クレームのメールを書くのもメンドクサイけど、今後の事もあるからこの際、きちんと問い合わせをしておいた方が良いかな?

2005/7/3
(日)

神様、ジェフ・ベック

 ジェフ・ベック(Jeff Beck)のライブに行ってきました。
 ジェフ・ベックは1973年の伝説的なベック・ボガード・アピス(BBA)での初来日以来、その都度違ったメンバーを引き連れて何年かおきに来日しています。今回は2000年以来およそ5年ぶり9度目のジャパン・ツアー。

 セルフインタビューにも書いたとおり、ペンタングルとの出会いをきっかけに 、ロック少年だったパイパー森はブリティッシュ・トラッドの深い森の中に迷い込んでしまいました。そのため、1970年代初頭の本場のロックバンドの来日ラッシュからは早々にドロップアウトしてしまったので、1973年の BBA のライブには行っていません。さらに正直に言うと、これまでジェフ・ベックの音楽を真剣に聴き込んだこともありませんでした。
 そんな私が今回のライブに足を運ぶ事になったきっかけは、1999年に行われたジェフ・ベックの7度目のジャパンツアーの映像をたまたまテレビで観てしまったことです。その年は、エリック・クラプトンも来日公演を行ったので、2大ギタリストのライブがそれぞれNHK衛星放送で放映されたのです。

 2人とも1940代半ば生まれですから、その当時共に50代半ばのはず、「演奏もそれなりなんだろうな〜」と決めつけて、ノスタルジアは感じつつもそれ程強い思い入れを持って放映に見入った訳ではありませんでした。
 確かに、日頃の活動が報道される機会が段違いに多いエリック・クラプトンの方は、それらの情報から想像したとおり、風貌といい演奏といいまさに枯れに枯れて完璧にレイドバックした、どちらかというとグラミー賞が似合う様な音楽を淡々と演奏。ホ○エモン言葉でいうところの「想定の範囲内」でした。つまり、さほど強烈なロック魂は感じらなかったということ。


 ところがどうでしょう、ジェフ・ベックは全く違いました。
 まず、そのスリムなボティスタイルもあの独特のヘアースタイルも、極端に言えばロッド・スチュアートやロン・ウッドと一緒にやっていた第1期ジェフ・ベック・グループ当時と殆ど変わっていない!
 
ファッション(というより「着ているモノ」といった方が当たっている?)も、スリムなジーンズに短ブーツ、そして、途中で脱いだよれよれのジャケットの下は定番の袖無しのTシャツといったラフな格好。

 それにもまして何よりも驚いたのは、その時の演奏でした。それは紛れも無くギンギンのインストゥルメンタル・ロック。ジェフの他にMIDIギター、ベース、ドラムというタイトな4人編成のバンドの繰り出すヘビーなサウンドは、「枯れた」とか「レイドバックした」とか「丸くなった」とかいう言葉とは正反対に「ロック魂」溢れた熱い演奏なのです。
 …と、同時に30数年のキャリアに裏打ちされた高度なテクニックを駆使したその演奏は、成熟しかつ緻密に構成されていて、荒削りとか粗野という言葉も全く当てはまりません。
 また、ヴォーカルは一切無しの徹頭徹尾インストゥルメンタル・オンリーながら、ジェフのギターが終始《歌っている》の で、ヴォーカルレスに関する飢餓感を感じる事も無く、それどころか、ハードな曲の合間で聴かせるギター・バラードなどは、トラッドで言うところの「ス ロー・エアー」と言った雰囲気で、中途半端なヴォーカルなどを必要としない「真の歌心」を感じさせる素晴らしい演奏でした。
 実際、その内の1曲 "Declan" という曲は、あのドナル・ラニーの作になる曲で、オリジナルではイリアン・パイプのソロで演奏されているとのことです。
 ライブ全体としても、全編インストゥルメンタルということから連想するジャズやフュージョン系の音楽とは違って、ロックならではの人間味溢れるパフォーマンスが印象的でした。


 とにもかくにも、この映像の衝撃は、当時45才だったパイパー森の人生観にとてつもなく大きな影響を与えました。大げさではなくて、その後の中年〜壮年としての生き様を変える契機になりました。

 つまり、「そうか、たとえ50才を越したからっていって、当たり前のように老け込むことはないんだ。ジェフ・ベックのように、いつまでもロックンロールしているっていうのは、なんてカッコイイんだろう〜!」と…。

 この場合の「老け込む」という言葉には「歳相応に…」「大人びる」「落ち着く」「枯れる」「渋い」「地味に」といった抽象的な概念、そして、具体的には「リラックスジーンズを履く」「スラックスは必ずツータック」「スニーカーは履かない」等々といった様な意味を含んでいます。

 そこで、ジェフを見習ってロック中年として自分に正直に生きる事にした私が最初にやったことは、ワードローブに有ったモロにオヤジ臭いストーン・ウォッシュ仕上げでダブダブのリラックス・ジーンズを捨て、その替わりにウォッシュ・アウトしていないクラシカルなインディゴブルーのストレート・ジーンズを購入する事でした。そして、細身のジーンズに足を通しジッパーで股間をギシギシギシと締め上げ、ジーンズが腰回りにピタッとフィットする感触を久しぶりに味わい、「やっぱり、ジーンズはこうでなくっちゃ。」と一人悦に入りました。
 もちろん、このようなイイ格好をするためには、ジェフ・ベックと同様にいつまでもスリムな体型をしていなくてはなりません。その晩から、しばらく遠ざかっていたブルワーカーでのマッスルトレーニングを再開、ちょっと油断すると直ぐに弛んでくる、中年ならではのお腹の引き締めを怠らないことを心に誓ったのは言うまでもありません。
 なんせ、ロックンローラーは格好良さがイチバン!ですから。


 さて、そんな風にパイパー森が中年としての生き様を変えてから数年が経過、自身が50才をとうとう越えてしまった今年、当のジェフ・ベックが5年ぶりにジャパン・ツアーを行うと言うニュースが入ってきました。
 思えば、ロック生誕50周年と言われるこの節目の年に、私の人生観を変えた張本人、そして、還暦を越して今なお現役バリバリのロックの神様を拝みに行かずして許されましょうか?
 …で、夫婦&息子の3人で《お参り》することにしました。

 しかし、人生の手本とする神様を拝みに行くというのに、当の神様の音楽をロクに聴いた事が無いというのではこりゃヤバイと思い、近くのレンタルビデオ店で神様のCDを借りまくってきました。
 ヤードバーズやその前のトライデンツ時代の貴重な音源を納めた3枚組アンソロジー "BECKOLOGY" から2003年リリースの最新作までCD15枚分、12時間を超すジェフ・ベックの音楽をライブまでの1ヶ月間に一気に聴き込んでから当日に望みました。

 余談ですが、 借りてきた中に '73 BBA 来日時に大阪フェスティバル・ホールで録音された "Beck, Bogert & Appice Live" (2枚組)もあったのですが、これはスゴイ!
 
レッド・ツェッペリンのブートの世界では、'71初来日時のやはり大阪フェスティバル・ホールでの音源が有名ですが(私は持っていません)、BBAのこれは公式アルバムなので、録音状態も良く当時の彼等のとんでもないライブの状況がそのまま伝わってきます。まるで、1969年の "クリーム解散コンサート at ロイヤル・アルバート・ホール" を彷佛とさせる、超絶ロック・トリオの取っ組み合いバトルとでも言うような壮絶な演奏。


 さて、ライブ当日、ここ数年のジェフ・ベックの東京でのライブ会場として定着している5000人収容の「東京国際フォーラム/Aホール」に詰めかけたのは、凄まじい数の私ら夫婦と同世代の「元ロック少年&ロック少女、今ロック中年&壮年」たち。その雰囲気は一言で言うと正に「同窓会」のノリでした。
 日頃は分別盛りの大人を演じてなくてはいけない立場にいるけれど、その実、胸の中には熱〜いロック魂を燃やし続けている中年&壮年たちが、同じ想いを胸 に抱いた昔の仲間たちと、久しぶりに顔を合わせた安堵感でホッとしているという風情。どの顔にも微笑みが見られます。

 肝心のライブはどうだったかって? コメントするまでも無いでしょう。
 インターネット販売のチケットは何故か座席指定が出来ず、入場券が郵送されてきて初めて判明した座席は2階9列目でしたが、2階席は座席がすり鉢状の急勾配になっているお陰で、ちょっと遠目ながらもステージの様子は遮るものなくバッチリ観る事ができます。
 何よりも劣悪な音環境で有名な武道館とは違って、最新の設計&設備の東京国際フォーラムの音環境は素晴らしく、ロック・ミュージックならではの地響きするほどの大音量にも関わらず、ジェフのギターはもちろん、全ての楽器の音が驚く程クリアーに聴き取れて、久しぶりに本物の素晴らしいロックミュージックを心底楽しめました。

 特に、今回のライブでは、テレビで観た1999年のライブの時よりも、スローなギター・バラードが数多く演奏されて、スロー・エアー好みのパイパー森としては大変満足でした。
 会場を埋め尽くすパイパー森よりずっと真面目なジェフ・ベック・フリークの皆さんも、各々がお馴染みのこれらの曲のイントロが流れるだけで盛大に盛り上がり、ジェフの音楽に対する真摯な愛情に溢れた、和やかでとても良い雰囲気でした。
 でも、そのような曲でジェフが聴かせてくれた、東京フォーラムの高い天井の隅々まで響き渡る、鋭くかつ澄み切ったギター・サウンドに、ハイランド・パイプのチャンターの音色を重ねあわせてイメージしていたのは、さすがにピーブロックはロックだと信じている私だけでしょうが…。


 最後に、非常に印象的だったのは、2度目のアンコールの際、1曲目が終わったところで、キーボードを除いた他のメンバーがステージから去り、ジェフがキーボードの静かな伴奏だけを従えて、心に染み入るような深い情感を込めて、スタンダード・ナンバー "Over the Rainbow" を聴かせてくれたことです。このライブの締めくくりとしてジェフが選んだ余りにもカッコ良すぎる演奏でした。

 そして、この演奏はパイパー森に、あの、Boys of the Lough が1984年の初来日公演の際、アンコールでリールを怒濤の様に演奏した最後の最後を、スロー・エアー "For Ireland, I'd Not Tell Her Name" で締めくくった印象的なライブの夜を思い起こさせました。
 私は思わず連れの二人に「これで終わったら余りにもカッコ良すぎるよね。だけど、多分、みんなは満足しないだろうけど…。」と耳打ちしました。

 案の定、心に染み入るギター・バラードを弾き終えて静かにステージを去ったジェフは、聴衆の盛大な拍手に押されるように再びバンドメンバーと一緒にステージに登場、バンド全員でパワフルなロックナンバーを1曲演奏してライブはお開きになりました。


 還暦を超えた今も、30数年前と全く変わらぬロック魂に溢れたジェフ・ベック様のお姿を生で拝見させて頂いたパイパー森は、これからの自分のロック中年〜壮年としての生き様について改めて信念を深めた次第です。

2005/7/12
(火)

朝のまったりタイム

 パイパー森は、この春に職場が変わり、自家用車通勤から電車通勤に変わりました。当然、iPod のアウトプットは車のオーディオに繋げるのではなくて、イヤーフォンにして電車の中で好きな音楽を聴きながら通勤しています。

 メニューとしては、今や639テイク、98時間分!にも膨れ上がって、なおかつ刻々と増え続けるパイパー森のピーブロック・コレクションをランダムに流すことが最も多いのですが、その他にもいくつかのお気に入りプレイリストを作っておいて気分によって使い分けたり、その日の気分で即席プレイリストを作ったりします。

 お気に入りプレイリストでは、最近入手したピーブロックの音源だけをピックアップしたものや、フィル・カニンガムのスロー・エアーだけ22曲を集めた1時間40分余りのものなど、また、ちょっと変わったところでは、レッド・ツェッペリンの超有名ブート "Listen to this Eddie" の中の "No Quarter" 1曲だけってのもあります。これは、この1曲だけで31分あるので、それだけで聴きごたえたっぷりなバージョンなのです。そして、つい最近加わったのがジェフ・ベックの15枚のCD160曲程の中からギター・バラードだけ16曲、約1時間分を抜き出したものです。


 さて、家を出てから職場の最寄りの駅に着くまでの時間は僅か40分程なので、音楽を聴く時間としてこれでは少々物足りなく感じられます。長いプレイリストになると、とても全部は聴き通せません。
 一方、職場の最寄り駅があるのは郊外のごく新しい街なので、駅前には車が全く排除されている広大な駅前広場があって、その広場に面してデパートやらオシャレなお店が立ち並んでいる中にスターバックスや、タリーズといった美味しいコーヒーを飲ませてくれる店があります。そして、当然のようにお店の外にはパラソル付きに野外テーブル席も用意されています。

 パイパー森は気が小さいので職場にはかなり余裕をもって到着するようなタイムスケジュールで通勤していますが、最近は駅に着いても職場には直行せずに駅前のタリーズ・コーヒーに寄り道して、コーヒーを片手に野外テーブル席でまったりとした時間を過ごす快感を覚えてしまいました。
 私とは反対にその駅から首都圏へ通勤する人々が足早に通り過ぎるのを眺めながら、まだまだ聴き足りなりその朝の音楽を聴きつつ、この春初めて誂えた真新しいシニアグラス(へへ…、つまりは老眼鏡)をおもむろに掛けて目を通すのは、最近 CoP から届いた "Little Book of Piping Quotations" という本。この本、ページ数は260ページ程あるのですが、なんせその名のとおり縦横ジャスト10×10cmという超コンパクトな本なので、膝の上で広げて目を通すにはいたって具合がよろしい。

 早い電車に乗れて長く時間が取れる時にはこの「まったりタイム」は30分近くにもなり、「さ〜、バリバリ仕事するぞ〜!」という気分が高まります。
 …っていうのは全くウソで、15分程度ならまだしも30分もまったりしてしまうと心身ともに完璧にリラックスしてしまい「私は誰? ここは何処?」状態になり、職場に向かう事がまるで異次元世界に向かう様なブルーな気分になってしまいます。

 ところで、古今の様々な人々のパイピングに関する名言&迷言を引用したこの本を読む時に適したバックグラウンド・ミュージックというのは実はピーブロックではありません。自分が演奏する音楽であるピーブロックを流しているとついつい聴き込んでしまうので、字面を追いかける際にはあまり適当ではないのです。
 …で、パイパー森はこのような時になんとギンギンのロックを掛けていたりするんですね。まあ、最近は決まってジェフ・ベックの音楽ですが…。


 朝の「まったりタイム」に、目ではパイピングに関する名言&迷言を追いかけながら、頭の中ではギンギンのロックが流れているなんて、いかにもピブロッカー・パイパー森らしい過ごし方だと思いませんか?

2005/7/15
(金)

さらならる高みに…

 いつもの山荘に来ています。
 着いた当日早速、例によって例の場所でパイプを吹きましょう、といそいそと My Dunfion Pipes を抱えて出掛けて行くと…

が〜ん!

 …な、なんと、大きなトラックやらブルドーザーやらコンクリートミキサー車など、沢山の工事車両が入っている。
 広場のど真ん中にはほぼ9割方完成した新たな木造建築が鎮座していて工事関係者があちこちで忙しそうに作業中。
 さらに、広場から奥の林の中に続く小道が拡幅され、大型トラックが乗り入れられる様に分厚い鉄板が延々と敷き詰められているところを見ると、この先でもさらに工事中?

 現場に立てられた看板から察するとどうやら野外教育施設らしい。現場監督らしい人に尋ねてみたけれど要領を得ないので、山荘に戻り看板の表示にあった「蓼科・八ヶ岳国際自然学校」をインターネットで検索してみると、このHPがヒット。

  う〜ん、どうやらこの自然学校の拠点として整備しているらしい。工事の様子からすると、麓のリゾート・マンションが放棄してから15年近く放置されていた ログハウスのコテッジ群もリフォームして使うつもりらしい。一番大きなログ・コテッジに付属している例のウッドデッキも何やら改修作業に取りかかっている 様子。

 …ってな訳で、パイパー森がここ数年、専用の演奏ステージとして勝手に出入りしていた場所はあっけなく、使えなくなってしまったのです。


 仕方が無いので、切り替えの早いパイパー森は国道をさらに上ったある場所を新しい演奏拠点とすることにしました。

 ここは、道沿いに車を止める所が殆ど無いこの国道沿いとしては珍しく十分な駐車スペースがある場所です。
 トレッキングルートの拠点になっているらしく、駐車スペースからは林の奥に向かって小径がつづいていますが、この小径を50m程分け入った林の中に、上手い具合に木立がちょっと開けたスペースがあるのです。
 そこは国道からは少し下る感じになるので、車の視線からは完全に遮られています。周囲は360度見渡す限りカラマツなどの林ですが、木々の間隔はそれほ ど密ではないので閉塞感はなく、樹間や天空に抜けるチャンターの音色を堪能することが出来るので、ハイランド・パイプを演奏するには格好の場所と言えま す。

 ただし、この場所の最大の難点はそこが標高1900mに位置している!ということです。(国道沿いに建てられている標高を示す標識が、ちょうど駐車スペースの入り口に建っているのでそれと分かるのです)
 これまでよりもさらに空気の薄い場所でのピーブロックの演奏。身体が慣れるまでには少々時間が掛かりそうですね。


 古(いにしえ)のケルト民族がたどったのと同様に、少数民族たるパイパーが僻地へ僻地へと追いやられるのは世の常なり。
 しかし、ハイランダー (Highlander) たる者、たとえどんな迫害に会おうとも、決して挫けることなく、その名に恥じぬよう高地で生き延び、ハイランド文化の粋であるピーブロックの伝統をただただ守るのであ〜る。

2005/7/22
(金)

ピーブロック・ソサエティー100周年

 山荘で日々、今回は読み物がてんこ盛りの中、とりあえず取り掛かったのは、ピブロック・ソサエティーの年報でした。
 最初に手にした2003年版は、この年がピブロック・ソサエティー設立100周年に当たるからか、選りすぐりで非常に中身の濃い講演内容なので非常に楽しめました。

 最初は、Kilberry Book of Ceol Mor の編集者である、Archbald Campbell of Kilberry に関する講演。レクチャラーは Dugald MacNeillAndrew Wright
 Archbald Campbell の 人となりが、Kilberry 家の家系図から始まって、1881年の国勢調査までを引用しながら、克明に解説されています。このレポートからは、この人個人のことだけでなく、当時のイ ギリスに於ける地方地主層の暮らしぶりについてもありありと目に浮かんでくるようになりました。

 そして、続いてあの Roderick Cannon が膨大な時間を費やして研究・分析した General Thomason の編纂した楽譜集 "Ceol Mor" に関する講演。
 300曲近いピーブロックを収めたこの "Ceol Mor" は、1900年に初版が出版され、それが契機となって丁度100年前の1903年にピブロック・ソサエティーが設立され、また、この楽譜集が現在のソサエティー・ブックのベースとなったことから、ソサエティーにとっては大変意義ある楽譜集なのです。
 どうやら、Cannon のこの研究は初めからソサエティー100周年を記念した事業と位置づけられていたようで、ソサエティーのサイトの独立したページにそのままアップされています。興味のある方はどうぞ…。


 さて、この2つの大作レポ−トを読み終えた後、手にしたのは現在の最新の2004年版。ところが、この年もまた、なかなか興味深い講演が盛りだくさんでした。

 中でも特に掛け値なしに目から鱗状態だったのは、セッション3の "The Bells of Perth" に関する講演でした。このピーブロックは Perth の St. John the Baptist 教会の「Bells=鐘」を聞いたパイパーが、その鐘の音からインスパイアーされて作曲したと言われています。作者は Patrick Og MacCrimmon の直弟子であった John MacIntyre とされています。

 ここで言うところの「Bells=鐘」というのは、単なる単音の鐘ではなくて、Carillon (カリヨン)の事。カリヨンというものがどんなものかをご存知無い方は、このサイトをご参照ください。
 つまりは、大きさ=音程の異なる鐘を使って音階を作り、音楽を奏でる装置です。伝統的な教会のカリヨンの場合は、演奏者は鐘を収めた棟の中の演奏室に設えられた鍵盤のようなもので各々の鐘から音を叩き出します。
 私はたまたま半年程前にNHKのBS番組でロシアのとあるカリヨン奏者の事を取り上げた番組を見ていたので、直ぐにそれと理解出来ました。

 そして、今回の講演は、なんとまさに当のSt. John the Baptist 教会の Carillon 奏者(Carillonneur という)による講演なのです。
 そして、その中身がまた面白い。カリヨンの鐘バグパイプの相違点(少ない)、類似点(結構多い)の説明から始まって、カリヨンでピーブロックを演奏する(!)上での具体的なアレンジと演奏の工夫(ドローンの表現など)まで、詳細な楽譜付きで解説されているのです。
 また、この年報には収録しきれていませんが、当日は膨大なスライドで世界各地のカリヨンや、教会などのただの鐘などについても紹介されています。


 う〜ん、なんとも盛りだくさんな2003年版、2004年版の2冊のピブロック・ソサエティーの年報で、「パイプのかおり」をネタが少なくとも3回分できました。ただ、後は文章にするのみ。あ〜、これが大変なのだ。

2005/9/3
(土)

電車通勤のメリット

 以前にも書きましたが、パイパー森はこの春から電車通勤に変わりました。
 自宅から乗車駅、そして下車駅から職場までの徒歩を含めてトータルの通勤時間は急行を選んで最短で行けばおよそ45分程度ですが、なにも急ぐこともない し、また、普通の人とは逆方向の通勤ルートなので急行さえ選ばなければ座れるという利点を活かして、ゆっくりと一時間近く掛けて通っています。


  電車で座って通勤することの良いところは、目をつむって音楽に没頭できるということです。対して、以前の車通勤では往復とも30分程度であっという間でし たし、振り返って考えてみると当然ですが、運転中というのは音楽を聴いていても電車のようには没頭してはいませんでした。
 車の運転中はその時の気分はどうしても外の景色に影響を受けざるをえないので、例えば日がさんさんと差す猛暑の夏などは、車の中じゃどんなに冷房を効か せていたとしても「気分はスコットランド…」と言う訳にはいきませんが、電車なら椅子に座って一旦目をつむってしまえば後は何処へでもトリップできてしま うというのがなによりもメリットです。

 そのようにして、毎日必ずきっちりと2時間は(時には昼休みにさらに1時間)iPod のシャッフル機能を活かして、次から次へと様々なピーブロックを聴き続け、どっぷりとピーブロック漬けで通勤する毎日です。

  1曲づつのコレクションを並べたジャンルだけでも100を超す曲が様々なパイパーの演奏で200テイク以上、のべ録音時間にして40時間以上入っていて、 さらに Masters や Donald MacLeod のシリーズ等を含めると概ね100時間に手が届こうというコレクションですから、ピーブロックだけを次から次へと聴いていてもまるで飽きる事はありませ ん。


 もう一つ、パイパー森が車通勤をしていたのは6年 間でその前は電車通勤でしたので、今と同様に電車でピーブロックを聴きながら通勤していた訳ですが、振り返ってみると、この間の携帯型プレイヤーに関する 進化の大きさと、それによって音楽の楽しみ方が大きく変わったことを実感します。
 つまり、その当時は、カセットテープのウォークマンを使って、90分テープにLPレコードやカセットの音源から同じ曲を並べて編集ダビングしたものの中 から、その日の気分によって適当なテープを選んで聴いていた訳ですが、ピーブロックは90分テープには多くても6曲程しか入らないので、カセットを選ぶ時 点でその日に聴く曲が決まってしまうという、なんというか意外な出会いという新鮮さは求めることはできませんでした。
 それに対して、コレクション全部を収めてしまうような iPod のシャッフル機能に選曲を委ねて音楽を楽しむというのは、毎回「次に何が出てくるか?」というトキメキがあって、いつも新鮮な気持ちで音楽に接する事ができることがなんとも楽しいのです。

2005/11/3
(木)

クリーム再結成

 今年5月に行なわれたクリームのリユニオン・ライブのDVDがリリースされました。
 何とも感涙モノの映像です。


 しかし、当初このリユニオン・コンサートの企画が知らされた時、私も含めて決して少なくない数の人が、複雑な思いを抱いたと思います。
 つまり、クラプトンはまあ別としても、後の2人の名前は最近とんと耳にすることもなかった訳ですから、殆どリタイア同然だったはずのそんな2人を含めて、全員60才以上の3人のための「年金ライブ」なんかに、何の意味があるのか?
 また、このところ完全にレイドバックした音楽しか演奏していないようなクラプトンが、最盛期のクリームの曲を演奏して一体全体どんな事になるんじゃろ? 大体演奏できるんだろか?


 ところがどうでしょう。今回のライブ映像に映し出された彼等3人の勇姿からは、37年前のロイヤル・アルバート・ホールでの解散コンサートにも勝るとも劣らない感動が得られました。

 もちろん、それは37年前の演奏のように「一体どこまで暴走して行ってしまうのだろう?」と思わせるような緊張感溢れるものでは無いかもしれません。
 また、エリック・クラプトンがインタビューで「皆の体力面が心配だった。」と述べていたとおり、一時の肥満体がその後の病気ですっかり痩せてしまってい たジャック・ブルースは、自分がボーカルをとらない幾つかの曲では、ハイチェアに腰を預けて演奏していました。

 でも、確か65才にはなっているはずのジンジャー・ベイカーは、往年とまるで変わらないパワフルかつ彼独特の音色のドラミングを聴かせてくれるし、クラプトンは汗びしょになりながら、当時と変わらない流麗かつ味わい深いソロを聴かせてくれます。
 確かにジャック・ブルースは往年の彼がしたように、まるで「喧嘩を仕掛けているのか?」と思わせる様な多彩なベースラインを繰り出すといったように強引 さはありませんが、十分にクリエイティブな演奏を繰り広げてくれます。そして、なによりびっくりさせられたのは、あの艶のあるパワフルなヴォーカルが想像 以上に衰えていないということです。
 つまり、いじわるな言い方をすれば、この37年間で格段に上達したクラプトンのヴォーカルと相まって、リユニオン・クリームのヴォーカル・パワーは当時を上回っているとも言えるのです。

 そして、ジャック・ブルースに関してもう一つ印象的だった点は、彼が椅子を使わずにベースを弾きながら歌う時の姿勢の良さです。
 マイクスタンドの前で両足を踏んばってすっと背筋を伸ばしてベースを抱えたその姿勢は、まるで(姿勢の良い)ハイランド・パイパーのそれを思わせるもので、やはりパワフルなヴォーカルはあの良い姿勢だからこそ生み出されるのだな〜、と感心させられました。


 でも、そんなことよりも何よりもこのクリームのリユニオンの大きな意義は、解散から37年も経過した後にメンバー3人が健全で実際にリユニオンが可能だったという単純な事実なのです。
 クラプトンもインタビューでしみじみと語っている様に、ビートルズやレッド・ツェペリンの例を出すまでもなく、他の多くの著名なバンドでは、既にメン バーの誰かしらが死んでしまっていて、いくらリユニオンしたくても、それは到底かなわぬ夢であるケースが殆どなのですから…。

 そして、その意味するところを一番良く分かっているのは、当日のコンサートに集まった往年のファンたちであり、それは映像に映し出される、ステージ上の3人の演奏を満足げに見つめる彼等の笑顔に見事に現れています。

  当時、モノラルラジオにかじりついて聴いてた往年の名曲の数々を、現代のハイテクによる素晴らしく鮮明な映像&音響で再現されたライブ映像を堪能できると いう満足感だけでなく、ステージ上の3人とそれを見つめる大勢の観客たちに共通している、会場全体に充満する幸福感が画面から溢れ出て来て、見る度にほの ぼのとした気分になれる素晴らしいDVDです。


 大げさではなく、身近な同世代の人々が次々と逝ってしまうようなこの歳になると、「生きていること」の有り難さを実感することが出来るだけで、無上の幸せを感じるものなのです。

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