ハイランド・パイプに関するお話「パイプのかおり」

第2話(2001/5&2006/9)

Anders Fagerstorm さんの TECHOCHANTER

 前回紹介したハイランド・パイプのプラクティスチャンターは、確かに本物のパイプに比べたら音量はかなり小さいものではありますが、それでも家族が一緒にくつろいでいるリビングのソファーで練習するなんていうのは、ちょっとはばかられるように代物なんですね。
 これは音量の問題というよりも、よく言われるように「ガチョウを首を絞めているような」と形容されるバグパイプ独特の音色の問題の方が大きな要素だと思います。同じ音量だとしてもホウィッスルやリコーダーだったらそんなに問題にならないと思うのです。
 そんな訳で、たとえプラクティスチャンターと言えども家族持ちのパイパーってのは常に肩身の狭い思いをしながらこそこそと練習するしかないのが現実なのです。

 この辺の事情はここ数年の間に次々と登場してきたサイレント・ピアノ、サイレント・バイオリン、サイレント・ドラムなど(はては確かサイレント・トランペットなんてものも出ていたと思いますが)、いわゆるサイレント系の楽器の需要がそれなりにあるということからみても、家族持ちの中高年が、バグパイプに限らず練習中の聞き苦しい音に気を使わなくてはならないような楽器を手にしようとする場合に、大なり小なり避けて通れない道なのかもしれません。
 ですから、パイパーにとっても同様なツールが誕生してもちっとも不思議ではありません。つまり、サイレント・パイプです。といっても、本物のバグパイプをサイレントにしたら何が面白いのか分らなくなってしまうので、バグパイプの場合はサイレントにするのはプラクティスチャンターの方です。

 実は、バグパイプの世界でこのようなサイレント・パイプが出てきたのは、先ほど例を出したヤマハの各種サイレント楽器などよりもよほど早い時期で、私がそのような物に最初に手を出したのは1993年のことです。その時のてん末は1993年9月の Canntaireachd Vol.10 に詳しく書いてあります。

 さて、この文章を書いてからかなりの年数が経ちますし、ここ数年のパイピングタイムスにはこのDavid Naillのエレクトロニック・パイプの宣伝は掲載されていないので、もう作らなくなっているのかと思ったのですが、ホームページを覗いてみたらまだちゃんと有りました。写真からみると細部のデザインは少々変っているようですが、基本的な成り立ちは全く変ってないようです。


 このエレクトロニックパイプの唯一の欠点はその大きさにあります。そこでも書いたように、確かに味わいのあるデザインではあるのですが、41cm×20cm×7cmというサイズはとてもハンディであるとは言えません。サイトで見る限りでは最新のタイプは少し改良されているようですが、私の持っている初期のものは、ケースとチャンター部分を繋ぐコード(各々の電極に繋がっている10本程の細いコードを束ねている)がえらく太い上にあまり長くないもんだから、練習するときにはケースを自分のすぐ右側に置くスペースを確保する必要があり、練習する場所が制約を受けるんです。

 そんな折、インターネットでバグパイプ関係のサイトをサーフィンしていると、これ以外にもいくつかのエレクトロニック・パイプなるものが出ているのに気がつきましたが、どれも、David Naill の物よりはコンパクトだけど、なんとも不格好で、いかにも「機能が優れていれば良いんだ。」と言わんばかりの無骨なデザイン。

 そんな中、究極のハンディさと見事なデザインで登場したのがこの“TECHNOCHANTER”
 ねっ、スゴイでしょう。そう、カッコ付け屋&バグパイプ原理主義者の皮をかぶったハイテク信奉者たるパイパー森としては、もう完全に一目惚れですよ。

  なんと、このテクノ・チャンターは僅か直径16mm×長さ225mmのアクリルパイプの中に、David Naillのエレクトロニックパイプが持っている機能の殆ど全てを(スモールパイプサウンドとドローンノートを除く)封じ込めてしまったのです。CPU の乗った基盤の美しいこと…。

 当初はどこのディストリビューターでも扱ってなかったので、パイパー森は居てもたってもいられずに、スウェーデン人である制作者の Anders Fagerstrom さんあてに直接メール書きました。そして、値段や送金方法などを何回かのメールでやりとりしていたのですが、何通目かのメールで突然、見慣れないアルファベットが並んだ次のようなメールが来ました。えっ、もしかしてスウェーデン語? 

Konnichiwa, Mori-san!
P.O. wa ii desu yo.
Arigatoo gozaimasu.
Mata ato.
Anders.
PS. Sukoshi Nihon-go no benkyoo o shimashita,
demo amari jozu dewa arimasen. San-nen mae
benkyoo shimashita kara, zembu (almost everything)
wasuremashita. zannen desu.....

 そうなんですよ、これローマ字で書いた日本語なんです。読んでもらえば分るとおり、彼、3年前に日本語をちょっとだけ習ったのでそれを一生懸命使ったという訳なんだな。
だから私も彼の日本語の勉強のために次のような返事を書きました。

Konnichiwa, Anders-san
Totemo jozu na Nihongo no E-mail arigatou gozaimasita.
Sweden no hito kara nihonngo no mail wo moratta node totemo bikkuri(!) sinasuta.
Kyou yubinnkyoku (post office) kara P.O.wo okurimasita.
Sweden niwa US$ no P.O. wa okurukoto ga dekinakatta node, $245 wo Sweden Krone ni kansan(convert)site, SEK2100 wo soukin simasita. Mosi tarinakattara osietekudasai.
P.O. ga tuitara clear body no E.P.C. wo okutte kudasai.
Dewa yorosiku onegai simasu

 いや〜、なんか手許にこの優れもののテクノ・チャンターが届くまでだけでもなんかとても楽しかったですね。ローマ字でメール送るのも初めてだったし、スウェーデンクローネでの送金も経験できたし。

 でも、もしあなたが彼とローマ字の日本語でやりとりしたいんじゃなくて、ただ単にこのエレクトロニック・パイプを購入したいだけだったら、わざわざスウェーデンクローネを送金して制作者から直接買うよりも、最近ではカレッジ・オブ・パイピングやパイピング・センターのオンラインショップを始めとして、殆どのディストリビューターで扱うようになったので、カード決済でどこからでも簡単に入手できます。

 このテクノ・チャンター、私が購入した時はまだハイランド・パイプバージョンだけでしたが、その後スウェディッシュバージョンやアストゥーリアス(スパニッシュ)バージョンなんてものもできているようですので、そちらの音楽に興味のある方にもお薦めですね。サイトではサンプルサウンドも聴けるので聴いてみて下さい。


 さて、そんなこんなで手に入れたこのテクノ・チャンターはそれはもうホントに優れものでした。
 まずは、なんていったって、ホウィッスルの手軽さでハイランド・パイプの練習ができるというそのハンディさがなにより。
 たしかに David Naill のエレクトロニックパイプのように本物のプラクティスチャンターのような円錐形をしているわけではなくて単なる丸い寸胴の筒ですし、指穴の代わりをする電気接点は David Naill のものがニッケル製でちゃんと丸くゆるやかな山形に成形されたものであるのに対して、こちらは単なる小さなマイナスネジでしかないのですが、慣れてしまえばなんの不都合も感じません。ただ、ネジの溝の向きによっては少々指が擦れるような気がしますが…。
 バッテリーはコンビニでも売っているゲーム用のボタン型電池たったの3個。これでおよそ50時間は演奏できます。

 サイトのオーバービューの画像で気がつかれたかもしれませんが(回転している写真はポインターを当ててクリックすると回転が止まるはずです。マックの場合はアップルキー+クリックで。)実はテクノ・チャンターの本体には機械的なスィッチは付いていません。音量やピッチは指穴と同じ形の電気接点式タッチスィッチで調整します。さらに David Naill のパイプにはない機能として、湿度によって変化する指と電気的接点との感受性までもこのたった2つのタッチスィッチを組み合わせて調整することができるのです。

 電源のオン&オフは、Eノートのフィンガリングをするとオン、パイプから指を離すと少しのディレイタイムの後にオフって具合。嬉しくなっちゃう程に名前に恥じないハイテク・プラクティスチャンターなんです。
 宣伝文句として「バスや電車の中でも練習できる!」って書いてあります。でも、それって考え様によってはすごく無気味だよね。電車の中でイヤーフォンをしている風景ってのはごくあたりまえだけど、イヤーフォンの先を見ると、なにやら中に電子機器の基盤が見える透明なプラスティック・パイプを握って一生懸命指を動かしているなんて…。


【追記】

 革新的なエレクトロニック・チャンター“the TECHNOCHANTER”の発売から7年後の2006年夏、Anders Fagerstorm さんはテクノチャンターをさらに機能強化した“the technopipes”(テクノパイプス)を世に出しました。使用する電池がボタン型電池3個から単4型電池1個に変わったため、24mm程長くなった他は全く同じサイズの中に、最新の CPU を搭載して、新たに次の機能が追加されています。

* Authentic highland bagpipes and smallpipes sound.
* Drones sound with optional E or D drone.
* Built-in metronome.
* Recording capabilities, with variable playback speed.
* MIDI output (cable included).

 つまり、David Naill と同じくスモール・パイプの音色やドローン・ノート(Aだけでなく、EとDも、さらにそれらの組み合わせも出せる。)など、バグパイプの機能を全て表現できるようになったということで、名称もテクノチャンターではなくて、テクノパイプスとされたようです。
 さらに、メトロノーム機能や自分の演奏を録音する機能、そして、専用のパッケージには MIDI 用のケーブルまで入っていて MIDI 機器との接続も可能になっているのです。録音は500音までですが、右チャンネルから再生される音(再生スピードも可変)に合わせて、左チャンネルで演奏(合奏)することも可能というスグレものです。

 ここでも書いているように、私がお気に入りのピーブロックの微妙なニュアンスを会得する方法は、片方の耳でMP3プレイヤーに入っている一流のパイパーの見習うべき音源の演奏を聴きながら、反対の耳にエレクトロニック・チャンターのイヤーフォンを突っ込み、ユニゾンでその演奏をなぞるという方法ですが、今回、そのエレクトロニック・チャンターがテクノパイプスにバージョン・アップしてドローン・ノートが鳴らせる様になったので、この練習がより一層楽しくなりました。
 優れもののテクノパイプスではなんとドローンとチャンターのボリュームは別々に調整できるので、タッチスィッチを微妙に調整して音源の周波数とテクノパイプスのそれとをドンピシャにチューニングし、練習の邪魔にならない程度に思いっきりドローンのボリュームを大きくした状態で演奏すると、頭の中には「ヴォ〜、ヴォ〜」と、ドローンノートが充満して、まるで本物のパイプを演奏しているときのようなドローンまみれの状態にトランスできます。
 これは効きますよ〜!

 今のところ、このテクノパイプスはテクノチャンターのバージョンアップ版としてではなくて、別の製品として売り出していて、テクノチャンターもまだ販売は続けている様ですが、僅かな値段の違いを除けば格段に強化された機能を備えた製品ですので、実質的にテクノチャンターに取って替わるのは時間の問題だと思われます。


【付録】
 これは“いなかのパイパー”さん所蔵の世にも珍しいハンガリーのバグパイプ“DUDA”と、それ専用のエレクトロニック・プラクティス・チャンターです。  

 「ハンガリーのパイパー兼電子工学の専門家作成によるもので、大きさは15x10x5cm位の金属ボックスで、電源は単三電池6本。そこにヘッドホーンと本物そっくりで大きさも本物と同じ木製チャンター(勿論内部は電子機器で一杯)をつないで使います。バスドローンとテナードローンの音だけでなく、チャンターのビブラートまで再現できるのにはたまげました。」
 
また、本物の“DUDA”については「チャンターストックの山羊の彫刻は、予想以上に大きく重たいですが、音も結構大きいです。頑張ってブローしないとチャンターの音がドローンにかき消されそうです。しかし全体の音のハーモニーはとても気にいっています。デザインも山羊の毛がふさふさで、東欧の牧場が見えてきそう…。でも、動物が好きな方が見たら、エグく悪趣味に思われるかもしれないのが、ちょっと心配です。」とのこと。

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