ハイランド・パイプに関するお話「パイプのかおり」

第7話(2002/8

木製パイプケースの話

 今回は、ハイランド・パイプを収納するトラディショナルな木製パイプケースの話しです。
 このエッセイの第1話で、木製のプラクティスチャンター・ケースご紹介しましたが、あれは、たまたまあそこで紹介した2本のプラクティス・チャンターを一緒に納めるために私が勝手に作った御愛嬌ものでして、本来、プラクティスチャンター・ケースなんちゅうもんは本場では使われている訳ではありません。

 しかし、パイプ自体については、なんといっても木製のケースが一番伝統的なスタイルです。そのことについては、 Canntaireachd No.14 (1995年)でも触れています。…が、さらに言えば、そこで挿し絵として使わせてもらったフレッド・モリソンのCDジャケット写真に写っているような、断面がほぼ正方形に近い直方体をしたものがもっともオーセンティックなスタイルです。

 とは言っても、私が自分のパイプを手に入れた20数年前は、バグパイプを入手する際にケースも一緒に輸入するということはあまりしなかったので、当時の東京パイピング・ソサエティのメンバーたちはバグパイプのケースとして、アルトサックスのケースを流用するのが一般的でした。
 当然、私もそのようにしていたのですが、ある時、山根先生が製作されたトラディショナルなスタイルの木製ケースを見せられてから、どうしてもそのケースが欲しくなり、無理を言って先生の作られたものを一つ譲ってもらいました。(本来の姿ではないアルトサックスのケースはさっさと他のメンバーに譲ってしまいました。)

 それ以来、20年以上もそのケースを愛用していたのですが、実は断面が真四角に近いトラディショナルなケースってのは、つまりは幅(というか奥行きというか)がかさばるので、混んだ電車などで移動するときには、甚だ具合が悪いんです。
 でも、まあ最近では車を使う時以外は Canntaireachd No.14 に書いた“PipersPac”を使うのでそれ程困ることもなく、それはそれで大変便利で重宝しているのですが、でも、やはり心の中ではどこかに、やはり「ハイランド・パイプってものは本来はトラディショナルな木製ケースに入っているべきである。」という意識は消えません。

 一方、インターネットであちこちのバグパイプ関係のディストリビューターのサイトで、バグパイプ・ハードケースのリストを眺めてみると、やはり伝統的な直方体に近い木製パイプケースなんてものは全く見かけることが無く、どちらかというと、より平べったい形をしていて、素材もアルミのものが主流です。
 余談ですが、最近ではソフトケースもいろいろと出てきています。でも、機能性はともかく、デザイン的には今の所“PipersPac”を凌ぐものは出て来て無いですね。

 う〜ん、そこで、あのプラクティス・チャンターケース作りで自信をつけてしまったパイパー森は、この際、より機能的でかつ伝統的な木製ケースを製作することにしました。
 実は、この際あらためて木製ケースを作ろうとしたのには、もう一つ理由があります。
 それは、それまで愛用してきた山根先生作の木製ケースの唯一の欠点といえるのが、使われている木材がラワンだということなのです。
 ご存じのとおり、南洋材であるラワンはいわゆる《木目》が無いんですよね。確かに、今から2〜30年前というのは建築用材、あるいは日曜大工の材料としてもラワンが大いに重宝されていた時期だったので、山根先生が当時そのケースを製作するのにラワンを使ったのはしごく当然の成り行きだと思います。でも、やはり20年以上使い込んでもラワンっていう木は特に色付くでも無し、なんというか《味わい》が出てこない。第一、木製なのに《木目》が無いっていうのは考えてみればやはりちょっとつまらないですよね。


 そんな訳で、例によってパイパー森御用達の東急ハンズ新宿店で材料を調達して作ったのが次のケースって訳です。(写真は全て大きくなります)

 木材売り場で適当な材木を物色した結果、丁度良い雰囲気の色にステイン着色済みの厚さ14mmの檜の集成材を見つけました。

 木目もよく出てるし、色合いもまさに好み通りの渋さなので、仕上げの塗装などはせずに、オイルで磨きあげるのみにしています。渋い雰囲気で、これから使い込めばますます、良い色に色付いて来るでしょう。
 外寸は61cm×27cm×12cm(内寸:おおむね58cm×24cm×9cm)

 

 そして、蓋を開けると….
 通常、チャンターだけは、タータン柄のウール生地で作った袋に入れています。(これはオマケ写真)

 パイプを取り出したところ。
 ケースの底にはツールケース、リードケース、バグパイプ・チューナー、リード調整用リーマー、コルクグリス、ストック内側清掃用のツール(木管楽器用のもの)などが、きっちりと収まるようになっています。

  ツール類のクローズアップです。

 バグパイプ・チューナーも通常はチャンターと同じタータン柄の袋に入れています。
 リードの堅さを調整するときにリードのステイプルの内側からグリグリやるためのリーマーは、市販のドライバーの先を自分で加工したもの。通常は、ツールケースとチューナーの間に取り付けたウレタンの側面の穴に突っ込んでおきます。
 コルクグリスはそのウレタンに丁度収まるような凹みを作ってそこに嵌め込んでおきます。
 リードケースの一番右側のコンパートメントに入っているのが例のシンセティク・リード。ちょっと見にくいけど、赤い丸印しがついているのが“ミディアム”、もう一つが黄色の丸印しがついている“ソフト”。

 

 ウレタン製のホルダー部分のクローズアップです。
 プラクティス・チャンターケースと同様に20mm厚のウレタンを切り抜いて、ドローンパイプやチャンターがすっぽりと収まるようにしてあります。
 下側の凹みと蓋につけた押さえ用のウレタンで、パイプ類を挟み、それぞれがケースの中で暴れないようになっています。ルクグリのケース用の凹み、リーマーを突っ込む穴も分かるとおもいます。ちなみにコルクグリスはヤマハ製。

 上の写真は、例の掃除用ツールの収まる凹み。

      

 ツールケースの中身の説明をしましょう。

 左から2番目は折り畳み式ミニプライヤー。リードがどうしても堅すぎるときに、リードの腹の部分を挟んでほんの少しだけつぶし加減にします。
 一番左の革の切れ端は、その時にリード本体を保護するために使います。

 その右の黄色いの筒状のものはワックスド・ヘンプ(ロウ引き麻紐)です。ヘンプにはワックスされていないものもありますが、殆どの場合、このワックスト・ヘンプを使います。
 見た目は全く同じですが、私の使っているのは天然のビーズ・ワックスを使ったもので、ほのかな蜂蜜の香りがするので使い心地が良いだけでなく、一般的なワックスト・ヘンプよりも耐水性が強く、確実に長もちします。
 リードの微妙なチューニングのためにチャンターへの取り付け位置を微調整する時に、リードのヘンプを僅かに増減するなど、演奏の際には最も欠かせないものです。

 また、パイプのジョイント部分は全てこのヘンプが巻かれているので、気候の変化や演奏頻度によるヘンプの湿り具合によって、スライドがゆるくなったりきつくなったりした場合には、このヘンプを巻き足したり減らしたりすることによって微調整します。1
 特にドローン・パイプはパイプを鳴らしながらスライド部分を片手で動かしてチューニングするのでタイト過ぎず、かつ演奏中に勝手にずれたりしてチューニングが狂わないようにルーズ過ぎず、丁度良い具合に調整する必要があり、ヘンプの巻き具合には最も気を使うところです。

 一時(といっても、もう20年も前ですが)、ヘンプの代わりにナイロン製のデンタルフロスを使うことが流行りましたが(もちろん、バグパイプ原理主義者の私はそんな流行には乗りませんでした。)、その後、デンタルフロスはフロス自体が磨耗することが無いので、スライドさせ続けているうちに反対側の木質部(パイプの内側)を削ってしまうということが分かり、それ以後は使われなくなっています。

 以前、イリアン・パイパーの原口さんがやはりパイプのジョイント部分にデンタルフロスを使っていることに気がついたので、その事を教えてあげたところ、「いや、これは大丈夫なんです。」と、パイプを抜いて、その内面に金属製のライナーがはめ込まれていることを見せてくれました。う〜ん、納得。

 ヘンプの右側はお馴染みスイス・アーミーナイフの(ナイフ、ハサミ、ヤスリだけの)一番小さいやつ。ヘンプを切るのに特にハサミが重宝します。

 その右側はシリコンゴム製の栓2つ。ドローンだけを鳴らして調子を見る時などにチャンターストックにはめて使います。写真では全く判別つきませんが、一つには何故か水道管工事用のシリコンテープが巻き付けてあります。実はこれは、ワイジェント・シンセ・ドローン(Wygent“SYNTHE-DRONE”)のスクリュー部分のゆるみ止めのために使います。

 一番下でうねっているのは、バッグにパイプを結わいつけるためのロウ引きされた極太ヘンプ。あるとき、某ディストリビューターから「パイプ結わえ付け用の紐」というのを取り寄せたら、なんとナイロンテープだったのでびっくりしました。この極太ヘンプに比べたら1/3程の太さしかなく、また、ナイロンテープならではのデリカシーの無い白色(フルコンテープとか呼ばれている荷物を結わえるやつと同じ)だったりして、がっかりでした。

 私はバッグにはカバーを付けていないので、当然ですがバッグにパイプを結わえている紐も見えてしまうので、それなりにこだわる必要があります。第一、エルクハイドのバッグにナイロンテープなんて許せませんよね。
 それで、真剣にあちこちのサイトを巡って、とうとうこのようなトラディショナルタイプの極太ヘンプを入手することができました。でも、何故ツールケースに常備しているかと言うと、一度、演奏中に紐の結び目が何かの拍子に弛んできたことがあるのです。で、それ以来、万が一のために常備しています。ま、おまじないみたいなものですが。


 この際、ついでに David Naill 製のチャンターなどもクローズアップでお見せしましょう。

 上がプラスティック、下がウッドです。当然ですが艶が違います。でも、プラスティックのチャンターも、なかなか良い味わいでしょう。

 右側に見えているアクリル製のリードキャップはもう25年程使っているけど、全くくもったりしない山根先生作による優れもの。海外のどんなパイパーも持って無い…。

 一番下に見えているのは、これまた優れもののユニバーサル・ジョイント付きの「曲がるブロー・パイプ」。演奏しているカッコはあんまり良いとは言えないけど、このお陰で演奏は随分楽になりました。こんなブローパイプが工夫される以前は、疲れてきて口が閉まり切らなくなった頃には、なんとかして口から逃げていこうとするブローパイプを押さえ込むだけでも大変でした。


 今回、こうしてパイプケースのことを書いてきて思ったのは、ハイランド・パイプってのは原始的な楽器だけあって扱うのがとても楽しい。そして、楽器の構造から言って、ケースにもこのように様々な工夫ができるってのもこれまた楽しい。
 これが、メロディオンだったら箱はもっと真面目な箱じゃなければならないだろうし、ギターやフィドルなんかだったら、複雑なホルダーを自作するなんて難しすぎるだろうしね。

 う〜ん、何と言ってもハイランド・パイプは楽しいよ〜。

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