ハイランド・パイプに関するお話「パイプのかおり」

第9話(2002/11

Lament for Alan, My Son

 ピーブロックのテーマというのは、ここにも書いたように、最も多いのが Lament(ラメント)つまりは愛する人の死を嘆いた鎮魂曲です。
 とは言っても、実際にはそれらの多くはクランのチーフテンやその親族などの死に際して、そのクランのお抱えパイパーが、いわば《仕事》としてそのシチュエーションに相応しいピーブロックを作曲したものですから、その曲に必ずしも作曲者自身の本当の嘆きの心情が込められているかどうかは別問題です。

 しかし、そのような中で、明らかにその作者の本当の嘆きの心情が込められている、つまり「本当の意味でのラメント」も有る訳です。そして、やはり真のマスターピースとされる曲の中にはそのような曲が目立ちます。

 “MacCrimmon of tragic legend”として有名な「わずか一年の間に8人の子どもの内の7人までを次々と病気で亡くす」という悲劇に見舞われたパトリック・モア・マクリモンの作になる“Lament for the Children ”しかり、師匠であるパトリック・オグ・マクリモン死去の知らせを受けたイアイン・ダル・マッカイの作になるLament for Patrick Og MacCrinmmon”しかりです。
 これらのピーブロックには、真の深い悲しみが人にもたらす人為を超えた何かを感じない訳にはいきません。

 
そして、この“Lament for Alan, My Son”という曲もまた、これらの名曲と同様に(そのタイトルから推し量ることができる様に)作者自身の悲しみが込められた印象的なラメントの一つです。


 作者はダンカン・ジョンストンDuncan Johnstone/1925〜1999)。ドナルド・マクロードと同世代に活躍した20世紀の後半を代表する著名なパイパーです。つまり、この曲はいわゆるマクリモン・チューンでも、あるいはその後の18世紀に作られたクラッシックでもなく、いうなればコンテポラリーなピーブロックなのです。
 ダンカン・ジョンストンはこの他にも生涯に数十曲のライト・チューンを作曲していますが、中でもトラッド・ファンにとっては Whistlebinkies を始めとする多くのトラッドグループがレパートリーに取り上げている、あの心に染み入るような偉大な名曲“Farewell to Nigg”の作者として馴染み深いのではないでしょうか。

 私がこの曲に出会ったのは1982年にリリースされた“Duncan in Dunfermline”という彼のソロアルバム(カセット)です。初めて聴いた時から本当に心に残る悲しげなメロディーが印象的な曲でした。それから程なくしてリリースされた“Controversy of Pipers”(Temple/1983年)という数人のパイパーによるコンピレーションアルバムの中でも、 ロバート・ウォーレスが取り上げて演奏しています。

 一般的にピーブロックのタイトルは、Lament for the ChildrenLament for My Children ではないように、あるいは Lament for Patrick Og MacCrimmonLament for Patrick Og , My Master とはならないように、タイトル自体に直接的に心情を表すようなことはしません。いくらプライベートな感情を込めた曲でも、あくまでも3人称的なタイトルを付けるのが普通です。ですから、一般的にはこの曲も Lament for Alan Johnstone と名付けるところでしょうが、そこをあえてこのようなタイトルとして、最愛の息子を失った癒しがたい嘆きの気持ちを赤裸々に表した作者ダンカン・ジョンストンの想いが印象的でした。


 さて、私はこのピーブロックと最初に出会って以来、長い間この曲の楽譜を探し求めていました。ピーブロック・ソサエティー・ブック全15巻やキルバリー・ブック等、いわゆるクラシックな曲を納めた楽譜集にこのようなコンテンポラリーなピーブロックが収録されてないのは当然です。でも、ある時カレッジ・オブ・パイピングのリストの中に“Collection of Ceol Mor - Composed during the Twentieth Century 1930〜1980)”という楽譜集を見つけた時には「やった〜!」と思ったのですが、手に入れてみたら結局その中にも納められていませんでした。

 さらに、数年前には1990年に開催された新作ピーブロックのコンペティションで上位に入った11曲を納めた“The Glenfiddich Collection of Ceol Mor”という楽譜集が出たのですが、やはりその中にも入っていませんでした。

 仕方が無いので、ある時カレッジ・オブ・パイピングになにやかや注文を出すついでに「“Lament for Alan, My Son”楽譜がどこかで手に入らないか?」という問い合わせをしましたが、その問いへの回答もないままに時が過ぎ、最近では半分諦めていました。


 ところが、最近になって嬉しいニュースが入りました。彼の末息子ニール・ジョンストンの尽力により、3年前に亡くなったダンカン・ジョンストンの作品集がまとめてリリースされる事になったのです。それも、ハイランド・パイプの楽譜集“Duncan Johnstone, His Complete Compositions”と併せて“Mostly Duncan Johnstone, Pipe Music for the Cello”“Mostly Duncan Johnstone, Pipe Music for the Fiddle” という3部作で…。

 11才の時にチェロを始めたという1963年生まれのニールは、クラッシックの正統的な教育を受けたチェロ奏者で、スコットランドやロンドンのオーケストラで活躍した後、現在はフリーランスのチェロ奏者・教育者として活動しているそうです。また、クラシックの世界だけでなく、Pete Clark and Niel Gow Ensemble というグループでは、彼のルーツであるスコティッシュ・トラッドを演奏する活動も行っているということです。

 そのようなキャリアのニールは、父ダンカンが生涯に残した数々の名曲を単にパイプミュージックとしてだけ伝えるのではなく、多くのスコティッシュ・トラッド・ファンに広く愛してもらえるようにと、新たに Shoreglen Ltd. という会社を立ち上げて、このプロジェクトを始めたのです。

 さらにニールはこれら3種類の楽譜をリリースするだけなく、これらにシンクロする形でBows and Drones”というアルバムを製作しました。これはダンカン・ジョンストンの曲を、ニールのチェロによる演奏と、BBCのアーカイブに残されていたダンカン自身によるパイプの演奏とで交互に綴ったものです。もちろん“Lament for Alan, My Son”も入っていますが、この曲だけはロバート・ウォーレスがこのアルバムのために 新たに録音したものが収められています。

 チェロによるパイプチューンの演奏というのは、私は初めて耳にするものですが、バックに(やはりチェロによる)ドローンノートを入れる事によって、バグパイプの雰囲気を上手に漂わせる中、地を這うような低音で演奏されるパイプチューンというのも、中々味わい深いものがあります。白状すると、実際に聴くまでは単なる「ゲテ物」かな? と思っていたのですが、とんでもない思い違いでした。


 念願かなって“Duncan Johnstone, His Complete Compositions”を入手し、“Lament for Alan, My Son”の楽譜に対面、早速演奏してみました。曲としてはごく単純な構成ですし、込み入った装飾音が使われている訳でもないので、耳で聴いていた通りに容易に演奏できます。どちらかというと拍子抜けするほどにシンプルな曲と言った方が当たっているかもしれません。
 しかし、だからこそ却って不思議な気持ちがします。ABDEGのたった5つの音だけで、こんな簡単な構成で、どうしてこんな情感に溢れた悲しいメロディーが表現できるのか? ということが…。

 さて、この2ページに渡っている“Lament for Alan, My Son”の楽譜の最後にこの曲を捧げられた生前のアランの写真と共に悲しみに満ちたこの曲が生まれた経過が載っていました。
 それによると、ダンカンの6番目の子ども(ダンカンには全部で7人の子どもがいた)として1960年に生まれのアランは、警察官として働いて居た1980年、20才の若さで白血病により亡くなったとのこと。
 ダンカンは、この悲しげなウルラールのメロディーは、ニールのベッドサイドで徹夜の看病をしている時に頭に浮かんだもので、その後、ニールの死から2日後には残りの部分も含めてこのピーブロックが完成していた、と友人たちに語ったそうです。

 息子の死から、あまりにも短時間、悲しみを癒す間もない中で完成した本当のラメント。伝統的なピーブロックの伝統からは少々外れながらも、そのタイトルに自分の気持ちを隠す事なく正直に込めたダンカンの想いに、今さらながら心打たれました…。


【後日談(2004/1)】
 とてもシンプルなこの曲ですが、何故か覚えようとするとなかなか覚えられない。…ので、ついつい完全習得を先延ばしにしていたのですが、いつまでたってもらちがあかないので、2004年のお正月休みに覚えることにしました。
 ところが、一見シンプルに見えたこの曲、本気で覚えようとして楽譜と向かい合いってみると、その実なかなか難しい曲だという事を実感しました。それは、一般的なピーブロックと違って、バリエイション毎に、あるいは、さらに一つのバリエイションの中でもところどころで微妙にパターンが外されている。規則性が乱れているんですね。
 なんせ、音痴で耳が悪い私にとっては、耳で聴いて頭に入っている音をそのまま表現するということがあまり上手ではありません。それぞれの曲のパターンを解析して覚え込むって感じなのですね。
 そういった意味からは、この曲は覚えるのが非常に難しく、パイプで演奏できるようになるまで2か月程かかりました。丁度同じ頃に急に覚えることにした“The Battle of Auldern”という曲はパターンが一目瞭然、単純明快なこともあって、2、3日でパイプで吹けるようになったのですが…。
 やはり、その曲の奥深さというのは実際に習得してみなければ本当には理解できない、ということを実感した次第。

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