ハイランド・パイプに関するお話「パイプのかおり」

第21話(2004/10)

パイプのレプリカとしてのプラクティス・チャンター

■ A miniature replica of my Dunfion Pipes ■

 Dunfion Bagpipes のサイトのデザイン・ギャラリーのページに、リードキャップに Dirk Handle <の彫刻を施し>たプラクティス・チャンターの写真が載っています。マウスピースにはケルト組紐模様入りのシルバーまであしらわれて…。 (※サイトがリニューアルされた現在は掲載されていません)

最初にその写真を見た時、すでに Dirk Handle デザインについては一目惚れしていた私ですが、さすがにこのプラクティス・チャンターには「いくらなんでも、こんなもん、一体誰が買うんじゃい?」「わざわざ、プラクティス・チャンターにこんな装飾するなんて全く意味無いじゃん?」というのが正直な印象でした。


 し、しかしです、一転して自分自身が Dirk Handleの彫刻を施した Dunfion Pipes のオーナーになった途端に、この明らかに装飾過多だと思わるプラクティス・チャンターの意味するところが、まるで霧がすっかり晴れたかのようにハッキリと理解できるようになりました。<

 つまり、この“Dirk Handle Style Chanter”は、他のパイプとは全く異なるユニークな外見を持った Dunfion Pipes の虜になってしまった者にとっては、自分が所有するパイプ自体のレプリカ的な意味から欠かす事の出来ないコレクターズ・アイテムに成り得るって訳なんですね。

 それは、例えればフェラーリのオーナーが自分の車の(時には数万円もするような)ミニチュアのレプリカを机上に飾って悦に入る、という精神構造と共通しています。

 また、例えばメロディオンの卓越した演奏者でありパイパー森の古くからの音楽仲間であるメロディオン米山さんの場合は、さまざまな蛇腹楽器とアコ弾き人形の膨大なコレクションを自宅応接室の壁面一面に作り付けたガラス張りの収納家具に納めて悦に入り、日夜それらを眺めながらニンマリしています。

 あるいは、ギター愛好家の中にも、コレクションのヴィンテッジ・ギターをいつでも鑑賞できるようにと、特注の回転式のガラス張り展示ケースをリビングに設えている、なんて話しも見聞きすることがあります。

 このような人たちに比べてパイパーの場合は、パイプを演奏しない時にパイプケースを開けて、パーツの一部を手に取ってオイルで拭いたり、銀を磨いたりしてパイプを愛でることは出来ますが、まさか、その後で壁に飾っておくわけにもいかないし、一旦ケースの蓋を閉めてしまうと残念ながらその姿は拝めません。蓋をガラス張りにするって訳にも行かないし…。

 そのようなパイパー森にとって、この“Dirk Handle Style Chanter”を、指の練習、曲の習得をするためというよりも、パイプ本体の身代わりとしていつでも座右に置いておくためにどうしても欲しくなってしまったのです。

 多分、今後も曲の練習はこれまでどおりサイレントなテクノチャンターでやることになるだろう、ということは重々分かっているにも関わらず、一方でパイパー森の頭の中では次の様なイメージがすっかり出来上がってしまいました。

 「Dunfion Pipes でお気に入りのピーブロック2、3曲演奏。良い汗をかいたところでパイプを丁寧にケースに仕舞って風呂に入る。風呂上がりに案楽椅子に座ってタリスカーのグラスを片手にテレビでも見ながら、気が向くままに“Dirk Handle Style Chanter”を手に取り、Dirk Handle の彫り込みを愛で、本体のブラックウッドをオイルを含ませたクロスで拭き、ケルティックな組紐模様が彫り込まれたシルバーを銀磨き用クロスで磨き上げる。」

 う〜ん、これ以上至福な時の過ごし方がありましょうか!


 …で、「即断・即決・速攻」を一番の信条にしている(ニ番目は「前例不踏襲」、三番目は「他人の物まねはしない」)パイパー森は、早速、その晩のうちに Henry Murdo さんあてにメールでオーダーを出しました。

 当然ですが、レプリカとしての完璧を期するためにリードキャップの Dirk Handleのデザインの中にはパイプと同様に私のイニシャルを彫り込んでもらうように、また、デザイン・ギャラリーに出ているチャンターでは、ステンレスのプレイン仕上げ(?)になっているように見えるリードキャップの Ferrule を、パイプと同様にシルバーにケルト組紐模様の彫り込みをしたものにしてもらうように依頼しました。

 例によって、Henry さんからは翌朝までには返事のメールが入っていました。もちろん、彼はこのオーダーも快く引き受けてくれ、私の問いに答えてチャンター本体、彫刻の手間、シルバー Ferrule 各々のコストを伝えてくれました。送料については「今は分からないので送る際に送り状に書くから、荷が到着したらそれを見てトータルの金額を送金してくれ。」とのこと。

 実は、先般のパイプの時も私がかなり早めに郵便為替で総額を送金した際も、ちょっと当惑した様子で「私はこのパイプが出来上がって送れるようになるまでは、そのお金を現金化するつもりは毛頭無い。」と、つまり「依頼主の手元にパイプが届いて、それに納得してもらえるまではお金はもらえない!」と言わんばかりの職人魂に溢れたメールを送って来た Henry さんのことですから、今回は彼の指示に従ってチャンターが着いてから送金しました。先にお金送ってもちっとも喜ばれないんじゃね…。堅気の職人と付き合うのは気を使うな〜。

■ Here Comes the Dirk Handle Style Chanter ! ■

 さ〜て、そして、これが私の手元に届いた“Dirk Handle Style Chanter”です。どう? 鈍い艶が何とも渋いでしょう。

 実は、私自身は冒頭で紹介した、Dunfion Bagpipes のサイトのギャラリーに載っているものと同様に、マウスピースにもケルト組紐模様を彫り込んだシルバーをあしらった、つまり「ケバい程にハデハデなもの」を注文したつもりだったので、これが届いた時には一瞬「えっ?」と思いました。確かに私は「 リードキャップの Ferrule をシルバーにケルト組紐模様の彫り込みをしたものに…。」という注文はしたけれど、マウスピースのシルバーは言うまでもなく付いてくるものと思っていたので、全く注文は付けませんでしたけれど…。
 …ま、非常に真面目な職人気質の Henry さんがそれに関して特に確認してこなかったのは「そんな、ハデハデでデリカシーに欠けるチャンターは、コンペの賞品としてなら適当かもしれないけど、プライベートユースに自分自身で注文するようなものじゃない!」と考えた、という所かもしれませんね。第一、馬鹿らしい程にコストが掛かるし…。

 …で、結果的には Henry さんが意図した(であろう)このような仕上げでかえって良かったと思いました。オイル仕上げのアフリカン・ブラックウッドの渋い艶の本体、そして Dirk Handle Design Celtic Knot(ケルト組紐模様)が彫り込まれたシルバー Ferrule の組み合わせが、まるでそのままに本物の Dunfion Pipes を彷佛とさせ、レプリカとしての役目を十二分に果たしてくれるだけでなく、マウスピースの部分がシンプルかつスマートなデザインなので、(当初想定していたのとは反対に)歳相応に落ち着いた雰囲気がかもしだされていて、こから長年飽きずに愛用していけそうです。

 でも、コスト面から考えてるとこれでも十分にイカレています。チャンター本体が£95なのに、このシルバーの Ferrule 1個だけで£59もするんですからね。これに、マウスピースにもシルバーの装飾を加えていたらと思うとゾッとします。ちなみに、Dirk Handle 模様の彫り込みコストは£25です。それにしても、送料が猛烈に割高! なんと£30も掛かりました。つまり、このプラクティス・チャンターの入手には、日本円にして4万円以上のコストが掛かっているんです(!)。単なるレプリカの購入と考えると何ともアホらしい。平常心ではとても説明のしようがありません。


 

 さて、このチャンターが手元に来た事により、まさに先にイメージしたとおりの「Dirk Handle Style Chanterのある暮らし」が始まりました。パイプと違って小振りなので、安楽椅子に座っていつでも手に取って眺めたり愛でたりすることができるので、椅子に座ると同時についついこのチャンターに手を伸ばしてしまいます。
 特に、パイプについたままの状態ではなかなかクローズアップで見にくい、シルバーに彫り込まれたその精緻なるケルト組紐模様を超高倍率のルーペを使って、マジマジと食い入る様に眺めるのはなんとも楽しいものです。

 Dunfion Pipes のシルバーは全て Bagpipe Silver, Inc. による Hand Engraving ということですが、実はパイプを入手して最初にその装飾を見た時には、まるで「判で押した様」に整然とした精緻なその彫り込み、そして、どこも角ばったところのない滑らかな表面を見て、正直なところ「これって、本当に Hand Engraving なんだろか?」と疑問が湧きました。最近多くなっているという Injection Casting(鋳物)、 Roll Stamping(型押し)、 Machine Engraving(機械による彫り込み)とどう違うのか?

 でも、このチャンターの Ferrule のシルバーをクローズアップで見てみると、それは紛れも無く Hand Engraving ならではの精緻な手仕事の世界でした。右の写真は、超高倍率のルーペをデジカメのレンズの前に置いて接写したその表面ですが、見て分かるとおり、これはどう見ても手技のなせる仕上げですよね。遠目には全く分からないのですが、こうやって顕微鏡レベルで見てみると、彫刻刀がほんの少し先まで切り込んでいたり、バックグラウンドの点々の模様が打ち損じられて紐の模様に掛かってしまっているような箇所がそこここに見られます。

 また、手仕事の成せる技ということを確信した上でそのつもりになって遠目で見直して見ると、左右対称にデザインされているはずの組紐の図柄が当たり前のように微妙にズレていたりもします。
 つまり、このように手仕事ならではの温もりのある製品だからこそ、なんとも言えない味わいがかもしだされてくるのではないでしょうか。Bagpaipe Silver, Inc. の仕事はまさに本物の《工芸品》だということを強く感じさせられ、誰かさんの言葉じゃないですが「いい仕事してますね〜!」と感心させられます。


 そして、何度見ても惚れ惚れしてしまうのですが、このシルバー Ferrule に施された Hand EngravingによるCeltic Knot と、アクセントとしてシルバーの鋲が打ち込まれた Hand Carving Dirk Handle Designのとのコンビネーションは、Dunfion Bagpipes のカタログの中でも最高の組み合わせであると、個人的には強く確信しています。

 ちなみに、世にパイプメーカー沢山有れど、Dunfion BagpipesHenry Murdo さんしかやらない、このブラックウッドへの手彫り彫刻という技ですが、自分自身でパイプ造りを楽しまれているという例の関西のAさんによると、「アフリカン・ブラック・ウッドというのは非常に堅い木だから旋盤で削るだけでも大変。まして、それに手で彫り込みを施すというのはちょっと普通じゃ考えられない。Henry さんの外にはそんなことをするヤツはおらへん。」と言っていました。そんな話を聞くと益々、Henry さんのこの丹念な仕事ぶりも、ついつい超高倍率のルーペで眺めてはつくづく感心してしまう毎日です。

 さて、そのような奇特な職人たる Henry さんにお願いした、もう一つの私のリクエスト、パイプと同様に Dirk Handle Design の中に彫り込んでもらったマイ・イニシャルは上のとおりです。パイプのベースドローンの写真(下)と見比べて分かるとおり、 Henry さん、今度は私のイニシャルを縦に彫り込んでくれました。どうやら、彼自身もバリエイションを楽しんでいるっていう感じがしますね。今回の縦のデザインの方がディテールの仕上がりや2つの文字のバランスが良く、パイプへの収まり具合も自然でとても気に入っています。

 さて、ここでちょっとシルバーに話を戻して、スターリング・シルバーの品質保証の話。

 英国内で製作された金、銀、プラチナなど貴金属製品には、その製品が確かな基準に基づいて製作された証や製作した工房名、製作年等を明らかにするため、法律に基づいて刻印(Hallmarks)を押す事が義務づけられているのはご存知でしょうか。そして、その法律は15世紀にまで遡るものなので、過去数百年間に製作さてたシルバー製品を見れば、その製品がいつどこで製作されたかが、すぐに判明するという仕組みになっています。つまり、例えば19世紀に製作されたヴィンテッジ・パイプでも、もしそのパイプにシルバーの装飾がされているとしたら、その製作年代が容易にかつ厳密に特定できるという訳です。

 さて、そのような例にもれず、Bagpipe Silver, Inc. のサイトの Hallmarks に関する説明のページにあるホールマークが確かに私の Dunfion Pipes のシルバーにも、そしてもちろんこの Dirk Handle Style Chanterのシルバーにもちゃんと刻印されています。説明にあるとおりのマークが左から並んでいますが、製作年代を示す一番右のマークが2004年を意味する“e”の文字になっているのがお分かり頂けるでしょうか?

■ Everyday with the Dirk Handle Style Chanter ■

 Henry さんはこのチャンターに2種類のリード(EzeeDrone と Harkness)を付けて送ってくれました。しかし、このチャンターが手元に来てからの1ヶ月以上の間に私がリードを付けてプラクティスしたのは、到着直後の1、2回だけです。じゃ、その他は単に眺め回して、なで回して、オイリングしまくっているだけなのか? …というと、半分は当たっていますが、単にそれだけという訳でもありません。
 とにかく、私は木の感触というのが何よりも好きなので、このチャンターが来てからと言うもの、これを手にしている時間はとにかく長い。安楽椅子に座れば、すぐこの“Dirk Handle Style Chanter”を手に取るという感じ。

 …で、何をするかというと、それは紛れも無く《指の練習》です。「音を出さずにか?」と言えばそのとおり、音無しです。音を出したい時というのはある曲を憶えたい時ですが、そのような時は従来どおり家人に迷惑を掛けない様にテクノチャンターを使います。それに対して音無しの《指の練習》というのは、文字どおり「指を動かす筋肉のフィジカルトレーニングをする」という事です。

 若い頃、東京パイピング・ソサエティーで皆と一緒に練習していた頃から自覚していましたが、私はどちらかというと、指使いが上手な方ではありません。指が硬く上手に指を動かすことに人一倍苦労する方でした。苦労もせずに滑らかに指を動かす事ができる仲間たちを見ていつも羨ましく思っていたのもです。ですから、いつでも自分なりに工夫して努力しつつ指を鍛えてきました。
 ピーブロックを奏でる上では、ピーブロックに特徴的な様々な装飾音を的確に出すという事が何よりも強く求められることなので、そのために指を動かす筋肉を常々強化して、必要とされる指を力強くチャンターに叩き付けたり、数本の指を交互に素早く的確に動かすことができるようになる必要があります。

 仕事でつまらない会議に付き合わなければならない時に机の下でボールペンをチャンターに見立てたり、傘をもっているときに傘の柄をチャンターに見立てて、指のトレーニングをするなんていうのは、パイパーたるものの当然の心掛けでしょう。
 同様に、安楽椅子に座ってテレビやビデオを眺めている時に、自然と指のトレーニングをするというのもパイパーにとっては当然の事。これまではそう言う時も手近にあるテクノチャンターを(音無しで)使っていたのですが、テクノチャンターは長さが短くて安定したホールドができないため、実はこのような目的には不向きでした。
 それに比べると、この “Dirk Handle Style Chanter”はロングサイズ・チャンターですから、あえてマウスピースを口にくわえずとも、左肩に乗せかける様にするだけでしっかりとホールドされるので、ハードな指のトレーニングを行うのに最適。
 そして、なによりも良いのが、オイル・フィニッシュド・ブラック・ウッドのまるで指に吸い付くようなしっとりとした触感がなにものにも代え難いことです。何とも言えないその感触を味わいたくて、安楽椅子に座るとついついチャンターを手にして《指の練習》をしてしまう。リードの音は出しませんが、その代わりチャンターに指を強烈に叩き付け、タンタンタンッ!とブラック・ウッドを響かせて出来る限り大きな音を出す様に意識しながら…。

 そんなかんなでこのチャンターが手元に来てから、私が《指の練習》に費やす時間は格段に増えました。そして、僅かこの1ヶ月の間だけでも、私の一番の弱点とする左手の薬指の動きはずっとマシになったように思えます。その結果、このところずっと取り組んでいる“Ronald MacDonald of Morar's Lament”に沢山出てくる“Dre”や“Double Echo beat”on E などといったキーポイントになる装飾音が、以前よりずっと明瞭に表現できるようになったということは自信を持って断言できます。


 「パイプのレプリカが欲しい!」という不純な動機で手に入れた“Dirk Handle Style Chanter”でしたが、本来の使用方法とは少々違っているとはいえ、結果としてつまりはプラクティス・チャンターとしての役割も十分に果たしている訳ですから、あれだけの投資も無駄ではなかった、と言えるのかもしれません。…っていうのは、かなり無理なこじつけか?

 でも、まあ、心底愛着の湧くような楽器を手にするというのは、演奏技量上達の最大の秘訣である、という事は確かに一つの真理ではあると思います。

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