ハイランド・パイプに関するお話「パイプのかおり」

第12話(2003/2)

ピーブロックは人の耳に馴染みにくい?

 「ピーブロックとは何ぞや?」ということについての解説は、パイプのかおり第3話で書きましたが、今回は(私とは違って)一般的な音楽的素養を持ち合わせている人にとっては、どうやらとてつもなく奇妙な音楽に聴こえるらしいこのピーブロックという音楽が「どうしてそんなに馴染みにくいのか?」ということについて、ある文章を引用して紹介します。

 この文章は、ピーブロックの音源を沢山リリースしているスコットランドのリズモア・レコードのピーブロック・コンピレイションアルバム "Piobaireachd" (Lismor LCOM9016) の解説文の一部です。


 “Piobaireachd”ー英語表記では“Pibroch”(ピーブロック)ーというのは、ハイランド・パイプのためだけに作曲され、そしてハイランド・パイプだけで演奏されるべき、ある形式の音楽に適用される用語です。ピーブロックは他のいかなる楽器においても満足のゆくように再現することは不可能です。“Piobaireachd”とはゲール語で単に「パイピング」ということを意味します。

 ピーブロックはゲール語で“Urlar(ウルラール)”、英語で“Ground(グラウンド)”と呼ばれる「テーマ」から成り立っています。ウルラールとは「地面」とか「床」とかいうような意味です。このテーマに続いて一定の法則に則ったバリエイションが続きます。全てのバリエイションが全ての曲に表れるとは限りません。しかし、バリエイションは概してシンプルなものから始まり、曲が進むに従って徐々に複雑なものに発展していくという形式をとります。

 しかしながら、バリエイションの複雑さは、単に連続する音が増えるだけというのではありません。曲のある段階においては、グラウンドの中のある主要な音が再び表現されることがあります。これらの主要な音は、それらの音に続いて曲が進行するに従って徐々に複雑さと長さを増していく、ひとかたまりの装飾音によって彩られていくのです。
 そのため、終わりの近い頃のバリエイションが与える印象というのは、まるで、限られた数の長い音が一定の順序で演奏されているかのように感じらるとともに、それぞれの主要な音はパイパーによって非常に巧みに演奏される複雑な装飾音によって彩られるため、どれが主要な音であるかを聞き分けることは殆ど不可能になります。

 曲がこのような段階にさしかかると、往々にしてリスナーはグラウンドの紡ぎ出すエアーやメロディーを追い掛けることができなくなります。でも、実はこのようなことは、ピーブロック奏者が、あるピーブロックを最初に聴く時にも当てはまることなのです。
 このような難しさは、グラウンドの中の主要な音を強調する演奏技法がその原因となっています。
 ハイランド・パイプはその構造上、強く吹いたり弱く吹いたりすることができないため、パイパーはこの楽器が発する音の音量や強さをコントロールする術をもっていません。音量は常に一定であり、音は途切れません。ある特定の音を強調する唯一の方法は、その音を伸ばして演奏するか、一つあるいは複数の装飾音を挿入することしかないのです。
 
マーチ、ストラスペイ、リールなどの一般的なパイプミュージックに於いては、それらの装飾音は非常に短く演奏されるとともに、曲は明確なテンポとリズムに乗って演奏されるため、装飾音はメロディーの流れに影響を与えることはありません。
 それに対して、ピーブロックの場合には、それらの装飾音がメロディーの流れを妨げる程にまで引き伸ばされ、まるであたかもそれ自身がメロディーの一部であるかのごとく聴こえるのです。

 さらにリスナーはピーブロックの慣習として行われる、同じ長さと音程の2つの連続する音を区切る演奏技法によって困惑させられます。この場合、最初に非常に短く、続けて2つを長くという具合に実際には3つの音が演奏されます。後の2つの音の間にはさらにチャンターの下の方の音(低い音)が挿入されることによって、明確に2つに分けられます。そして、間に挿入されるこの低い音はある程度の長さで表現されるため、これもまたメロディーの一部ではないかと錯覚させられそうになりますが、当然ですがそうではありません。パイパーはこれらの定型的な演奏技法を「エコー・ビート」と呼びます。

 あれやこれやで、この音楽に何度も繰り返し親しむことによってある程度解消されるとはいっても、一般的な音楽家が、あるピーブロックを一度聴いただけ、そのメロディーを聴き分けるということは現実的には不可能なことなのです。
 
これらの困難はさらに、長くのばされる装飾音や「カデンス(なだれ落ちるような装飾音)」とか「エコー・ビート」というような装飾音が拍子としてカウントされないことによってさらに深まります。その結果、曲の拍子やビートを取ること自体が困難になり、結果としてピーブロックという音楽を演奏し上手く表現することは非常に難しいということになるのです.

 しかし、ピーブロックのメロディーを追随することが難しいからといって、この音楽自体を理解することが同様に難しいという訳ではありません。
 ハイランド・パイプでは、サウンドの構成上ドローンノートが重要な役割を果たしています。ドローンは3本あり、1本がベース、2本がテナーで、ベースドローンはチャンターの主音のオクターブ下、テナーはチャンターの主音と同じにチューニングされます。これらのドローンがチャンターの特定の音と響きあうことによって、ピーブロックという音楽を非常にユニークで魅力溢れるものにしているのです。
 ですから、ピーブロックという音楽にまだそれほど親しんでいないリスナーはピーブロックを鑑賞するときには、それぞれのメロディーを、延々と続くドローンの騒音の中からなんとかして聴き出そうとするのではなく、ドローンとメロディーとが奏でる一連の《和音の響き》を味わうようにするべきです。
 ひとたびこのことが出来るようになれば、そのリスナーはピーブロックという音楽の真価を味わう手段を獲得した、といえることになるのです。


 原文ではこの後、ピーブロックの起源やマクリモン一族のことなどについてごく簡単に触れていますが、その辺りの事については私の書いた Canntaireachd No.17 に詳しく紹介してあるのでここでは割愛します

 まあ、それにしても、こうやって翻訳してみると、一般的な音楽の知識や感性を持たれている人にとってはピーブロックという音楽はやたら馴染みにくいものなんですね。
 そのような素養が全く無かった私にとっては、最初にピーブロックを聴いたその瞬間から、直ぐにこの音楽の魅力に取りつかれてしまいましたが…。

 でも、まあ、逆説的に読み解いていただければ、ピーブロックにおける装飾音がマーチやストラスペイなどの Little music のそれとは全く異なった役割を果たしていて、それがいかに重要であるかということがご理解いただけるのではないでしょうか。
 また、最後の「ピーブロックはチャンターとドローンとの一連の《和音の響き》を味わって欲しい。」というくだりはとても示唆に富んでいると思います。「そうか、ピーブロックという音楽の魅力は実はこんなところにあったのか、これまで自分自身でも意識せずに、実はこのような味わいを楽しんでいたのだ。」と気付かされました。
 このことを意識しながら、あらためて自分のレパートリーを演奏してみると、まさに《和音の響き》ということを強く感じる事ができました。そして、そのような《和音の響き》を楽しむ余裕が出てくると、例えばパイプのかおり第10話で紹介した“The Vaunting”“Lament for the Children”などのウルラールをスローにスローに演奏することが、実に楽しくなってくるのです。


 まあ、ピーブロックを馴染みくいと思われる方は、その主たる原因がここに書いてあるということだということで、なんとかそれを克服していただき、一方、直感的に「ピーブロック大好き!」っていう人は自分の好むピーブロックという音楽の特質がこのようなものだ、ということを改めて認識しつつ、でもあまり理屈には捕われずに楽しんでください。

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