ハイランド・パイプに関するお話「パイプのかおり」

第3話(2001/6)

ピーブロックとは“天国への階段”なり… ?

 今回のテーマはいよいよそのものズバリの「ピーブロック」です。
 パイパー森は「ピーブロックって何ですか? どんな音楽ですか?」と質問されると「ピーブロックとは“天国への階段”(もちろんあの Led Zeppelin の名曲ね…)なり」なんて禅問答のような答え方しかできなくてしどろもどろになってしまうのが常です。
 今回は、そんなパイパー森がちょっと冷静にミーハー精神をかなぐり捨ててピーブロックがどんな音楽かということを真面目に解説いたします。

 さて、ピーブロックとは、ゲール語で‘a pipe’を意味するPiob とRock を合わせた言葉で、Piob-Rock と綴り、文字どおり「ハイランド・パイプで演奏するロックンロール」の事であります。

 あっ、石が飛んで来る〜ぅ!。

 だめだ、だめだ、ピーブロックの事を書こうとするとどうしても常軌を逸してしまう。パイパー森にとってはこのテーマは重過ぎる。なにしろ自分の音楽人生のほとんど全てをこのピーブロックに費やしていると言っても過言ではないのだから…。

  仕方が無いので、やはりいつものミーハー&手抜き路線に戻って、偉大な先人たちによって書かれたピーブロックに関する本からエッセンスを引用しつつ、自分 のこれまでたどってきた道を振りかえることによって、ピーブロックとはどんな音楽か、そして、この音楽がパイパー森の音楽人生でどのような存在かをご紹介 したいと思います(そんなこと知りたく無いって? じゃ、読まないで…)。

 今回引用させて頂いたのは主に次の本からです。
“PIOBAIREACH”by Seumas MacNeill (BBC Pub./1968)、“PIOBAIREACHD and its Interpretaion”by Seumas MacNeill and Frank Richardson (John Donald Pub./1987)、“Tutor for Piobaireachd”by Seumas MacNeill (College of Piping Pub./ 1990) 、“The Art of PIOBAIREACH”by Ian L MaKay (Comunn na Piobaireachd (NZ) inc/1966/revised 1996)
(シェー マス・マックニール(Seumas MacNeill)は1944年にカレッジ・オブ・パイピングを朋友のトマス・ピアストン(Thomas Pearston)とともに創立し、20世紀後半のハイラインドパイプの普及に多大な貢献をした人物。1983年に両人が別々に来日した際、パイパー森は 直々にピーブロックの手ほどきを受けました。また、例の循環呼吸法でピーブロックを吹き通すというのはこのトマス・ピアストンのことです。)

■ピーブロックに関するシェーマス・マックニールの言葉■(その1)
 ハイランド・パイプの音楽は大きく3つに分けられる。1つは Ceol beag (Little music) と呼ばれ、主にパイプバンドで演奏される March (マーチ)、Strathspey (ストラスペイ)、そして、Reel (リール)のこと。
 2つ目が Ceol meadhonach (Middlle music)と呼ばれる、Slow Air (スローエアー) Jig (ジグ)で ある。これは、このカテゴリーの音楽がある意味でLittle music よりも高い水準のものであることを示している。つまり、スローエアーやスローマーチは単なるマーチよりも、より繊細でメロディアスな演奏が求められるとい うこと、ジグにおいては素早く複雑なフィンガリングが求められるからである。
 ただし、最近の《コンペティション・タイプ》のマーチ、ストラスペイ、リールの流行により状況がちょっと異なってきている。つまり、最近ではその曲に合 わせて行進しようとする気にならないようなマーチや、その曲に合わせて踊ることのないストラスペイや、ただリズムがリールであるというだけでリールのジャ ンルに入っているリールなどが目立つからである。それ故、最近ではこれらのコンペティションタイプの曲を Ceol aotrom (Light music) と呼ぶことが多くなっている。
 そして、3つ目のカテゴリーが Ceol mor(キョール・モア/Big music)と呼ばれるもので、つまりは Piobaireachd(ピーブロック/Pibroch)のことを言う。

 ゲール語で piob とは“a pipe”を、そして piobaire“a piper”を意味する。だから、piobaireachd とは“a piper do with a pipe”ということで、実質的には“pipe playing”あるいは“pipe music”という意味になる。
 実際、19世紀半ばまでは、ハイランド・パイプで演奏される曲というのはイコールその殆どがピーブロックであった。

●パイパー森の独り言●(その1)

 私が、人生の中でピーブロックという音楽を初めて聴いたのは、1973年1月16日の夜のこと。なぜ、そんな正確に覚えているかって言うと、それはあの民族音楽の世界的権威、故小泉文夫さんが毎週放送していたNHK-FMの「世界の民族音楽」というラジオ番組でピーブロックを聴いたからです(その晩のテーマは「ヘブリディーズ諸島の音楽」でした)。今でもその放送を録音したカセットが手許にあり、そこには番組の放送日が書かれているから間違いなくこの日なのです。
 1954年9月生まれの私は、当時18才。ロック少年がロックを聴くためにかじりついていたラジオから流れて来たペンタングルの音楽に衝撃を受けてブリ ティッシュ・トラディショナル・ミュージックの道を歩み始めてから、まだそれ程年数が経っていなかった頃です。でも、すでにあのブラックホークに通い始めて3年目に入ったころで(世田谷のはずれから新宿の高校に通っていた私にとって、渋谷は途中駅だったので、ブラックホークには高校1年の冬から毎週2回は通っていました。)、すでにブリティッシュ・トラッドの深みに十分にはまっていた頃です。

 その晩の番組で小泉さんが使った音源がフランスのOCORAレーベルの“Gaelic Music from Scotland”というレコードだということは、後日、偶然そのレコードをトラッド仲間の大島豊さんから借りた時に知りました。
 今聴いても十分にオーセンティックなトラッド集であるこのレコードから、その晩はツウィード紡ぎの女性たちによるウォルキング・ソングや吟遊詩人の歌う ラメント、さらにはマウスミュージック(プエルタビュール)でバグパイプの音色を演ずるパートが入ったピーブロック・ソング、そしてハイラインドパイプ (の伴奏)によるストラスペイ&リール(のダンス)、フィドルによるマーチ、ストラスペイ&リールのセットなどが紹介されました。
 若干18才の紅顔の美少年じゃなくて、厚顔のトラッド少年にとっては非常に高度な内容であり、トラッド道についての向上心をいたく刺激される内容でした。そして、なによりも極め付けは生まれて初めてピーブロックという音楽を聴くことができたことでした。

■ピーブロックに関するシェーマス・マックニールの言葉■(その2)
 あ る人が初めてピーブロックという音楽に出会った時、それまでその人が持っていた《ハイランド・パイプの音楽》という概念は完全に覆されてしまうであろう。 多くの人はパイプバンドやソロのパイパーの演奏するマーチやリール、ストラスペイといったいわゆる Little music を聴く機会があまりにも多過ぎるので、「ハイランド・パイプが本来演奏することを目指したのはこのような音楽では無い」ということが、にわかには信じられないかもしれないが、事実は全くそのとおりなのである。

 ある若いアメリカ人パイパーは次のように言う。
 「私 が最初にピーブロックに出会った時、私はその音楽の例えようのない美しさに完全に心を奪われてしまい、まるで自分の身体が宙に浮いてしまったかのように感 じました。そして、その瞬間、ピーブロックこそ私が演奏したかった唯一のパイプミュージックであるということを悟りました。私はピーブロックという音楽の 限り無い深淵さと美しさ、ピーブロックの全ての音とピーブロックのもたらす全ての時間がたまらなく好きです。本当にパイプの音が《歌っている》と感じられ るのはピーブロックだけです。」(原文⇒

  これは、この偉大な音楽に初めて出会った時に、それまでこの音楽を知らなかったパイパーが示すきわめて典型的な驚きの反応である。そしてまた、ハイラン ド・パイプを演奏しようとする気持ちを持ち合わせていない人々ですら、このパイパーと同じようにピーブロックの魅力のとりこになってしまうことが多くあ る。その証拠に現在ではピーブロックだけをテーマにした愛好会、リサイタル、そしてコンペティションが数多く開催されるようになっている。

●パイパー森の独り言●(その2)

 小泉さんの番組で生まれて初めてピーブロックを聴いた時は、まだハイランド・パイプは始めていませんでした。というより、まさにここでシェーマスが書いているように、その当時の私にとってのハイランド・パイプの印象は、「ギンギンに着飾った軍服の下にキルト(とかいってるけど結局は単なるスカートじゃないか)ってのを履いたパイパー達がドラムのビートにのせて集団でピーピーうるさい音を鳴らしながら行進する」といったもので、およそ、日頃聴いているようなブリティッシュ・トラッドとは縁遠い、全く別世界の音楽というイメージでした。
 もっと正直に言えば、集団で発せられるハイランド・パイプの音色はちっとも好ましいものではなく、どちらかというと《天敵?》といった感じでした。(大体、1台で十分すぎる程大きな音を出し、ドローンまでついてそれだけで完結するように出来た楽器を、何故複数で演奏しなきゃならんのだ!?)

  ところが、この番組でをソロのハイランド・パイプのダンス曲の伴奏やピーブロックを聴いた時に、私のそれまでのハイランド・パイプに対して持っていたイ メージは完璧に覆されてしまいました。それはまさにここでシェーマスが書いているとおりのことでした。私はこの時になって初めて、ハイランド・パイプの音 色になんとも言えない魅力を感じたのです。
 ただ、まだ実際にハイランド・パイプを演奏したことがなかった私にとっては、この時聴いたピーブロックについては「何とも不思議な音楽だな〜。」という感じは持ちましたが、この若いアメリカ人パイパーが感じたように、深い衝撃を受けるというまでに至りませんでした。

  とにもかくにも、初めて本当のハイランド・パイプの音楽を聴いて、パイプミュージックというものがまぎれも無くブリティッシュ・トラッドの延長線上にある ものだという事実に気がついた私は、なんとも無謀なことに、それまで小学校の頃のハーモニカやリコーダー以外、楽器というものを全く手にしたこともなかっ たにも関わらず、いきなりハイランド・パイプを演奏しようと思い立ってしまったのです。
 そして、1975年にプラクティスチャンターを手にして実際にハイランド・パイプの練習を始めてパイパーの端くれとなった後、ジョン・バージェス(John Burgess)の“King of Highland Pipers”(Topic 12T199/1969年)というレコードを入手し、その中に納められていた唯一のピーブロック "“The Desperate Battle of the Birds" を聴いた時になってやっと、このアメリカ人パイパーの気持ちを実感するようになりました。

■ピーブロックに関するシェーマス・マックニールの言葉■(その3)
  メンデルスゾーンからメニューヒンまで、他の音楽分野の多くの巨匠たちが、私たちの古典音楽に対しては常に最大の敬意を払ってきた。ドボルザークの交響曲 「新世界」とピーブロックの古典的名作“MacIntosh's Lament”との相似性はだれもがすぐに気が付くことであろう。
 また、現代になっても、多くの著名な作曲家たちがピーブロックにその作曲のインスピレイションを求めている例は多く見られる。

 ハイランド・パイプとピーブロックとを切り離して考えることは出来ない。ハイランド・パイプはピーブロックを演奏することだけを目的として現在の形に発展した楽器であり、また、逆にピーブロックはハイランド・パイプのために発明された音楽だからである。
 そして、同時にまた、ハイランド・パイプ以外のどのような楽器でもピーブロックを演奏することは全く不可能なことである。もちろん、メロディだけをなんらかの楽器で再現することは不可能ではないが、それはもうすでに《ピーブロック》とは言えないものである。

 ピーブロックの作曲家たるハイランド・パイプ奏者にとって、《メロディーライン》は他の楽器で作曲する音楽家に比べてより重要度が高いものである。
 なぜならば,他の音楽家はハーモニーや対位法などに気配りしチャレンジしなければならないが,(ハイランド・パイプの持つ特性を思い起こしてもらえば理 解できると思うが)ハイランド・パイプ奏者はただただハイランド・パイプの紡ぎ出すメロディーラインとその装飾にのみ気を配るだけでいいのだ。

 言い換えれば、ピーブロックの作曲家は彼の全てのエネルギーと創造性をメロディーとその表現方法にのみ集中させることができるのである。それ故に,ハイランドパイパーは人類が生みだした最高のメロディーラインのいくつかを生みだすことができたと言える。
 事実、“Lament for the Children”のメロディーはヨーロッパ音楽がこれまで生み出した最も優れたメロディー(single-line melody)として認知されている。
※ 右の楽譜をクリックすると楽譜の大きなファイル(a score by bugpiper さん)にリンクしています。

●パイパー森の独り言●(その3)

 《ハイランド・パイプの持つ特性》というのは、つまりは「音の強弱がつけられない」「音を区切ることが出来ない」「常にドローンが鳴りっぱなし」「9つの音しか使えない」といったような特性のことです。このような特性はある意味では楽器としては全くの劣等生な訳で、あまねく一般的な自然界の法則に従えば、劣等生は落ちこぼれて衰退して行くのが自然の摂理ですよね。
 実際そのとおり、ハイランド・パイプと同様の特性を持ったヨーロッパ各地のバグパイプはほとんど全てが一度は全く廃れてしまったのです。(最近ではそういったさまざまなバグパイプがリバイバルしているようです。そのあたりの話しはまた別の機会に…。)
 その中で例外的なのがアイルランドのイリアンパイプと北イングランドのノーサンブリアン・スモール・パイプです。

  前者はオーバーブローすることによって2オクターブの音域を得るとともに、ドローンやチャンターを自在に止める仕掛けや奏法を導入したり、果てにはコード 伴奏を行うレギュレイターなどというものまで装備するという形で生き残る道を見い出しました。まさにメロディオン以上のワンマンバンド路線ですね。
 そして、後者はチャンターをクローズエンドにして運指法を工夫することによってスタッカートを可能とし、さらにあのか細いチャンターにやたらめったら キーを装着(17キー!まである)して、最高2オクターブ半というバグパイプとしては驚異的な音域を得ることによって、生き残る方法を選びました。
 言い換えれば、これらのバグパイプは両方ともハードウエアの改良により生き残りを掛けたといえます。

 ところが、全てのバグパイプの中で唯一スコットランドのハイランド・パイプだけが、その野蛮なほどに原始的な構造とそれがもたらす特性をそのまま維持したまま、つまりはハード面には殆ど手をつけず、演奏される《楽曲》の方、つまりソフト面を高度な水準に発展させることによって生き残る道を見い出したのです。

■ピーブロックに関するシェーマス・マックニールの言葉■(その4)
 ピーブロックを定義し説明するのは実はそう簡単なことではない。
 ピーブロックはベースとなるテーマである Urlar ウルラール(Groundグラウンド)と、そのテーマを元にしたいくつかのバリエイションによって構成される。グラウンドはゆっくりと演奏され、全体の曲の中で最も印象的で味わい深いものである。

 グラウンドに引き続いては、グラウンドのダブリング(doubling)というバリエイションが続く例が多くみられる。これは殆どグラウンドとほぼ同じメロディに、フレーズ毎に非常に短い音を付け加えて演奏される。
 また、このダブリングの代わりに、親指バリエイション(thumb variation)と呼ばれるものが演奏されることもある。これは例えばテーマノートのFの音をすべてHigh Aに置き換えて演奏されるといったもので、High A の音がチャンターから左手の親指を離すことによって出されることから付いた名前である。
 これらのバリエイションの後、作曲者は多くのバリエイションのリストの中から、その曲に合ったものを選びだし、グラウンドの中のテーマノートに装飾を加えていく。曲の始まりに近い頃のバリエイションはたいてい単純なものだが、徐々により複雑なバリエイションが展開されるようになり、それらは必ず一つ前のものよりもより込み入ったものになる。(本の中ではシェーマスは全部で21種類の装飾音について細かく説明しています。)

 装飾が手の込んだものになるに従い、テーマノートは装飾音の中に埋没し、その姿は次第に定かで無くなっていく。そのような段階に至った時にこそパイパーがやるべきことは、それらの装飾音をクリアかつ正確に演奏しつつ、テーマノートをいかに明瞭に聴かせるかということである。
 最終的なバリエイションに於いては、作曲家の創意とパイパーの指先の機敏さとが同時に極限の高みに到達する。そして、曲の最終局面には再びゆったりとしたウルラールに戻ってピーブロックは終息を迎える。
 これらの一連の演奏は通常およそ10分から20分の間に展開される。

●パイパー森の独り言●(その4)

 幸いなことに、小泉さんは番組の中でピーブロックを放送する前にこのようなピーブロックの成り立ちを簡単に説明してくれました。ですから、その時の私は生まれて初めてピーブロックを聴くにしてはその構造を理解する準備が出来ていた方だと思います。
 小泉さんはこの時には曲名までは言ってくれなかったのですが、後日、オリジナルのレコードから、この曲は“MacGregor's Salute”というピーブロックだとことを知りました。

PipeScale 右図のようなハイランド・パイプの音階はごく普通の西洋音階に慣れ親しんでいる人には、かなり調子っ外れに聴こえる特異なものだそうです。(この楽器しかできない私にとっては当たり前なんですが…)
 つまりは、パイプスケールの C-D、F-G間の27/25っていう比率(このこをと“Limma”と呼ぶそうです)が、ハイランド・パイプのスケールをひどく奇妙に聴こえさせる元凶なのでしょう。
 また、他の楽器でも同様だということですが、ハイランド・パイプのピッチもここ100年程の間にどんどん上昇していて、基音となるAは本来440c/s であるべきところが最近では463c/s あたりだというこで、つまりはほとんどBフラットだと言われています。

  ピーブロックは他の多くのマージナルな民族音楽と共通した性質であるペンタトニック・スケール(Pentatonic Scales)で構成されることを基本としています。つまりは、このようなハイランド・パイプ特有の奇妙なスケールの中から5音を選んで曲が構成される訳 ですが、それらは ABCEF, GABDE, ABDEF など、実際に選ばれる5音の組み合わせ方によってそれぞれ曲の雰囲気が微妙に異なります。そして、その違いを味わうのもピーブロックを鑑賞するときの一つの楽しみでもあります。
 また、中にはペンタトニックでない曲もあり、それはそれでさらに違った雰囲気をかもし出すのですが、実は私の初体験ピーブロックであるこの“MacGregor's Salute”という曲はそのようなものの一つだったのです。しかも、かなり特殊な例だったようです。
  というのも、この曲のウルラールはABCDEFの6音、Ver.1 がGABCEの5音、Ver.2 以降がABCDEの5音というスケールからなっています。つまりは全曲通すとGABCDEFという全音を使っているという訳で、後に数多くのピーブロック を聴くようになった後には、このような曲は非常に稀な例だということが分かってきました。

■ピーブロックに関するシェーマス・マックニールの言葉■(その5)
 ピーブロックの演奏はマーチ、ストラスペイ&リールの演奏よりも容易である。

●パイパー森の独り言●(その5)

 1975 年春にプラクティスチャンターとレコード付き教則本でハイランド・パイプの独習を始めた私は、暫く経過し一応その教則本の教程を終えたところで、「さて、 次はどうしたものか? 本物のハイランド・パイプを購入するか? でも、実際にはどうやって購入するんだろう?」と思案する段階に差し掛かりました。
 現代だったら、早速「インターネットで検索」ってな感じでしょうが、その当時は自分のそのような関心を人に伝えたり、情報を集めたりすることがそれほど 簡単だった訳ではありません。まして日本国内で他にハイランド・パイプをやっている人が居るなんてことは夢にも思いませんでした。
 そこで、唯一その当時の自分の気持ちを分かってもらえそうな人ということで、厚顔にもあの故小泉文夫さんに、そのような思いを込めて手紙を書きました。 といっても実際はそんな大げさなことではなくて、つまりは「世界の民族音楽」でヨーロッパ各地のバグパイプの特集をして欲しいというリクエストの手紙だっ たですが…。
 でも、幸運にもその手紙は早速採用され1975年5月25日に「ヨーロッパのバグパイプ」というタイトルで私のリクエストが放送されました。そして、なんとその番組の中で小泉さんは私の名前と手紙の中で私が「現在プラクティスチャンターで練習中だ」という趣旨のことを書いた部分を読み上げてくれたんです。

 それからほどなくして、自宅に山根さんという方から電話がありました。聞いてみるとなんとハイランド・パイプのサークルをやっているとのこと。「たまたま例の番組を聞いていた豊橋の消防隊のメンバーから連絡が入ったのでNHKに電話して苦労の末、お宅の電話を探し当てた。」「毎週月曜日夜に目黒にあるパイオニア本社ビルの一室で練習をしているからぜひ来て欲しい。」と言われました。
 来て欲しいって言われなくたって、行きたいのはこちらの方でして、それからは毎週月曜日夜の東京パイピングソサエティーの定例練習に参加するようになりました。その時になって私は初めて他のパイパーからハイランド・パイプの演奏の手ほどきを受けたのです。
 ほどなく、スコットランドにパイプを注文、晴れて本物のハイランドパイパーの仲間入りが出来た訳です。

  それから数年はハイランド・パイプを演奏ができるだけで嬉しくって、ジャケット&キルト&プレード(肩に掛けるタータンの布)というパイプバンド定番のフ ルドレスに身を包み、バンドメンバーの一員として様々な所で演奏しました。ホテルオークラで毎年11月開催される在日スコットランド人たちによるセント・ アンドリュース・ボール(舞踏会)や、ロバート・バーンズの生誕を祝う毎年1月のバーンズ・ナイトの舞踏会(皆で夜を徹してフォークダンスを踊りまくる) などは定番。その他にもイギリス大使館や英国系ミッションスクールでの様々なイベント、府中競馬場でのクイーン・エリザベス杯や東京ディズニーランドでの 演奏なんてのもありました。また、初期の頃の日本ハイランドゲームにも何回かは参加しました。
 まあ、そんなイベントに出る位ですからパイプバンドの一員として定番のマーチを演奏する程度のことはできるようにはなったのですが、かといって自分のハイランド・パイプの腕がそれ程ではないということは自分が一番良く分かっていました。
  ですから、相変わらずピーブロックは心底好きでしたが、マーチやストラスペイですらスラスラと演奏できる訳じゃ無い自分が、見ただけで信じられない程に複 雑な装飾音が沢山出て来るピーブロックを演奏するなんてことは、はっきり言って考えもしなかったというのが当時の正直な気持ちです。

 しかし、ある時「ウルラールだけだったら演奏できるよな?」と思って、永年聴いてきたお気に入りの“The Desperate Battle of the Birds”のウルラールを演奏してみました。
 そうしたところ、バンドで演奏するような曲の場合には指がなかなかすぐには動いてくれないにも関わらず、ピーブロックの場合にはすんなりと動いてくれるのです。
  調子にのって楽譜と首っ引きでバリエイションの幾つかを演奏してみたら、やはり、なんとか指が動くじゃないですか。さすがに、クルンルアー(※後ほど説 明)になるとついていけなかったのですが、タールアーは普通のマーチでもごく一般的に使われる装飾音ですから、結構スムーズに演奏できました。さらにこの 曲はタールアーのタイミングを逆に演奏するタールアー・ア・マッハっていう装飾音が演奏される珍しい例なのですが、それを演奏してみたら「いや〜、まるで 本物のピーブロックみたいじゃないか」っていう風にとても雰囲気が出せたのです。
 つまりは、何度も何度も繰り返し聴いていたこの曲は、頭にその調べが焼きつけられていて、指が無理なく動いたのですね。

 赤ん坊が言葉をしゃべり出す時も同じです。毎日毎日、繰り返しことばを教えているのにいつまでたってもしゃべらない。親はだんだん焦燥感にかられてくる…。でも、あるときしゃべり始めたと思ったら今度はいとも簡単に次々と言葉が出るようになる。
 つまり、赤ん坊は自分でしゃべり始めるよりずっと前から、親のしゃべりかける言葉を全部脳みその中に刷り込んでいるんだと思うんです。でも、自分は親と 同じようにしゃべる自信がないから、しゃべらないだけ。でも、ある時思いきって一言しゃべってみたら、親が大層喜んでくれた。「な〜んだ、これで良いん だ」って思って、それまで刷り込んでおいた言葉をどんどん吐き出すようになる。
 私がピーブロックを最初に演奏した時も、丁度こんな感じだったように思います。「な〜んだ、これでいいんだ」って。永年聴いてきて身体が覚えている調べをそのまま表現しようとするのはそんなに難しいことではないんだと…。

■ピーブロックに関するシェーマス・マックニールの言葉■(その6)
 ピーブロックは通常、その構造(骨組み)よって分類される。そのパターンを知ることによって、そのピーブロックをより的確に聴き分けられるようになるだけでなく、パイパーにとってそのピーブロックを覚える時に非常に役立つ。

●パイパー森の独り言●(その6)

 そうは言っても、それはあくまでも楽譜を前にしてプラクティスチャンターで演奏するときの話。ピーブロックをパイプで演奏するならば当然、全てを暗譜しなくては成りません。
 そのためには、ここでシェーマスが言っているようにそれぞれのピーブロックの構造を知り、ウルラールの中のテーマノートを見抜く必要があります。そうすることで長いもので20分近くあるピーブロックを暗譜するのが非常に容易になります。
 シェーマスは本の中でピーブロックをその構造から大きく5つに分類し、それぞれについて細かく解説していますが、それを引用していたらそれだけで膨大なページになってしまいますので、今回はその中から別ページで私の最初のピーブロック“The Desperate Battle of the Birds”の例をご紹介します。

■ 西洋と東洋の音楽の違いに関する小泉文夫さんの言葉■
【音感の違い】西洋音楽はシラブル的であるのに対して、東洋音楽はメリスマ的である。メリスマ的な音楽とは、旋律のあや、節回しというところにその音楽の良さがある
【付加リズムと分割リズム】リズムの形を変えてバラエティを持ちたいと言う場合、東洋では拍子を次から次ぎへと団子のように加えていくやり方をする。つまり、ある拍のところだけ少し長めにし、ある拍のところは短くけずってしまうとうように、足したり減らしたりする加減によってある変化を求めるそれに対して、西洋では足したり減らしたりしないで、拍の分割の仕方に新しい変化を求める。
(「小泉文夫フィールドワーク―人はなぜ歌をうたうのか―」arc 出版/1984年)

●パイパー森の独り言●(その7)

 私はマーチやダンス曲など「リズムこそ命!」といった楽曲では、指が追いついていかないということもあってどうしても四苦八苦してしまい、演奏自体をあまり楽しむことができません。
 しかし、ピーブロックは違います。演奏することが「心地良い」のです。
 それは何故か? ということの答えは多分、ピーブロックという音楽が西洋の音楽であるにも関わらず小泉文夫さんが言うところの《メリスマ》的であり、か つ《付加リズム》的に音の長さを加減する性格を持った音楽であって、実はそのことが私の東洋的な感性に合っているからではないかと思っています。
(ちなみに、このメリスマっていうのはグレゴリアン聖歌やアイルランドのシャン・ノース、あるいは仏教の声明にもそのまま当てはまります。)

  ピーブロックは今では5線譜の上に書かれますが、どこの国の伝統音楽でもそうであるように、元々はこんなものは使っていませんでした。師匠から弟子には全 てカンタラックで口承されるのが唯一の伝承方法。ある曲の持つ微妙な節回しはとても音符なんかに表現できるもんじゃないのです。
 また、現在の楽 譜が形の上では5線譜に書かれていても、それは一般的な意味での楽譜ではありません。それはあくまでもハイランド・パイプの9つの音のどれを出すかという 指示と、その音のおおよその長さ、そして使われる装飾音の種類などを、便宜的に西洋音楽で使われる記号を使って表現しているだけです。
 特にそれぞれの音の長短を表記されている音符から読み取ろうというのは的外れな話です。あくまでも、ほんとのメロディーはカンタラックかプラクティスチャンターの演奏から耳で覚えるのです。

  ピーブロックは演奏者のアドリブとか勝手なアレンジとかは全く許されず、伝承されてきたままに演奏することが求められます。しかし、長い間口承されてくる 間には微妙な解釈の違いが生じたり、そのパイパーの好みが反映されたりして、その表現はそれなりに変化してきているはずです。
 現代のパイパーの 演奏でも、伝承されてきたルートによってそのピーブロックの雰囲気は微妙に、また、場合によっては大きく異なります。全体をどのようなテンポで演奏する か、また、それぞれの音の長短なんてことはそれこそ十人十色の解釈があり得る訳で、たとえ、メロディーと装飾音が厳密に定められているといっても、それぞ れの演奏はどれも非常に個性的になり得るのです。
 ですから、たとえどんなに未熟なピーブロックプレイヤーでも、ピーブロックを演奏する時には「決まりきったテンポやリズムから解放されて、自分なりにその曲のイメージを持ち、自由に節回しを楽しむことができる」訳です。それだからこそ、ピーブロックを演奏するのは「心地良い」のだと思うのです。

■ピーブロックに関するシェーマス・マックニールの言葉■(その7)
 ケルト交響曲ともいえるこのピーブロックの構造は他のケルティックアートの形式に似ている。特に、ケルズの書の装飾ページ、そして、アイルランドやスコットランドのケルト十字架などのの装飾とも共通性が明らかである。
 それぞれのアートに於いては、まず音楽のテーマ、書籍のページ、石の表面で、それぞれ元となるある骨組みがアーティストによって選ばれ、その次にそのオ リジナルデザインが徐々に複雑さを増す模様によって、残された空間が完全に埋め尽くされるまで、丹念に装飾されていく。
 ピーブロックが曲の最後で最初に演奏されたウルラール(グラウンド)に戻るというのは、ケルト模様で蛇が自らのしっぽを喰わえているのに象徴される
《無限性》を表現していると言える。

●パイパー森の独り言●(その8)

 シェーマスのこの文章 は 1987年に出版された“PIOBAIREACHD and its Interpretaion”に書かれていて出版されると直ぐに読んでいたのですが、実を言うと私は最初にこの文章を読んだ時には、書いてある意味が良く 分りませんでした。その理由はその時点の私にはケルトの装飾的思考についての知識が殆ど無かったからです。
 そして、その意味がまさに《目から鱗が落ちる》状態で理解できたのは、1993年に“ケルト/装飾的思考”(鶴岡真弓著,築摩書房/1989)を読み、実際の装飾的思考の例を目にした時でした。
 その時の鮮烈な印象は Canntaireachd No.11 に書いてありますので、そちらをお目通しください。また、ケルトの紋様のことを詳しく知りたければ、このサイトを覗いてみるといいですよ。

●パイパー森のエピローグ●

 今回は主にピーブロックのおおまかな成り立ちと文化的な背景について紹介しました。ケルトの文化をそのまま体現しているピーブロックという音楽のことが少しはお分かりいただけたでしょうか?
 さらに、次の段階としては、このスコットランド独特の音楽形式の成立にどのような人物たちが関わってきたのか、そして、どんな栄枯盛衰を経て現在に至っているのか、といったピーブロックの歴史的側面を知り、また各々の曲の由来を知ることによってこの音楽をより深く味わうことが可能になります。
 幸い、そのような文章はこれまでにも何度か Canntaireachd に書いてきましたので、これから手抜きしてそれらをぼちぼち転載しながら紹介していきたいと思います。

 最後に私の現在の心境をもっとも的確に言い表わしていると思われる一文を今回の「パイプのかおり」の締めくくりの言葉としたいと思います。

■ ピーブロックに関するイアン・L・マッカイの言葉■
 ピーブロックは偉大な奥深さを持った音楽である。それゆえ、人は一生かかってこの音楽を味わいあれこれ考察することができる。そして、そうすることによってピーブロックについてさらに理解を深め、新たな深みを発見することができるのである。
(“The Art of PIOBAIREACH”から/原文⇒

・ピーブロックという音楽を聴かれたことが無い方は YouTube の検索窓に "Piobaireachd" と入力してみて幾つかの演奏を聴いてみて下さい。
・そして、この音楽についてさらに関心が強くなった方は、お薦めのCDを聴いて、もう一歩進んでみては如何でしょう?
・一方、「どうもこの音楽は分かりにくくて…?」という方はパイプのかおり第12話がお薦め。ピーブロックの聴き方のちょっとしたコツがつかめるかもしれません。
・「ピーブロックとはどんな音楽なのか?」ということについて古今の様々な関係者が語った名言を集めたピーブロック名言集にもぜひお目通し下さい。

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