ハ イランド・パイプに関するお話「パ イプのかおり」 |
第23話(2005/1) Donald MacPherson - A Living Legend - ■ 人は何才までハイランド・パイプを演奏する ことが出来る? ■ 先日、1984年の Piobaireachd Society Conference 報告書で、Seumas MacNeill が行ったレクチャーの報告を興味深く読みました。テーマはマクリモン以後の パイプ伝承に於ける大きな2つの流れの内の一つ、スカイ島の The MacPhersons(もう一つの系統は The Camerons)に関するものです。 この1984年の報告書は、一時絶版になっていたもので、2004年の2月に他の年度のものとまとめて取り寄せ
た中で初めて入手できたものです。そして、それは単に以前のものの複写を増刷りしたのではなく、新たに原稿を入力し
直したもので、この当時一般的であったタイプライター仕上げのものよりずっと読み易いのが助かります。 久しぶりに Seumas MacNeill の 文章(正確には話し言葉)を読んで感じたのは、この人の英語ってのは本当に馴染み易いということ。"Piping Times" で散々お世話になっていた当 時は ごく当然の事だと思っていましたが、実はそれはそんなに当たり前なことではない、というのは最近の "Piping Times" のエディトリアルを書いて いる Robert Wallace の難解な文章を読んでいていつも痛感していることです。 この他でも Seumas MacNeill の文章が読み易いというの
を痛感させられたのは Seumas MacNeill と Frank Richardson との共著による
"Piobaireachd and It's
Interpretation" という本でした。前半部の Seumas MacNeill の文章は中身がスッと入っ
てくるのに対して、後半部の Frank Richardson
の文章は何を言っているのか全然理解できない。う〜ん、本当に頭を抱えてしまいました。 でも、 Seumas
MacNeill 以外でも分かりやすい文章を書く人は居ない訳ではなくて、例の Joseph MacDonald の "Compleat Theory 〜" をまとめた Roderick Cannon などは割と読み易い文章
を書いてくれます。また、Bridget MacKenzie に
よって書かれた "Piping Tradition of the North of
Scotland" という本は、それはそれは面白くて面白くて、かなり分厚い本であったにも
関わ らず、読み進むのが楽しくて仕方なかったものです。 さて、肝心の Seumas MacNeill
の講演の中身、The MacPhersons
のパイパーについてですが、さりとて細かく紹介するつもりはありません。基本的に研究者じゃない私が、このような読み物を読むのは、知った知識を他人にひ
けらかしたいのではなく、ただただその当時に生きていた古(いにしえ)のパイパーたちの暮らしぶりを想像することで、自
分自身がワクワクして楽しみたいだけなのです。 でも、一つだけどうしても紹介したいエピソードがあります。 2004年夏、私は自分自身の人生の区切りの年に際して、28年ぶりに新しいパイプを新調しました。ハーフシル
バーのこの Dunfion Pipes は、丁
度、山根先生のシルバー・パイプの様に、今後、最低20年間は日々愛用し続けることによって本当の味わいが醸し出さ
れてくると考えています。 そんな懸念を覚えつつ、このシェーマスの講演録を読んでいたら、何とも凄い話に出くわしました。まさに決定的バ グパイプ版「トリビアの泉」! 曰く、この話に登場する MacPherson パ イパーの一人、有名な Calum 'Piobire' MacPherson の息子である Angus MacPherson(1877〜1976)は何と、「自身の98才の誕生日のイブに“MacLeod of Rasssy's Salute”を最初から最後まで演奏しきった。」というのです。 この話は、講演の後の質疑応答の中で John
Burgess によって披露された話で、つまり、眉唾な言い伝えなどではありません。 さらに、もっと下世話なエピソードを一つ。 この人、本当にお元気だったようで、なんとその後、84才(!)の時にはカナダの Nova Scotia
に移住したとのこと。そしてさらに、3年後には自身の死期が迫ってきたことを悟って「カナダで死ぬのはイヤだ。」と、再びスコットランドに戻って来た(そ
して、1週間後に死去)ということです。 ところで、この奥さんは高齢のダンナがバグパイプを吹いて寿命を縮めかねないのを見兼ねて、地区の司祭にダンナ がパイプを吹く事をやめるように説得してくれるように頼んだそうです。ところが、その司祭は「彼はバグパイプを、そして、ピーブロックを演奏することを楽しんでいるので す。年寄りには自分のしたい事をさせるのが一番。」と、逆に彼女を諭したといいうことです。 ■ 81才のマスター・パイパー ■ さて、現代に生きる MacPherson 姓
のパイパーといえば、何と言っても Donald
MacPherson です。といっても、姓は同じでも、どうやら先ほどの MacPherson Family と直接的に血が繋
がっているという訳ではないということです。 パイパー森はプラクティス・チャンターでハイランド・パイプの練習を始め、そしてピーブロックの音源をコレ クションし始めた1970年代半ばに、この Donald MacPherson の "Pibroch Masterpieces" というそのものズバリのアルバム (1976/Polydor)を 入手しました。当然ですが、アナログレコードのこのアルバムは両面に2曲づつ、計4曲のピーブロックだけで構成 されていました。その4曲というのが "The Old Woman's Lullaby" "The Lament for Patrick Og MacCrimmon" "Salute on the Birth of Rory Mor MacLeod" "MacKintosh's Lament" という正真正銘の傑作揃 いとく れば、正にタイトルに偽り無しといったところ。これ以上何をか言わんや、です。同じ頃に入手した同様の構成 (ピーブロック4曲入り)の Seumas MacNeillによる "Purely PIOBAIREACHD" という アルバ ムと並んで、パイパー森をいたく満足させてくれた思い出深いアルバムです。 さて、2004年夏、この Donald MacPherson の最新の演奏をフューチャーした新しいピーブロック・アルバムがリ リースされました。録音時(2003年)に彼は実に81才を迎えていたはず。直系の繋がりはなくても、やはり高 齢でもお盛んな MacPherson Piper の 血統はちゃんと受け継いでいるようです。 このアルバムは単なる1枚の CD というのではなく、実に、168ページにおよぶ CD ジャケットサイズのハードカバー・ブックレットが付いています。「ブックレットが付いている CD」というよりも「CD が付いたブックレット」という方が当たっているかな、とも感じられる程に立派な CD & Book という形式でリリースされました。 > プロデュースしたのは、あの Barnaby Brown。数年前に Pibroch.net を立ち上げた彼が、同じく自身で立ち上げていた Clarsach.net と Triplepipe.net と を併せて連携させ、アイルランドとスコットランド等のゲール文化圏における伝統的音楽に関する情報の共有化・教 育・支援運動を推進することを目指して設立した Siubhal [shoo-al] という組織の最初の有形な成果としてリリースされたのがこのアルバムなのです。 収録されている曲は "MacCrimmon's Sweetheart" "The Big Spree" "Ronald MacDonald of Morar's Lament”“Lord Lovat's Lament" "The Blue Ribbon" "Mary's Praise”“Donald Gruamach's March" の 7曲。内容は上のこの CDブックのジャケット写真にリンクしている Siubhal のサイトのページで詳しく紹介されてい ますのでそちらを参照してください。 PDFファイルをダウンロードして、このジャケット写真を拡大して見る事もできます。 ブックレットの中身は、非常に分かりやすい英語を書いてくれる Bridget MacKenzie が収録曲の詳しい 説明を書き下ろした "History and folklore surrounding this music"、Barnaby Brown による "Making sense of pibroch"、Donald MacPherson 自身による "How I was taught to play”、James Campbell & David Murray が Donald MacPherson の 演奏に関して 過去の新聞や雑誌等に掲載された多くの賞賛記事を紹介した "A flood of melody" という4つ の記事です。実質的にはこれらは、併せても40 ページ程度の量なのですが、なんとご丁寧に英語で 書かれたそれらの文章を、ドイツ語、スペイン語、フランス語の 各言語に翻訳して、つまり4か国語にして納めてあるので、最終的に168ページという厚さになっているのです。 ところで、この CD ジャケットサイズの手の込んだハードカバー・ブックレットの製作が相当クセものだったらしく、実は当初この CD & Book のリリースがSiubhalの サイトでアナウンスされたのは、2003年末のこと。パイパー森はすかさず注文を出した(Order No.32 でした)のですが、直後にリリースの延期が通知された後、2004年3月、6月、とリリースの予定がアナウンスされましたが、その度、印刷&製本のトラブ ル等の理由で実際のリリースは再三延期されました。そして、8月になってやっとのことで本当にリリースされたの でした。 ■ 究極の演奏が最高の音質&録音状態で… ■ Donald MacPherson は半世紀を超
す長期間に渡ってパイピングシーンのトップで活躍して来たパイパーですから、様々な録音を残しています。その結果、私の
手元には今回の7曲を含め
て17テイク、18曲分の音源が集まっていま す。 ですから、Barnaby Brown が数年前に Pibroch net を立ち上げて、Donald MacPherson をチューターとしたピーブロックのオンライン・チュートリアル・システムを 構築するというプランを打ち上げた時にも、今一つその意図が掴みかねたものでした。「いまさら、そんな高齢なパイパーを 引っ張り出さなくても良いんじゃないだろうか? 現役のもっと魅力的な演奏をするパイパーも居るだろうに?」と言うのが 正直な印象でした。 ところが、どうでしょう。今回の録音を聴いてみて、私のそんな印象はやはりどこか間違っていたようだということを認
識させられました。 ハイランド・パイプ演奏の基本の基は、何と言ってもドローン・ノート
を安定して鳴らす事。フレームにキャンバス布がピンと張られていなければきちんとした絵を描く事が出
来ないのと同様に、安定したドローン・ノートが確保されてこそ、メロディーを奏でる準備が整ったと言えるのです。 そして、そのような岩のようなドローン・ノートに乗せて Donald MacPherson ならではの正確無比なフィンガリングによるメロディーが流れます。そして、 その演奏はパイプでの演奏であるにも関わらず一つ一つの装飾音を明確に聴き取ることができるのです。プラクティスチャン ターでの演奏ならいざ知らず、パイプの演奏で、この Donald MacPherson ほどに明確に装飾音が聴き取れるような演奏をする人を私は他には知りませ ん。 パイプの演奏で聴き分け難い装飾音の代表的な例として、通常の Crunluath
と Closed Crunluath(後
半 の2つの Low A の代わりに全てを Low G とする)があります。この Closed Crunluath が出てくる代表的な例としては
"Lament for Patrick og MacCrimmon"
がありますが、私は以前からパイプ演奏の音源を聴いている限りではその違いが よく分かりませんでした。 81才の Donald
MacPherson の演奏を今さらながら心
して味わった時、私は Barnaby
Brown が Pibroch.net においてこの Donald MacPherson と
コラボレーションしてオンライン・チュートリアルのシステムを確立しようとした理由を悟りました。この人は81才という
その年齢にも関わらず、現在生存している全てのパイパーの中で、紛れも無く最も優れた《手本とすべきパイプ演奏》を披露できる人だということなのです。 いやしくもハイランド・パイプを、そして、ピーブロックを演奏しようと志す者は、この CD&Book
を必ず手にして、頭を垂れてその素晴らしい演奏を聴き、その指使いを素直に見習うべきだと思います。
【2021年追記】 |
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