ハイランド・パイプに関するお話「パイプのかおり」

第37話(2018/3)

Traditional  Taorluath and Crunluath

 アマチュア・ピーブロック・コンペティションとして由緒ある Archie Kenneth Quaich は今年2018年も3月3日にエジンバラで開催されました。Alt Pibroch Club の J David Hester はアメリカから大西洋を一飛びして参加した由。
 ⇒ 2018年3月5日 Piping Press ブログ Results and Comments on the Archie Kenneth Quaich 2018

 このコンペティションはどうやら自分自身で演目を決めて良い様で、J David Hester が今回引っさげて乗り込んだ演目は "Lament for Finlay" でした。
 実はこの曲は、"The Bicker" 等と同じく同名異曲が併存します。PS Books の総目次では  "Lament, Finlay's - Book1/P28" と、"Lament for Finlay -  Book13/P429" としてタイトル表記を工夫して、別の曲である事を明示。しかし、同じタイトルである事には間違い無いので、実際の楽譜ページでは両方とも "Lament for Finlay" と表記されています。
 何れにせよ、今回 J David Hester が演奏したのは、後者の Book13/P429 - Campbell Canntaireachd Vol.1 tune 23 の方。

 APC - Learning Living Pibroch のブログでは、昨年秋 2017年10月8日 Studies in Pibroch - Finlay's Lament としてこの曲を取り上げています。PS Book13/P429の楽譜は Archie Kenneth によって書き起こされたスコアですが、APC の J David Hester Alan MacDonald としては、そのスコアには少々問題有りと考えているとの事。そこで、ご両人で新たにオリジナルのカンタラックから直接、新たな譜面起こしに取り組んだのです。そこにはその作業工程を収録した YouTube 動画(画像&音声)が紹介されています。16分を超す音源ですが、聴いてみると実に興味深い内容です。

 基本的には Alan MacDonald がカンタラックを読み唄いながら、並行して電子チャンターで読み取ったメロディーを奏でます。そして、折々に2人で意見を交わしたり、時には J David Hester がプラクティス・チャンターで確認したりしつつ、まるで謎解きの様に楽譜を完成させていくのです。折に触れ、それぞれが口々に "Can I just say, it's really beautiful !"  "Really interesting !" "So unusual !" "Beautiful variation !" などと、感嘆詞を連発するのが実に微笑ましい。300年前の調べを楽譜化する作業を2人がワクワクしながら進めている様子が、生々しく伝わって来るのです。

 2017年10月22日のブログ Studies in Pibroch - Finlay's Lament(Part Two)では、Campbell Canntaireachd 復元のもう1人の立役者、2017年に "Pipers Meeting" をリリースした Patrick Molard による、PS Book13 スコア版の演奏とカンタラックの音源も披露されています。

 J David Hester は、その様にして新たな形で現代に蘇らせた "Lament for Finlay" を、出来るだけ多くのピーブロック愛好家に聴いて欲しいという想いがあるのでしょう。「みんな聴いてくれよ、美しい曲だよ〜!」といった感じで、スコットランドに飛んで行った様ですね。

 2018年3月13日付け、2018 Archie Kenneth Quaich – APC and Lament for Finlay では、ジャッジのコメントと共に、当日の演奏音源がアップされています。今回新たに書き起こされた楽譜は出回っていませんが、PS Book13/P429の楽譜がお手元にある方は、とりあえずそれを参照しながら聴いてみて下さい。

 主題からは逸れますが、念の為に事前にお伝えしておきます。演奏終了後の聴衆の反応のショボさは酷いものです。心が痛みます。ここ200年は誰も聴いた 事が無いような、復元したてホヤホヤのこんな稀な作品を、遠路はるばる聴かせに来てくれた人に対して、いくら何でもこの冷たい反応は無いでしょう! これだから、未知のモノに対して素直に反応できない、保守的な人種は嫌いです。
 その点、何事に対しても率直に反応する事が出来る、未知の大陸に飛び込んで行った、開拓者精神に富んだ人々の末裔たちには好感が持てます。J David Hester 自身がその内の一人だからこそ、この様な復元作業に熱くなれるのでしょう。⇒ 関連記事「狂熱のライブ」〜「愛こそは全て!」

 おそらく、J David Hester はそんな事は重々承知の上だとは思います。そんな事よりも、とにかく多くの人に聴いて欲しい気持ちが抑えきれないようで、翌日の2018年3月14日付のボブさんのピーブロック・フォーラムでもアナウンス。そこに書かれている様にこの演奏は、

  1. MacDonald style cadences (when performed) and crahinins.
  2. Full traditional taorluaths and crunluaths (you would call them "redundant A").
  3. Urlar refrain before the crunluath, as typically assumed up to the 20th Cent.
 というスタイルで演奏されています。

 特に 2. がポイント。J David Hester は20世紀半ば以降、"Redundant A" と意図的にネガティブな言い方をされて来たこれらの装飾音を、あえて "traditional taorluath and crunluath" という呼び方に正そうとしている様に思えます。これには、私も大賛成。今後は、J David Hester に倣ってオールド・スタイルではなくて、トラディショナル・スタイルと呼ぶことにしましょう。まかり間違っても、"Redundant A(付き)" とは呼ばない事が大切。⇒ APC - Learning Living Pibroch "Taorluath and Crunluath Styles"

 実は、私は昨年夏に Jack Lee の "War or Peace" のYouTube動画 を観て以来、このトラディショナル・スタイルの Taorluath & Crunluath について日々研鑽を続けてきました。そして、半年後の今では(プラクティス・チャンターでは)ほぼ習得したと言えるレベルに達しました。
 自身でトラディショナル・スタイルを会得してみて、Robert Reid の主張がよく理解できる様になりました。この音源の Reid の実演を聴いてもらえれば判ると思 いますが、トラディショナル・スタイルを本来のスピードで演奏した場合、"Redundant A" 音は殆ど飲み込まれてしまいます。しかし、それは本当に "A" が不必要という証明にはなりません。最初から "Redundant A" 抜きのモダン(?)スタイルと比較すると、トラディショナル・スタイルの方がよりクリスピーに聴こえる事は明らかです。意識的に "A" でタメを作る一呼吸が効いているのです。

 もう一つ気付いた事は、トラディショナル・スタイルの方が前後の音の配列との関係でより自然な音並びになり、リズムが乱れない例が多いという事です。
 一例として "The Big Spree" について、PS BookDavid Glen のスコアを見比べてみましょう。

BigSpree_PS.jpg
PS Book1_P11の Crunluath Var. の一段目6小節のスコア

BigSpree_DG.jpg
David Glen "A Collection of Ancient Piobaireachd" から、同じ部分を抜き出したスコア

Crunluath.jpg 一目瞭然です。
 PS Book のスコアで見る通り 現代の Crunluath と Crunluath Fosgailte では明らかに音並びが違います。当然、リズム的にも波打つ様に表現する解釈になります。
 一方、トラディショナル・スタイルで書かれた David Glen のスコアでは Crunluath と Crunluath Fosgilte は全く同じ音並び。これならば、全てを均等に演奏する様に見て取れます。Crunluath バリエイションとしては、こちらの方がより自然です。

 最近の私の楽しみの一つは、自分のレパートリーのあらゆる Taorluath & Crunluath をこのオールドスタイルで練習し直す事。そうしていると、他の曲でもこの様な例が沢山発見されるのです。

  「20世紀前半、当時のピーブロック・ソサエティーの権威者達は、これらの装飾音をどうして現在の様な形に無理やり修正したのか?」という疑問がますま す大きくなりました。大げさに言ってしまえば、それは「ピーブロック文化を守る」という名目の下での明らかな「伝統・文化破壊」ではないか? …とまで思えます。
 APCの活動によって「忘れ去られた伝統・文化」がこの様に復活されていく事は、極めて意義深い事だと思います。

 いや〜、ピーブロックの楽しみは本当に尽きる事が有りませんね〜。

Hope you enjoy!

|| Japanese Index || Theme Index ||