ハ イランド・パイプに関するお話「パ イプのかおり」 |
第15話(2003/9) Fred Morrison はお薦めです ■ トラッドバンドにおけるハイランド・パイプ ■ ハイランド・パイプと言う楽器は基本的にソロの楽器ですし、アコースティックな環境に於いては、その音量バランスか ら考えて他の楽器との合奏と言うのは殆ど不可能に近いものがあります。しかし、その一方で現代のテクノロジー下に於いて は、他の楽器の音をマイクを通してアンプリファイすることによって、どんな楽器とも合奏が可能なのは言うまでもありませ ん。 そのようにして、いわゆるトラッドバンドにハイランド・パイプを導入した最初の例としては、なんといっても1977
年の ALBA の鮮烈なデビュー作が印象的です。 アイリッシュのバンドミュージックに革命を起こした Planxty の1973年のデビューアルバム ジャケットをもろに意識して、一番手前のパイパーから舞台に並ぶメンバーに強烈なスポットライトが当たっているライブの 風景を写したアルバムジャケット(もちろん当時はLP)がレコード室のガラスに立て掛けられ、1曲目の Jig of Slurs がギター、ブズーキ、フィドルの音色とともにハイランド・パイプの高らかな音色で炸裂したその瞬間、その場に居合わせた会員たちの間に走った衝撃は、いま でも忘れられません。 その当時、アイリッシュ・ミュージックシーンに於いては、 Planxty
に続いてさらに衝撃的な The Bothy Band
が、さながらロック界における Led Zeppelin の
ようなインパクトを与えながら、アルバムを発表しつづけていた頃です。 その後、ALBA は Tannahill Weavers としてメンバーチェンジを繰り返しながら発展し活躍を続けたのは御存知のとおり。 その他には、当初はパイパー無しでスタートした The Battlefield Band がパイパーを入れ、その後も何人かのパイパーが出たり入ったりしながら活動を続けていましたね。 また、ちょっと渋いところでは、ソロパイパーとしての活躍も顕著な Robert Wallace を 配した The Whistlebinkies も70年代から息の長い活動を続けています。ただし、このバンドの場合は主にローランドパイプとスモールパイプを使い、アレンジもコンサバなので、どちら かという従来型のスコティッシュ・グループに近いスタイル、いうなればスコットランドの The Chieftains ってところでしょうか。 さらに、1980年代、90年代にはその他にも様々なバンドが活躍し、その内いくつかにはパイパーも参加しているよ うですが、その年代になる私の興味は益々ピーブロックに集中して行っていたため、実はそれらについては殆ど知識がありま せん。 ■ アンサンブル付きのハイランド・パイプ ■ さて、このように「トラッドバンドの中にパイパーが入っている」と いう形とは別に、どちらかというと、「パイパーのソロアルバムにその他の 楽器がアンサンブルとして加わる」という形式のアルバムもあります。 Gordon Duncan や Dougie Pincock などのソロアルバムがそれにあた
ります。 しかし、この2人のようなアンサンブル付きのライトミュージックの演奏については割と楽しんで聴いています。彼 等はアルバムによっては、ライトミュージックだけでなくピーブロックも演奏しているのでそれらのアルバムを購入し、ピー ブロックだけを抜き出してコレクションするのですが、ついでにライトミュージックの方もそれなりに楽しめるのです。つま り、それは以前に Tannahill Weavers や Battlefield Band の演奏を聴いていた時と同じ感覚で、どちらかというとパイプミュージッックというよりも、ブリティッシュ・トラッドの範疇として聴く事ができるからではな いでしょうか。 そして、このようなトラッド感覚をもったパイパーの一人に Fred Morrison というパイパーが居ます。 私が最初に Fred Morrison
の名前を目にしたのは、1990年に開催された "A Celebration of Pipes in Europe"
と題されたコンサートの模様を収めたアルバム。これはヨーロッパの14の国や地域から超一流のパイパーが
参加して、それぞれの地域に固有のバグパイプの演奏を披露しあったコンサートです。のべにして17種類のバグパイプを一
気に聴き比べられるというこの2枚組CDは、バグパイプフェチにとってはたまらないアルバムです。別にそんなに多くのバ
グパイプを聴きたい訳では無いと言う人でも、もしあなたがイリアンパイプ・ファンだとしたら、アイルランドから参加した
かの Paddy Keenan
の鳥肌が立つ程にモノスゴ〜イ演奏を聴くだけでも、このアルバムを購入する価値はあると思います。 この Fred Morrison のファースト ソロアルバム "The Broken Chanter" は1993年にリズモアレーベルからリリースされています。ギター、ブズーキ、 キーボード、ホウィッスル、パーカッションなどをバックに、いわゆるライトミュージックをその抜群のテクニックで聴かせ てくれました。この手のアンサンブル付きのハイランド・パイプのアルバムとしては、飛び抜けて上出来の作品です。 お目当てのピーブロックは "MacCrimmon's Sweetheart" というポピュラーな曲ですが、実はこれは本来12分近くある曲の半分位し か収録していないもので、大いに不満が残りました。私は時たま出くわすこのような理不尽なピーブロックの扱いには本当に 腹が立ちます。ピーブロックはウルラールに始まってウルラールに終わるの が定石だろ!って。 しかし、このアルバムにはそれを補って余りある収穫がありました。それは、「ストラスペイ・キング」と称された19 世紀後半のスコットランドを代表する名フィドラー、James Scott Skinner の作になる "Hector the Hero" というスローエアーのハイランド・パイプ・バージョンが聴け た事です。 この曲は、なんといっても我らが The Bothy Band の記念すべきファーストアルバム "The Bothy Band 1975" の中で、このファーストだけに在籍した現代アイルランド最高のフィドラーの一人である Tommy Peoples により、殆どソロ演奏に近い形で聴く事ができます。さらに、Tommy Peoples は1998にリリースした自身のソロアルバム "The Quiet Glen" の中でも再びこの曲を取り 上げ ています。これもまた20年以上も前の Bothy での演奏以上に枯れていて、正に心に染み入るような素晴らし演奏です。私にとってはこのアルバムの中では一番のお気に入りです。 Fred Morrison 自身、アルバムのラ イ ナーノートに「この曲はボシーバンドのトミー・ピープルズから習った。」と記しています。多分、Tommy Peoples とは例のコンサートで共演仲間であ る Paddy Keenan を通じて親交を深めたのでしょう。スコットランドで生まれた名曲がアイリッシュの名フィドラーのお気に入りとなり、巡り巡って再びスコットランドのハイラ ンドパイパーに演奏されるようになった訳ですね。 とにもかくにも、それ以来、この "Hector the Hero" と いうスローエアーは、私にとっては数少ない非ピーブロックのレパートリーの一つとなりました。 【2006年追記】 ■ マルチパイパー、Fred Morrison ■ さて、その彼は、1999年に "The Sound of The Sun" という2ndアルバムをリリースしているようですが、収録曲のリストから推測するに、 ピーブロックは演奏されていないようなので、私は購入していません。 そして、今年(2003年)に入って 3rdアルバム "Up South" が リリースされました。今度のアルバムにはお馴染みのピーブロックも入っているので、早速取り寄せました。 CD を手にして直ぐ、"Fred Morrison wirh
Jamie McMenemy" という演奏者のクレジットに気付いてとても懐かしくなりました。
収録曲の殆どにおいてブズーキでバックアップしているこの Jamie
McMenemy という人は、スコティシュ・トラッドバンドの雄、The Battlefield Band
の1977年のデビューアルバム(だけ)に在籍して、素晴らしいシターン(Cittern)の演奏を聴かせてくれたのが印象的なアーティストです。 このデビューアルバム当時はまだハイランドパイパーが入って居なかった Battlefield Band は、デビューが同時期である ALBA とはまた違ったアプローチでパイプチューンに 取り組み、素晴らしい作品を作り出したバンドでした。ある意味では、ハイランド・パイプの迫力だけが目立ちがちだった ALBA よりも数段デリカシーに富んでいて、当時のト ラッド仲間の間では非常に高い評価を得ていたものです。 中でも、特に私が印象的だったのが、この Jimie
McMenemy がシターンで表現した、パイプチューンにおける装飾音の雰囲気です。特に右の小
指を勢い良くチャンターに叩きつそして巻き上げる Birl の
表現には完全に脱帽でした。パイプ以外の楽器であのように雰囲気たっぷりに演奏された Birl はそれ以前も以後も他には全く知りません。 さて、肝心の Fred Morrison の 演奏はというと、実はこの人、私の持っていない2nd アルバムの辺りから、ハイランド・パイプだけにはこだわっていないようなんです。その2ndアルバムのクレジットをネットで見てみると、彼が演奏している のは Border Pipes と Uilleann Pipes、そして後は、Low Whistle ということで、なんとハイランド・パイプは全く演奏していません。 それはこの 3rd アルバムでも似たようなもので、全10曲の内、ハイランド・パイプだけというのは、1曲のピーブロックの他にはただ1曲 だけ。その他は Border Pipes だったり、 Uilleann Pipes だったり、あるいはメドレーの 中で2つのパイプを持ち替えて演奏しています(もちろん、実際に 持ち替えているのではなくて録音のギミックですが。)。一番多いのが Low Whistle による3曲です。 それにしても、感心してしまうのは、ハイランドとボーダーという2種類のスコッティッシュ・パイプと、アイリッシュ
のイリアンパイプを苦もなく演奏してしまうって器用さです。このレベルのパイパーになると、こんなことまるで不思議でも
何でもないんでしょうかね? さ〜ってさて、お目当てのピーブロックはどうでしょう? 私はこの曲については既に、James McIntosh と
Donald MacPherson
の演奏による音源をもっていますが、それらと比べてもダントツに素晴らしい。 ただし、唯一の不満は、またしても最後のウルラールまで収録していないこと。まあ、今回は最後のクルンルアーバリエ
イションまでは収められているのですが、そこからウルラールに戻るところでフェードアウトしている。何度言ったら分かる
んじゃい!「ピーブロックはウルラールに始まってウルラールに終わるのが
定石だろ!」って。 以上で、ざっと紹介したとおり、このアルバムはバグパイプを中心にスコティシュ・トラッドを愛好する人にとっては超
お薦めアルバムだと言えるでしょう。そして、その例えようも無い程美しい
"The Earl of Seaforth's Salute" の演奏を聴いて、あなたももし
かしたら深淵なるピーブロックの世界にハマってしまうかもしれません。 【2021年追記】 この曲、タイトル上は Salute です。今更
ながら「Salute であるなら、本来もう少しアップ
テンポで勇壮に演奏すべきではなかろうか? 」…という、素朴かつ根源的な疑問が湧きました。 "This was composed by Seaforth's
piper, Finlay Dubh MacRae during the exile,
after the '15, of Black William, the Earl.' It is
said to express the wish that he should return
home. This may explain why it sounds so
like a lament. The tune thus lies between
1715 and 1740, when he died." |
|| Japanese Index || Theme Index || |