ハイランド・パイプに関するお話「パイプのかおり」

第24話(2005/8)

Bill Livingstone - A Piobaireachd Diary -

  カナダ、ノヴァ・スコシア出身の Bill Livingstone(ビル・リビングストン)といえば、本場スコットランドのコンペティションで活躍する北米出身パイパーの草分けとも言える人。アメリカ・テキサス出身の Michael Cusack や、同じノヴァ・スコシア出身の Jack Lee の先輩格に当たります。

 パイパー森が、この人の演奏音源を初めて聴いたのは、1983年“Glenfiddich Piping Championship”(当時はまだ、“Grant's Piping Championship”というタイトルでした)のカセット・テープに入っていた“MacDougall's Gathering”の演奏でした。この曲は Taorluath & Crunluath バリエイションでのアクセントとなる「つんのめる様な変拍子的展開」がなんとも個性的な雰囲気を醸し出しているので、ついつい引き込まれる様に聴き込んだものでした。それ以来今日まで、沢山の曲を聴いてきましたが、この曲で見られるような変拍子的展開は非常に稀な例だと言えるようです。

 その後、1991年リリースの The World's Greatest Pipers - Vol.9“ Bill Livingstone”の中には“Lament for The Laird of Annapool”“The Prince's Salute”という印象的な2曲が収録されていて、2曲とも直ぐにパイパー森の大のお気に入り曲になりました。
 前者についてはパイプのかおり第16話に書いたとおりで、まだまだトップハンドの技量が不十分なので、なかなかレパートリーにするまでには至りませんが、後者については割と直ぐに習得することができて、パイプでの演奏を楽しんでいます。

 その他にも、この人の演奏はパイプのかおり第13話で紹介したパイパー森のお薦めピーブロックアルバムの 3. The Great Highland Bagpipe -Piobaireach や、4. 1990 Glenfiddich Piping Championship においても聴く事ができ、その段階で5曲の音源が集まりました。

 そんな折、例の Dr. Dan Reid Memorial Recital の音源を集めてみると、どうやらビルはこのリサイタルの常連らしく、1993〜2003年のリサイタルの音源から、全部で8曲の音源が集まりました。その中には、ピーブロックを沢山聴いて来たパイパー森としても初めて聴く演奏時間25分を超す長大な“Lament for the Harp Tree”Gavin Stoddart のバージョンに次ぐ演奏時間16分超の悠然とした“Lament for the Children”、永遠の名曲“Lament for Patrick Og MacCrimmon”、そして、再びの“Lament for Laird of Anapool”などなど、さらに、この“Laird of Anapool”と同じくトップハンド泣かせの難しくも妙なるウルラールを持つ曲“The Daughter's Lament”など、名曲そして名演奏のコレクションが一挙の増えました。


 さて、そんな Bill Livingstone がこの春、“A Piobaireachd Diary”とタイトルされたCD4枚から成るアルバムシリーズをリリースしました。収録されているのは一枚につき4曲づつ、つまり全部で16曲。CDの割りに曲数が少ないのは、それぞれの曲の合間にビル自身によるナレイションが入っているからです。

 ここでこのCDのライナーノートとナレイションから、彼のパイプ及びピーブロック演奏歴について簡単に紹介しましょう。

 1942年(履歴から逆算)にカナダの北オンタリオ州に生まれたビルは、4才の時にミニチュア・プラクティス・チャンターを父親から与えられてパイプの練習を始めたとの事ですが、その実、彼がピーブロックに取り組み始めたのはかなり後になってからの事です。
 それどころか、
ビル自身がライナーノートで「パイパーとしての最も大事な10年間を失った。」と書いているとおり、彼はトロントのハイスクールに進学した17才から、大学、そして法学生として学んだ5年間を含めた27才までの間はパイプの演奏からは全く離れていたということなのです。そして、なんとその間、彼はピアノ演奏に没頭して、地方のクラブでロックン・ロールやブルースを演奏していたそうです。
 しかし、27才を迎えた1968年の夏、カナダで開かれた博覧会場で久しぶりにパイプバンドの演奏を見たことがきっかけとなり、再びパイプへの想いがぶり返して練習を再開。ピーブロックに取り組み始めたのはこの時からだということです。
 17才で練習を中断する前から主に彼を指導していたのは、1920〜30年代にスコットランドで活躍して、その後カナダに移住していた、
John Wilson (あのJohn Wilson の先代?)だということですが、練習再開後はさらに、John MacFadyen、Donald MacLeod、John MacLellan、Andrew MacNeill といった20世紀を代表するそうそうたる一流パイパーからの指導を受けたということです。
 パイプの練習を再開してから間もなく、彼は1971年からスコットランド各地のコンペティションに参加するようになり、早くも1974年の
Northern Meeting(インバネス)のコンペティションではマーチ、ジグ、ストラスペイ&リールの3部門で優勝するという、それまでだれも達成したことない快挙を遂げたということです。その後、Oban、Glenfiddic、そして、Dr.Dan Reid Memorial、といった主要なコンペティションで彼が納めた目覚ましい成績は、このCDのライナーノートに誇らしげに記載されています。


 さて、このCDシリーズ“A Piobaireachd Diary”に収録されている曲の一覧は次のとおりです。

■Vol.1■
1 MacCrimmon's Sweetheart (10:29)
2 In Praise of Morag (14:53)
3 Lament for the Earl of Antrim (16:08)
4 Lament for the Children (15:05)
■Vol.2■
1 The Battle of the Pass of Crieff (11:37)
2 Lament for Patrick Og MacCrimmon (10:55)
3 Lament for the Viscount of Dundee (10:03)
4 Lachlan MacNeil Of Kintarbert's Fancy (11:41)
■Vol.3■
1 Lament for the Harp Tree (26:00)
2 The Daughter's Lament (12:59)
3 Lament for the Only Son (10:27)
4 Lament for The Laird of Annapool (15:43)
■Vol.4■
1 The Old Men of the Shells (10:47)
2※Lament for Patrick Og MacCrimmon (10:56)
3※The Battle of the Pass of Crieff (12:04)
4※Lachlan MacNeil Of
Kintarbert's Fancy (12:38)

 Vol.1、Vol.2はスタジオ録音、そして、Vol.3、Vol.4は“The Dan Reid Tunes”とサブタイトルされているとおり、例の“Dr.Dan Reid Memorial Competiton”に於けるライブレコーディング。Vol.4の印は、スタジオレコーディングとダブっている曲です。

 それぞれの曲の合間には、その曲に対する彼のコメントや、ビルがそれらの曲を伝授された時の様々なエピソードなどが、時には彼自身のカンタラック・シンギング(これが実に素晴らしい声!)や、当時彼が録音したチューター・パイパーたちの演奏や肉声を納めた貴重なテープなども交えながら、非常にフランクかつ生々しく語られます。(John MacFadyen の肉声が聴ける!)

 また、それぞれの曲に関するストーリー以外にも、彼が70年代初頭にスコットランドの各地のコンペティションに参加し始めた頃、当時はそのようなカナダ人は殆ど居なかったために現地では非常に珍しがられた事、あるいは、(共同)経営者であった Donald MacLeod 自身が店頭に立っていたパイプメイカー“Glenger & Campbell”の当時の店舗の様子、といったような興味深いエピソードも披露しています。


 個別の曲のナレイションで特に興味深かったのは、このところでパイパー森が強く心惹かれている "“The Daughter's Lament” と "“Lament for The Laird of Anapool" に関するコメント。

 ビルはこれらの2曲について「これらこそ、ハイランド・パイプならでは特性が生み出した楽曲であり、そして《他のいかなる楽器でも絶対に表現することが出来ない》というピーブロックの特質が最も明らかになった曲である。」と述べています。
 そして、さらに“Laird of Anapool”については、「出だしのパッセージにおける HiG の連続に始まり全体を通じて非常に高度なテクニックが求められる“Real classic piece of Piobaireachd”である。」としています。私がパイプのかおり第16話で書いた印象はあながち外れていなかった訳です。


 また、収録曲一覧でただし書きしたとおり、Vol.4の印をつけた3曲は、スタジオ録音とダブっている曲のライブ録音による別テイクですが、ビルはこれらの録音を入れた理由として次の様に述べています。
 曰く、「コンペティションというのは非常に大きな緊張感を伴うものなので、同じ曲を演奏する場合でも、その緊張感が良く作用する場合もあり、また、その反対の場合もあります。リスナーとしてはその辺の違いを聴き分ける事に興味があるのではないでしょうか?」と…。
 う〜ん、私の様な者が聴く限りではどちらも掛け値無く素晴らしい演奏なのですがね〜。

 それよりも、私にとって何よりも嬉しいのは、なんといってもあの永遠の名曲“Lament for Patrick Og MacCrimmon”が2テイク聴けると言う事。その内一つは Dr. Dan Reid Memorial Recital でのライブレコーディングですが、丹念に聴き込んでみるとどうやら既に持っている2002年のアルバムに収められているものとは異なったテイクのようなのです。つまり、 Bill Livingstone による“Lament for Patrick Og MacCrimmon”については、なんと都合3テイクが集まったという訳。

 私のコレクションには Patrick Og については、Livingstone のものを含めて Masters シリーズの Robert Brown を始めとして大御所の Donald MacPherson Murray Henderson、そして、近年活躍著しい Jack Lee など都合8人の音源(10テイク)が集まりましたが、“Ronald MacDonald of Morar's Lament”の場合とは違って、それぞれの演奏は見事な程に統一がとれています。つまり、演奏のテンポや細部の表現など、それぞれの演奏スタイルの差が非常に少ないのです。
 ビルは Vol.1 の“Lament for the Children”に関するナレイションの中で、Children については彼の師事した John Wilson、John MacFadyen、Donald MacLeod、という3人が「それぞれ異なった伝承の系統や背景を持ったパイパーであるにも関わらず、3人が今に伝えるこの曲の姿が非常に似通っているというのは非常に興味深いところだ。」と述べていますが、私の思うところではこの事は、まさに Patrick Og にもそのまま当てはまるようです。つまるところ、これら2曲の完成度の高さとパイパーたちのこれらの曲に対するリスペクトの結果なのでしょう。

 しかし、耳を凝らして重箱の隅をつつく様な聴き方をして、あえて個人的な好みで峻別するとすれば、この8人の中では巨匠 Murray Henderson の演奏が私の最も好みとするものです。Henderson の演奏はなんといっても Var.1 の Doubling に於けるテンポ(間の取り方)が絶妙で、師匠を失った悲しみの中、嘆息の足取り(?)でこの曲を演奏する Iain Dall の心情を最も味わい深く表現しているように感じられます。ただ、ダビングを繰り返した古いビデオの音声は音質が良くないのが残念です。
 それに比べると Livingstone の音源はどれも録音状態が非常に良い上に、Seumas MacNeill「最高のテクニックとする慟哭の叫び!の EMBARI(the throws to HighG) や、“Lament for Laird of Anapool”の冒頭を飾るトップハンドの曲者 CHEDARI といった、高度な装飾音については8人の中ではダントツに歯切れが良くて濁りが全く無いクリアーな演奏を聴かせくてれるのです。正直なところ少なくともこれらの Patrick Og の音源の中では、 Robert Brown はおろか、あの機会仕掛けのような正確無比な演奏が特徴の Donald MacPherson 、さらに、全体としては最も好ましい演奏を披露する Henderson と比べても、その装飾音の正確さは明らかに上回っていると言えます。


 彼自身がVol.1のライナーノートの冒頭に書いていますが、このCDシリーズは、Brown & Nicol Masters of Piobaireachd シリーズや、Donald MacLeod Tutorial シリーズのような教則的な目的を意図したものではありません。“A Piobaireachd Diary”というタイトルが文字どおりに相応しい、ピーブロックをこよなく愛するある一人のパイパーの「音楽エッセイ」なのです。>

 一流のパイパーの演奏する飛び抜けた名曲の数々を、その曲にまつわるエピソードをインプットしながら鑑賞することによって、その曲だけではなくて、ピーブロックをより一層深く理解することが出来るようになる、という意味でピーブロック好きには欠かす事の出来ない必携のシリーズと言えるでしょう。

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