ハイランド・パイプに関するお話「パイプのかおり」 |
第31話(2009/3) The Piper's Warning to His Master 私が生まれて初めてピーブロックという音楽を聴いたのは
1973年1月16日にオンエアされたラジオ番組でのことだったことは、既にパイプのかおり第3話で紹介しました。しかし、その時のプログラ
ムの中では、実はパイプによるピーブロックの演奏の前に同じアルバム(“Gaelic
Music from Scotland” OCORA OCR45)から「ピーブロック・ソング」
の音源が紹介されたのでした。 その時、小泉文夫さんはピーブロック・ソングがどのようなものか?ということについて解説した後に、その歌が描写してい るストーリーについて次のように説 明してくれました。(後日、実際にそのレコードを手にしてみて、この時の説明はこのアルバムに付属する LPジャケットフルサイズ10ページにもなる、詳細なライナーノートに書かれた解説文からであったことを知りました。) 「そ の物語ってのはですね、実は二つの部族の対立がありまして、ある戦いがあった訳です。そこで、敵の大将はパイパーを 含めて手下をみんな捕虜にしたのです が、その敵の大将ってのは実は大変に音楽が好きだったものですから、手下の方は全部殺ししてしまったのですが、パイ パーだけは殺さずに残したのです。そし て、そのパイパーに『お前の仲間はみんな殺したから、彼らの為にお前は嘆きの音楽を吹いてごらん。』と命じたので す。パイパーは仕方なくてパイプを演奏す ることにした訳ですが、ちょうどその時に味方の将軍が敵の仕掛けた罠のところに差し掛かってきたので、なんとかして 『そこへ行くと危険だ』ということを知 らせなければならないという状況になった訳です。そこで、ちょうど『バグパイプを吹け』と命じられたことをいい事 に、いわゆる《危険を知らせるためのメロ ディー》ってのがあるんですね、まあ暗号みたいなものですけど、そのメロディーをバグパイプで演奏したところ、幸い にして味方の将軍がそのことを理解し て、その敵の罠に掛からないで済んだという、そういった話です。」 18才の多感な年頃であった当時の私としては、その番組で人生初めてのピーブロックを聴いたということもさることな がら、中世のスコットランドの部族間対立にまつわるロマン溢れる伝承の歌詩からも、またまた甚だしく刺激を受け、彼の地 の古(いにしえ)の日々に強く思いを馳せるきっかけになったものでした。 それから13年が経過した1986年、当時の数少ないピーブロック仲間の一人である
Oさんからスコットランドの旅土産として Alexsander
John Haddow による “The
History and Structure of Ceol Mor” を頂戴したことは 30年前の "Piping Times" シリーズ/1979年2月号に
書きました。 最初にそのページを開いた時は「あの時ラジオで聞いた話が詳しく解るぞ! いや〜、これは面白そうだ。」と思って勢
い込んで読み始めましたが、これがとんでもなく手強い。 そんな折、つい最近手元に届いた "Piping Times" 2009年 2月号に「 "The Piper's Warning to His Master" に新しい光が…」という記事が掲載 されていました。 そして、表紙のイラストは正にその状況を描いたもの。 う〜ん、こうなるとどうしても再チャレンジの要ありです。《元々の》ストーリーをきちんと押さえておかなくては、も
とより《新しい》ストーリーも理解できませんからね。 Haddow によると、この曲のストーリーについては幾つかのバリエイションが伝承されているということですが、最も一般的に流布している《状況》として次の2つのバージョンがあるとしています。 一つ目は次のようなもの。 もう一つのバージョンでは、 そして、両方の伝承の骨格となっているものとして、Clan MacDonald の2人の チーフテン(族長)と、2つの城、2つの戦争、2曲のピーブロックが 密接に絡んでいるということです。 Clan MacDonald の2人の族長と
いうのは、一般的には Coll Ciotach (英
語では "Colkitto")の名で知られる Coll MacGhileasbuig of Colonsay と、
その息子である Alasdair。後者
は Montrose 軍の将校として、チャールズ一世
と国会との戦争であった The Civil War(1642-52)の
際に the Ulsterman を率いて旋風のような進軍で名を馳せたとのこと。 2つの城というのは、the MacDonald of Dunyveg and the Glens
of Antrim, descendants of John, first Macdonald of the
Isles(フ〜,長い…) の本拠地である Islay島の南に位置する Dun Naomhaig(Dunyveg)城。そ
して、もう一つが Crinan の近くに位置する the
Campbells of Duntroon の、小さいながらも重要な居城である Duntrune(Duntroon)城。 2つの戦争の一つは、1615年の MacDonalds of Islay と Campbell of Calder(or Cawdor)との 戦い。この際には Dunyveg 城が包囲されたとの こと。そして、もう一つの戦いというのは Alasdair に よる Argyllshire への襲撃の引き金になった Montrose 軍の進軍のこと。 2つのピーブロックの内の1曲は言うま でもなく "The Piper's Warning to His Master" ですが、もう一つは "The sound of the wave against the Castle of Duntroon" という曲。前者はピーブロック・ソサエティー・ブック No.12に、そして、後者は No.6 に収録されているとともに、両者ともキルベリー・ブックにも収められています。 …てな感じですんなりと読み解いたように書いていますが、実はここに至までにも Haddow の 文章はあちらこちらへと枝葉というかごくごく細部にまで踏み込んで行くので、以上のことを理解するだけでもかなり四苦八 苦した挙げ句の果てです。そして、 本文はこの辺りからさらに様々な細かい記述が続くのですが、私の拙い英語力ではそんなもん到底翻訳しきれません。…の で、ざっと端折って先を急ぎます。 そのためには、Haddow が文中で《最も一般的》なストーリーとして紹介している内容を Angus Mackay's Collection of Ancient Piobaireachd(1838)の Historical ページから引用しましょう。そして、そのために最も正確かつイージーな手法として、Ceol Sean の CD book のデジタルデータを以下にそのままコピー&ペーストします。ちなみに、この文章自体は 1838年に出版された本が出典ですからその著作権はとっくに失効しているのでコピぺも全く後ろめたくありません。 About the year 1647, Campbell of Calder was commissioned by the Earl of Argyle to proceed against the MacDonalds, and expel them from the Island of
Islay, where Coll
Ciotach, the celebrated
commander under the heroic Montrose,
had taken up his residence with a number of his
followers. さあさあ、いかがでしたか? 小泉さんが
36年前にラジオで解説してくれたレコードのライナーノートの内容は確かにこのストーリーの概要だったのですが、主人公
たるパイパーのなんとも悲劇的な末
路については、小泉さんは意図的に端折ったようですね。まして、この残忍な結末を命じたのがなんと Lady of Dunstaffnage という女性だったと
いうのが「げに恐ろしや〜」って感じです。 さてその一方で、Haddow
はこの最も一般的なストーリーについて「最も興味深いこのストーリーに関
してなによりも問題であるのは、ここで描かれているような《事件》が17世紀の Islay
島の歴史の中で実際に有ったという記録が全く無いということである。 」としています。 そんな数ページの詳細な紹介はとりあえず置いておいて先を急ぎましょう。我慢に我慢を続けてさらに読み進めると話は 徐々に面白くなってきます。 Haddow は基本的には「当時、実際に起こった事柄を我々が正確に知り得ることは殆ど不可能に近いと思わ れるが、一方でこの《事件》に関してこれだけ多くのストーリーが伝承されていることから考えて、こららの内いくつか のバージョンは何らかの事実に基づいたものであると考えられる。」という考えに基づき、なんとかして このストーリーのオリジンを探し出そうと、史実だけでなく伝承ストーリーについても様々なバリエイションを紹介していま す。 そして、事件の舞台が Duntroon 城であっ たとするストーリーについては、20世紀初頭に、Duntroon 城の 1階フロアーの床下から「《手の無い骸骨》が実際に発掘された」こ とによって一挙に真実味が増したということです。そして、それを裏付ける具体的な話として、現代(1980年代当時)の Duntroon 城 の当主が祖父から聞いたという次 のような回顧話を引用しています。 曰く「そ の骸骨は、以前はキッチンとして使われていた部屋の敷石の下から見つかったそうだ。祖父はそのパイパーの亡霊が、当 時城に住んでいた英国国教会派の祭司に 対して『自分(パイパー)の遺骨を正しい方法で埋葬して、私の魂が安らかに眠れるようにして欲しい。』と頼んでい た、という話をよく話していた。私は、そ の骸骨がその後一体どこに埋葬されたかは詳しく知らないが、この城(Duntroon 城)から半マイル先に一基のスタンディング・ストーンがあり、それはその骸骨が埋葬された場所を示していると言われ ている。」ってな感じ。リアリティーたっぷりでワクワクしますね?。 さてさて、Haddow の話はさらに進んで、いよ いよ「パイパーはピーブロックの演奏を通じて一体どのようにして 《危険を知らせた》のであろうか?」という興味深い命題の解析に入ります。小泉さんがラ ジオで解説したように「暗号みたいなメロディー」ってのがあったでしょうか? Haddow は The Kilberry Book of Ceol Mor
の編者である Archibald Campbell が
イレギュラー・ピーブロックについて語った言葉(1948)を引用します。
そして、Haddow はこの言葉に補足説明を加えま
す。 お〜、お〜、我慢して読み続けて良かった。Haddow の 描く古の世界はなんともリアリティー溢れる世界なんでしょう。 さて、これらのストーリーについて様々な推敲を重ねた上で、Haddow が最もそれらしいと考える "The Piper's Warning to His Master" に関するストーリーは次の通りだということ。 Campbell の居城である Duntroon
城に向かって、Alasdair MacDonald
は船で岸から接近していた。一方、敵の動静を近くからスパイするために、陸路から城に侵入したパイパーは、敵に捕
らえられ監禁されている。 う〜ん、さすが…。 最後に一つ、Haddow はこの《事件》に関するストーリーの信憑性の拠り所として、このピーブロックに呼応している "A Colla Mo Ruin" というゲーリック・ソン グを掲載しています。本では、ゲール語の原詩と英語訳が掲載されているのですが、以下には英語訳を引用します。後で紹介 する《新しいストーリー》の説明の中でもこの詩が関係してきますので、よく読んでおいてください。 "A Colla Mo Ruin" Coll, my beloved Coll, my beloved Coll, my love Coll, my love …という訳で、一応ここまでが “The History and Structure of Ceol Mor” に 依るところの "The Piper's Warning to His Master" に関する、これまで伝承されていた《ストーリー》の概要です。やれやれ、やっと 《新しいストーリー》について紹介する段階に至りました。
実は《新しいストーリー》の内容もさることながら、その出所自体がスゴイんです。"Piping Time" 2009年 2月号の記事によると、
それはなんと最近発見されたこの《事件》当時の「新聞」だ
ということなのです。 しかし、まあそれはおいといて、肝心の記事の内容は「長年のお尋ね者 であった、かの Coll Ciotach (記事の中では "Old Cole-Kettogh" とか "Old Rebellious Fox" といった蔑称で記載)がとうとう捕らえられ、裁きを受けその判決に従って1647年9月15日に絞首刑になった。」と いうニュースを伝えるもの。そして、その記事の中で「彼がこれまでどれだ け巧妙に(キツネのように狡賢く)追跡から逃れて来たか。」というエピソードとしてこの《事件》のこ とが書かれているのです。 それによると、「Coll の居城 であった Dunyveg 城が 敵に包囲された際、彼は自身の城を打ち壊す一方で、城の下方に 2、3艘の船を用意しておいた。そして、闇夜の晩にそれらの内の一艘に乗り込み、他の一艘にはパイパーを乗せてパイ プを演奏させた。そして、追っ手たちが パイプの音に釣られてパイパーの乗った船を追跡する間に、まんまと別の方向へ逃げおおせた。」という のです。 「手下のパイパーを犠牲にして自分は逃げる」というこ とは Coll の性格からして決して不思議ではない ということ。さらに、先に紹介した "A Colla Mo Ruin" というゲーリック・ソングも、見方を変えればこのパイパーの「族長に対する心からの献身を表している詩」だとも解釈できるとし ています。 このストーリーに依れば、この時にパイパーが演奏した曲は《危険を知らせる》シグナルを含んでいた訳ではないというこ とになり、その点では伝承ストー リーのタイトル(そもそものピーブロックの曲名)とは整合しないという面はあります。その一方で、おとり役を果たしたこ のパイパーはおそらく追っ手に船もろ とも捕捉され、そのまま Campbell の居城で ある Duntroon 城に 連れて行かれて監禁された とすれば、様々な伝承ストーリーに於いて Dunyveg と Duntroon の2つの城が混乱している理由と、捕捉されたパイパーが最終的に Duntroon 城に於いて処刑されたという伝承(そして、手の無い骸骨が発見されたこと)が、このシナリオによって 巧く説明できると結論づけています。 う〜ん、どれが真実だとしても、いや、例えどれもが真実でなくても、なんとも興味深い話ばかりではないでしょうか。 スコットランドの歴史物語と密接に繋がっているピーブロックという音楽は実に奥が深い。Ian L. MacKay の言葉のとおり、いつまでもたっても興味の種の尽きることがありません。 【追記3件】 ● YouTube に、亡霊が徘徊する城に関するストー リーを紹介した "Castle Ghosts Of Scotland" とい うタイトルのテレビ番組の動画がアップされています。その中の "The Bagpiper of Duntrune Castle" が、正にこの "The Piper's Warning to His Master" に 関する話です。上で紹介したストーリーが克明に再現されているのでリアリティあります。お楽しみあれ。 ● 1988年9月号 "Piping Times" の中で紹介しています が、2012年 The Donald MacDonald Quaich に於ける、Faye Henderson によるこの曲の Donald MacDonald のセッティングに忠実な演奏が YouTube で観る事ができます。実に素晴らしい演奏で す。この演奏を聴きながらこの出来事の真相に想いを馳せてみては如何でしょう。 ● パイプのかおり第39話で紹介している、Simon Fraser の The Red Book の中に Piper's Warning System についての記述があります。赤本を持っている方は参照して下さい。 |
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