ハ イランド・パイプに関するお話「パイプのかおり」 |
第36話(2016/11&2020
/1) Alt Pibroch Club インターネットが一般家庭に普及し始めたのは1990年代半ばの事ですから、もう既に20数年が経過しました。当初は 《文字データ》から始まった情報の普遍化がその後、《画像》〜《オーディオ》〜《動画》と一途に拡大していった経緯も既に過 去の歴史となりつつあります。 中でも特にインパクトの大きかった YouTube の登場からも既に10年以上が経過。 しかし、ことピーブロックに関して言えば長い間「ネットによる情報発信が盛ん」とは到底言い難い状況が続いていました。 ところが、どうした風の吹き回しかこのところ2、3 年(長くみてもここ数年)の情報発 信の勢いは、瞬く間に時代に追いついた感があります。保守的な御仁が多くを占めると思われる本国ピーブロック界の関係者もここに来てようやく、ネット発信 の意義に気付き重い腰を上げた、という事なのでしょうか。最近では講演やイベント、コンペティション等のストリーミング配信 のお知らせが次々と届く様になりました。 そして、ここ数年の劇的変化を象徴する衝撃的な出来事が、2016年春の PSカンファレンス記録の動画配信でした。カンファレンスが開催されたのは3月末の事ですが、それから程なくして何気に YouTube で “Piobaireachd” を検索すると、なんと講演内容をベタに記録したトータル4時間超に及ぶ3本の動画がヒット。 慌てて PSサイトを確認してみると、ニュース欄に音声や画像資料の入った概要レポートが掲載され、それぞれのレポートに Here is David’s full presentation on video. という具合に件の YouTube 動画へのリンクが張られています。カンファレンス開催から1ヶ月も 経たない4月25日にピーブ ロック・ソサエティー自身がアップロードしていたのです。⇒その1、⇒その2、⇒その3 従来、PSカンファレンスの内容を知ろうとした際には、講演録を入手する以外の方法は有りませんでした。…と言っても、講演録が纏められ CoP のオンラインショップのカタログに載るのはどんなに早くても1年後の事。大英帝国の悠々とした時間の流れに身を任せるしかあ りませんでした。 PSサイトが劇的に変化した第一歩が 2008年の事。遠隔地在住の会員でも現地の会員と遜色なく様々な情報が得ら
れる様になりました。その改変を受けて 2009
年にPSに入会した顛末、そして、2013年にPSサイトがさらにバージョンアップして現在の体裁になった経緯
は以前紹介しました。
■ Dr. J David Hester による Alt Pibroch Club ■ 2016年の講演の一つが Dr. J David Hester
による、Alt Pibroch Club サイトに関する話です。 「Barnaby Brown と J David Hester によるもう一つのピーブロックに関する普及サイト/「もう一つの」とは1903年の The Piobaireachd Society の設立以来ピーブロック演奏の規範となってきたソサエティー・ブックに掲載されている解釈ではなく、それ以前の様々な楽 譜集・写本などによる多様な解釈の こと/現存する(著作権失効の)あらゆる楽譜集や写本のPDFが整理されている/それぞれのソースからでも、曲名からで も検索可能。」 その後も、その存在は大いに気になってはいましたが極めてマニアックで膨大な内容に腰が引け、本気で目を通す事が出来ず にいました。今回、動画公開に背中を押される様に講演録を読んでみて初めて、実は Alt Pibroch Club サイト運営の原動力となっている人物は、紛れもなくこの Dr. J David Hester という人物だという事がようやく分かった次第。 米国人、カルフォルニア在住/1962年生/宗教学、古代地中海文化を専 門とする博士/8歳でバグパイプを始め、その後20歳で 一旦パイプを離れたが、2010年に25年間のブ ランクを経て再びパイプを手にした/その間も、クラシック・バイオリンをセミプロレベルで演奏/その他、バスーン、マンドリンを趣 味のレベルで演奏する他、パンクバンドでエレクトリック・ベースを担当/レコードプロデューサーでもある/“I’ve been a musician all my life” と自負。 …というこの人が、25年ぶりにパイプを手にし、Jori
Chisholm の BagpipeLesson.com
でピーブロックの手ほどきを受けた際に最初に取り組んだのが “Too Long in This
Condition” だったとの事。しばらくすると、歴史学者の悲しい(?)性から、彼は「この
曲が古い楽譜にどのように表現されているか?」という事に興味を抱きます。 そこで、次のポリシーを掲げ、 Re-extending the idiom by
returning to our historical roots, それを実現するために、とてつもなく地道かつ膨大な作業を開始。それと共に志を同じくするその分野で最も頼りになる人物
たちと手を組んでこのサイトを立ち上げたのです。それが、サイトの共同運営者として名を連ねる Barnaby Brown であり、故 Dr. Roderick Cannon、Allan
MacDonald
etc.…という訳。アメリカ人たる彼は、最も頼りにするパートナーであり、かつ、生粋のスコットランド人でもある Barnaby Brown
を通じて、他のスコットランド在住の専門家たちの知己を得た事は想像に難くありません。
■ Alt Pibroch Club サイトの全容 ■ 講演の中で彼はこのサイトには「325を超すページ、825個のPDFファイル、2,100を超す
URLリンク」が
有ると述べています。確かに膨大な規模のサイト。しかし、それ以上に絶え間なく膨らんでいくコンテンツにウェッブページのデ
ザインが追いついていない、と
いう大きな問題が有ります。セクション毎のデザインが統一され無いままにオープン以来常に工事中といった感じで、屋上屋を重
ねた状態。「一体どこが
(本来の意味の)ホームページなのか? 全体はどういう構成になっているのか?」と大いに戸惑わされます。 …と、ここまでは、2016年11月にこのページを最初に書いた時の書き出しです。その時は続けてその時
点での
このサイトの構成について紹介しました。しかし案の定、その後もページ構成は日々変容し続け、紹介した内容と実際のサイト構成が大きくズレている状態が常
態化。この間に一度だけ、2018 年4月の時
点での内容にアップデートしましたが、その後も日々の進化は止まらず、いつまで経ってもズレの 解消には至りませんでした。 しかし、その様な絶え間無いサイトの変容も 2019年9月の Dr. J
David Hester の唐突な逝去 により完全にストップ。 以下、幸か不幸か固定化されたこのサイトの2019年9月時点での最終的な内容にアップデートします。(2020年1
月) それぞれのスクリーン
ショットには、該当ページへのリンクを張ってあるので、別画面でそのページを開きながら読み進めて下さい。 見ての通り Modern Pibroch Library/APC Guide to
Pibroch/Musical Materials/Learning
Living Pibroch/Bibliography/Pibroch Wiki の6つのセク
ションがある事が示されています。 Musical Materials
セクションには次の7つのメニューが有ります。 ↓は2番目の Notation by
Pipers のプルダウン・メニューで最初の Overview &
Abriviation をクリックした画面。 Notation by Pipers と Notation by Non-Pipers はタイトル通り「パイパーが編纂したソース」と「パイパー以外の音楽家が編纂したソース」を別々に扱って集積しています。省 略記号に各ソースへのリンクが張られています。中身はとにかく、どんなソースが収録されているのか?タイトルだけでもざっと お目通し下さい。 そして、今後世界中のピーブロック愛好家にとって最も頼りにされるであろう、このセクションの最重要ページ Explore by Tunes。プルダウン・メニューの Overview をクリックすると、収録されている全313曲(途中欠番があるのでナ ンバーは1〜319)のインデックスが表示されます。 それぞれの曲には Piobaireachd Society(PS)catalogue number という通し番号が振られていて、その数字の所に該当ページへのリンクが張られていま す。私は、この PS catalogue number という概念がある事はここで初めて知りました。 でも、PS catalogue number が分からなくても、実際にこのページを活用する時は右上の Search This Site の 検索窓に探したい曲のタイトルを入力すれば OK。例として "Lament for Patrick Og MacCrimmon" を検索してみましょう。検索結果が一覧表示されるのでその中から↓ 該当ページに飛びます。ちなみに、この曲は PS 137 との事。 最初のプレイボタンは、Alan MacDonald によるゲール語タイトルの発音。この例の様に伝承されているタイトルが複数ある場合は、各々録音されています。 Primary Sources のリンク先をクリックすると、この曲を収めた主要なソースの該当ページのPDFファイルが表示されます。 Notes on Gaelic Titles はタイトル通りの解説。曲によって情報の多寡は様々です。 Archive Recordings
が凄い!というのは、この一覧を見れば一目瞭然でお分かりだと思います。 Other Materials からは、pipe|drum 誌 に掲載されている Dr. W. Donaldson の Set Tunes コーナーの PDFファイルにリンクしています。 2017年に新たなプルダウン・メニューとして By Tonality & Sturcture ページが登場。 313曲全部について、使われている音の組み合わせと構造について分類されています。表計算ソフト形式になっているので、タイ トル行の▲▼ 部分をクリックすると、各要素毎に並び替えが可能です。 …と言っても、このページには記号等に関する説明が有りません。ですから、左半分の音の組み合わせについては、何となく推測が 付きますが、右端の構造に関する記号は? 実はこの一覧は、Barnaby Brown による長年の研究成果 "A map of the pibroch landscape, 1760–1841" で示した一覧表です。一覧表の意味するところ、そもそもの記号の説明や表の活用方法については、論文本文及び付属する記号の説明表に目を通す必要がありま す。確かに、一つ前の Overview の ページにはその旨の説明とリンクが有るのですが、どうせならこのページにも説明とリンク先を表記して欲しいところです。 この論文に目を通すと何となく理解できますが、この表は実に示唆に富んでいます。自身が直感的に好む曲の傾向の根拠の一つとし て、その音の組み合わせと構造からも一定の俯瞰が可能な様な気がします。 さらに、もう一つのプルダウンメニュー By Tempo ページも登場。 これは、ソースとなる楽譜に Urlar(と一部の Variation)の演奏テンポについて記載されている例について、その記載を抜き出して一覧にしたもの。対象は63曲。 次は Mucical Materials の次のプルダウンメニュー Gaelic のページ。
Musica Materials の メニューを一巡したらホームページに戻ってその他の5つのセクションについて、それぞれのセクションが加わった順番に沿って 紹介します。 まず、Learning Living Pibroch のセクション。URL:learning.altpibroch.com このセクションはブログ形式なので、画面デザインが他のセクションと著しく異なります。J David Hester の有りし日には、このページから頻繁
に最新情報が発信されていました。多い時は月に10件以上のポストがあり、その殆どが J David Hester
によるものでした。中にはイベント告知などニュース性のあるポストもありましたが、多くは彼が古い楽譜と向き合っていて気付いた(発見した)様々な情報。
いつも新しい発見に興奮した様子で連綿と書いているので、其々がかなりのボリュームです。 次は Bibliography セクショ ンのトップページへ。URL:bibliography.altpibroch.com Musical Materials
のセクションと共通デザインで、タイトルイメージの下に次の6つのメニューがあり、クリックするとプルダウン・メニューが現れます。
メニューの書き方(文字、表記etc.…)がトップページ毎に微妙に異なるのも、ここまで来るとご愛嬌。ここでは、この Home という名の下に About として、このセクションの説明があります。 Dr. Roderick Cannon
の名をバグパイプ界に一躍知らしめた1980年リリースの索引本 "A Bibliography of
Bagpipe Music" を常にアップデートして公開しているページです。 次に Pibroch Wiki セクション。2017年6月25日のブログで開設がアナウンスされましが、その後も中身は殆ど 空のままでした。現在そのブログページに行くと、リンク先が二重線で消されていています。ページ自体が削除された様です。出来れ ば、ホームページのリンク元も削除して欲しい所です。 ↓は今は無きこの幻のセクションのスクリーンショットです。 トップページ最上段左側に表示されているのが、Modern Pibroch Library
セクション。セクションとしては最も新しいもので、2018年12月26日のブログで開設がアナウンスされました。 Dr. J David Hester が後年熱心に取 り組んでいた、新作ピーブロックを集めたセクション。それぞれの曲の楽譜、音源、ビデオを販売しています。私自身は新作ピー ブロックには全く関心が無いので、それ以上の説明は出来ません。 そ して、トップページ最上段右側に表示されているのが、このサイトに最後に追加されたメニュー、APC Guide to Pibroch のバナーと説明文。その時の衝撃については 2019年1月15日付け音のある暮らしに書きました。詳細な説明については 2019年1月9日付けのブログでのアナウンスを参照して下さい。 APC Guide to Pibroch はアクセス・フリーのデジタル本です。バナーをクリックすると、Apple Books のサイトに飛び、ebook のフォームがダウンロードできます。また、説明文の "PDF and accompanying files may also be downloaded here." からドロップボックスに飛んで PDF版をダウンロードする事も可能です。 このデジタル本の中身は、2013年のこのサイト開設以来6年間の絶え間無い活動の集大成。実は、Learning Living Pibroch のセクションが最終的に現在のブログだけのページになる以前には、ページトップに次の様な様々な学習テーマに関する多くのプルダウン・メニューが配置され ていました。 An Introduction/On Interpretation/Cadences/Genres and Tempos/Urlar Refrains/Taoluath and Clunluath Styles/New Angle on Old Embellishments/On Hannay-MacAuslan: Discovery プルダウン・メニューの各項目には、画像や音源資料なども織り交ぜながら、J David Hester の想い、主だった古い楽譜の名称&背景、各種用語等について、盛り沢山の記事が網羅されていました。ブログの過去ポストから転載された内容もあるようでし たが、主にはオリジナルに書き下ろされた内容でした。 実は私も最初は勘違いしたのですが、"Leaning Living Pibroch" とは「ピーブロックの生きた表現に ついて学ぶ」コー ナーであって、"Learning Pibroch Playing" 「ピーブロックの演奏テクニックを学ぶ」コーナーではありません。中身は極めて学究的で、J David Hester が絶え間ない古い楽譜類の探索の旅で知り得た膨大な知識をベースに「ピーブロックという崇高な文化の受け止め方を考え(さ せ)る」のがその趣旨でした。 しかし、多岐に亘り膨大なページに書かれた内容は、凡人の頭に系統だった知識として容易には留まりません。また、いちいちプル ダウン・メニューをクリックして夫々のページにアクセスするのは至って非効率。そこで、J David Hester はそれらを系統立てて取り纏め、APC Guide to Pibroch という「本」の体裁に仕上げてくれた訳です。 オルタナティブ・ピーブロックの演奏に取り組むに当たっては、今後はこれ一冊有れば必要にして十分です。もちろん、この本の ページからは必要に応じて関連するサイトにリンクしていますし、自らで個々の曲の情報を知りたければ、Musical Materials セクションであらゆる探求が可能。我々は素晴らしい万能ツールを授かったのです。 以上、ご紹介した通りこのサイトはデザイン・レイアウト的には6年間頻繁に変容を続けて来たカオス状態の名残りが明らかで す。しかし、このサイトの絶対的な価値に比べた ら、それはほんの些細な事と思って我慢しましょう。世界中のピーブロック愛好家にとって、このサイトの登場は「21 世紀のピーブロック文化大革命」と言っても過言でないと思います。 19世紀後半以降、ピーブロック文化の喪失を懸念した(パイパーの雇い主たる)貴族階級の人々が、ピーブロック文化の 《保護》に乗り出します。そして、アマチュアジャッジの 役目を果たす自分たちにとってパイパーの演奏技量を判定し易いよう意図的に《標準化》。1903年のピーブロック・ソサエ ティー設立の趣旨は正にそこにあったと思われます。しかし、その事が本来もっとバラエティーに富んでいたはずのピーブロック の表現を、ある一定の範囲内に押し留めてしまった、と云う事は否めません。 1970年代以降、その事に気付いた一部の探究心溢れるパイパーや研究者が、18〜19世紀初頭に出版された楽譜や残さ
れたマニュスクリプトを頼りに、当時の姿の再現に取り組み始めます。その当時は、それらが収蔵されている National Library of Sotland(NLS)などに出
向かなくては譜面の現物を目にすることが出来なかった訳ですが、ネット時代の到来でその状況は一変。21世紀を迎えて、今で
は誰もが自由に「もう一つのピーブロック」の姿を垣間見る事が可能な時代が到来したので
す。Alt Pibroch Club の創設者たる故J David Hester と Barnaby Brown
のご両人は、この新たな潮流の誰よりも頼りになる水先案内人と言えるでしょう。 J David Hester
が志半ばで亡くなってしまった事は残念でなりません。しかし、APC Guide to Pibroch
のリリースが辛うじて間に合ったのは、我々にとっては不幸中の幸いと言えます。 APC Guide to Pibroch がリリースされる以前、その当時の Leaning Living Pibroch
セクションで熱く訴えられていた内容について J David Hester
が自らカメラの前で熱弁を振っている動画が、YouTube の Alt Pibroch Club のチャンネルにアッ
プされています。
さあ、APC Guide to Pibroch を手に、オルタナティブ・ピーブロックの世界を存分
に楽しもうではありませんか。 【その後の動向について】
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