パイパー森の音 のある暮らし《2022年

2022/1/20
(木)

Lament for Patrick Og MacCrimmon with Donald MacDonald Variations
 今朝起きて、 いつもの様にフォローしている Facebook ページをチェックすると、PSのページに新しい投稿が…。PS Facebook ページは 殆どの場合が告知物で、単独で読み物というのは稀です。しかし、何故か今回の投稿は一つの曲につい て掘り下げた記事。それ も、Lament for Patrick Og MacCrimmon について。…とあっては簡単にスルーするわけにはいきません。朝食前からボケた頭で目を通す事に…。

 まあ、ある程度予想して通り、長年この曲に取り憑かれて来た我が身にとっては特段の目新しい情報はありませんでした。しか し、それはあくまでも《文字》情報に関しての事。《音源》情報について、意外な掘り出し物がありました。

 PS会員がアクセス出来るPSライブラリー音源の一つ として、Jack Lee による "〜 with Donald MacDonald Variations" という音源が紹介されていたのです(4番目の音 源)。その他の8つの音源については既知のモノでしたが、これは初耳。この様に PSライブラリーには粛々と音源が追加され ているので、日頃からチェックを怠ってはイケナイと反省した次第。

 ま、そんな反省はさて置いて、早速にこの音源を聴いてみました。ストレートに "Donald MacDonald Setting" ではなくて、"〜 with Donald MacDonald Variations" って一体何?と…。

 因みに、この音源のオリジナルは Lee and Sons のサイトの中、Jack Lee の演奏音源を提供するライブラリー bagpipemusic.com に於いて $5.50/曲で販売されている音源だと思われます。通常のバージョンも併売されているのですが、レアなバージョン故、この音源については PS会員向けに無償提供してくれたのでしょう。

 さて、実際に聴いてみて、そのタイトルの意味する所については直ぐに納得できました。確かに紛れも無くタイトル通りの演奏 スタイル。
 要約して言えば、基本的には Kilberry Book でお馴染みの Angus MacKay Setting に従った装飾音や(エコービートの)タイミングで演奏されています。 Urlar に続けて最初のバリエイションとして、Donald MacDonald Setting Var.1(S&D) を挿入する、という形です。

 DMセッティングの Patrick Og の装飾音として特徴的な4連符は演奏されていませんし、3連符についても Run では無くて、ごく普通の Cadence として演奏されています。ですから、長年聴いて来たバージョンに単に Donald MacDonald Setting Var.1(S&D) が加わっただけ、とも言え ます。ですから、意識せずに聴いている限りに於いては、特段の違和感は感じられないでしょう。

 さて、この奇妙な構成を一生懸命解釈しようとしていて、ある時ふと気が付きました。何と Jack Lee が演奏していたのは、単に PS Book No.3/P83 に掲載されているスコア(カッコで MacDonald Var. と記されたラインを省略せず)そのものでした。



 PS Book の楽譜は、"from ○○○○ setting" と書いてあっても、その実オリジナルを勝手に改変している例が多々ある、という事はこれまでも度々触れてきました(例えば⇒)。このケースも正にその例に漏れずです。MacDonald Var. とされて挿入されている部分は、実は Angus MacKay Setting と前後が上手く繋がるように、3連符の装飾音表記のみならず、その他の装飾音も都合よく改変されています。

 例えば最初の1小節はこんな感じ…。(左がオリジナルDMセッティング、右がPSバー ジョン)







 つまり、言うなれば「トラディショナル・スタイルの BtoB taorluath について、redundant B(私の造語)を除いてモダーンスタイルの BtoB taoluath に変更」と言った所でしょうか。

 その一方で、この悪辣な手法が通じない Var.1の2ndライン最終小節については、その様な変更をしていません。…が、しかし、ちゃっかりタイミングだけは変えている。







 事と左様に、 PS Books に於ける Primary Sources のオリジナルな姿からの恣意的改変には、重々気を付ける必要があります。Archibald Campbell Kilberry が 編集を取り仕切っていた Book10(1961 年)までは、特に要注意。改変自体が行き当たりばったりで首尾一貫していない為、オリジナルとは似ても似つかない物になって いる例が多々見られます。



 この様に、Jack Lee が演奏したこの楽譜は、ある意味では2つのセッティングの良いとこ取りをした《中途半端な解釈》と言えます。ですから、これま での私ならば、切って捨てていたかも知れません。
 しかし今回、私はこの Jack Lee の演奏自体には大いに魅せられました。

 最大の理由がJack Lee の演奏テンポが徹頭徹尾スローで情感溢れている事」です。

 2018年 Donald MacDonald Quaich の動画の 中で、Callum Beaumont によるこの曲の演奏を観る事ができます。《DMセッティングに忠実》という意味ではこの演奏の方が好ましいのは言うまでもありません。しかし、《表現の深 み 》と言う意味では、私は今回出会った Jack Lee の演奏の方を好みます。

 Facebook の記事の中でも、この曲の Malcolm MacPherson の演奏音源(PSライブラリーの6番目の音源)を紹介する中で "a historic recording that shows a slower speed than is often heard now, in the 21st century. " と記述されています。つまり、この曲に関しても、以前は現代に比べてかなりゆっくりしたスピードで演奏されていたのです。

 Urlar に 2:40も掛けて悠然と演奏している Malcolm MacPherson のその演奏ほどではありませんが、Jack Lee は通常のバージョンでも、今回のDM バージョンでも Urlar を 2:10 掛けて演奏しています。一方で、Callum Beaumont 1:50 と 20秒もアップテンポ。
 そのテンポの差はバリエイションに入っても同様で、Callum Beaumont14:40で演奏し終えてしまう同じ小節数(※)を Jack Lee 16:15と、1分半以 上も多く掛けてゆっくり演奏します。
 【※ Jack Lee が最後に Urlar を最後まで繰り返したと計算し、(DMセッティングには含まれない)Crunluath-a- mach(0:40)を除いた演奏時間の比較】

 いずれにせよ、Jack Lee のこの曲の表現を、私は大いに気に入りました。特に、DM セッティング(もどき)の Var.1(S&D)〜 Var.2(S&D)の表現については、やたら突っ走ってしまっている Callum Beaumont のそれとは全く別の旋律とも思える程に、情緒豊かな表現が印象的です。

 以前、Sister’s Lament について書いたパイプのかおり第27話の最後に 2018年9月に追記した際、「William MacCallum の演奏は中途半端なものだと分かった」と、否定的なニュアンスで書きました。
 しかし、今回の《ごちゃ混ぜスタイル》だが情感豊かな Jack Lee の演奏に出会ってみて「セッティン グと装飾音表現を、あれこれ良いとこ取りして好きな様に演奏する」のも有りなん じゃないか、と思える様になりました。今更ですが、ピーブロックの要はセッティング云々よ りも「その曲を如何に情感豊かに表現するか。」という事に尽きます。

 この PSセッティングのメリットは、割合とコンパクトなこの名曲をより長く楽しめる事。  
 Facebook の記事の "Putting this extra variation in does add 3 or 4 minutes to the length of the tune, but for one of the “great” tunes it is not over-long anyway."(こ のバリエーションを入れることで、曲の長さは3、4分長くなるが、「名曲」のひとつとしては、とにかく長すぎるということは ないでしょう。)という記述には、共感する所大です。

 
 Facebook の記事には、この DMバリエイション付き PS Book バージョンが 2022年 ObanInverness のシニア部門の課題曲になっていると書かれていました。様々な達人たちがどの様に表現するか? 今年の秋が楽しみです。

 こよなく愛する名曲 Lament for Patrick Og MacCrimmon についてあれこれ想いを巡らせる事が出来て、今日は実に楽しい一日でした。あ〜、これ だからピーブロックはやめられません。

2022/1/24
(月)

Pibroch Network
  2019年9月の J. David Hester の突然の逝去後、ほぼ2年間の休眠 状態の末に2021年9月、Alt Pibroch Club のサイトが更新された事は、2021年10月18日のこのコーナーで報告済み。…ですが、 それ以 来、新組織としての目立った動きは見られませんでした。例によって Barnaby Brown ならではのごくごく緩いペース?と言った風情。

 しかし、いよいよ本格的な再始動の気配です。
 1月22日夜に主要関係者によるオンラインミーティングが催された事が、1月23日付 Bagpipe News "A fresh start for pibroch inclusion" というタイトルで報じられました。

 記事に挿入されたリンク先を辿ると、どうやら後継組織のホームページは Pibroch Network(pibroch.net)と いうURLに移行した様です。相変わらず Alt Pibroch Club のホームページ (altpibroch.com)も存在していて、下部の同じページ にリンクしている場合もあり、そうでない場 合もあります(相変わらずのカオス状態)。

 Pibroch Network サイトトップページの Learning Living PibrochAPCのそれと全く同じバナーと文章) をクリックすると、以前のブログページを引き継いだ Pibroch Network Community Pages というタイトルのブログにリンク。そして、リニューアル最初の投稿が1/22付けの "Pibroch Network Webinar #1: Our Draft Mission, Vision, and Values" で、その中ではオンライン・ミーティングの様子も YouTube 動画としてアップされています。

 例によってサイトの構成がカオス状態なのは以前とさほど変わりません。
 ただ、Pibroch Network のトップページに APC Guide to Pibroch のバナーが表示される様になった事は、僅かな改善点。その他にも、サーバーが変わったらしくて、トップページの読み込みスピードが速くなっているの で、毎回ハラハラさせられる事も無くなりました。
 Webサイト制作の協力者も呼び掛けている様なので、今後、徐々にサイト構 成が整 理されていく事を期待したいと思います。

【1/29追記】
 早々にトップページのデザインや記載内容が変わりました。下部のペー ジタイトルも "Musical MaterialsCurated Pages" "Learning Living PibrochCommunity Pages" に変更されています。
 残念なのは、再び APC Guide to Pibroch のバナーがトップ ページだけでなく何処かへと消えてしまった事。

 ヤレヤレ。この混乱、まだ暫くは続くでしょう。

2022/2/9
(水)

The First Piper in Japan
  昨日、2022/2/8付け Bagpipe News に昨年7月に亡くなられた山根先生を回顧する記事が掲載されました。

 筆者はあの Jeannie Campbell。この方、 歴史を紐解く事に関しては当代随一。

 ご当人としては、日本との関わりは無いと思われますが、さすが長年 Seumas MacNeill の片腕を担っていた方。
 山根先生が世界のハイランド・パイプ界に果たした功績や日本に於けるハイランド・パイプ(バンド)育成の歴史について微に 入り細に入り詳細にレポートされています。

 ただ、山根先生のご逝去そのものについては、つい最近知られたのかもしれません。そのためか、記事中には「2022年2月 に91才で亡くなった…」と誤記されています。

 書かれている活動時期にかなり重なっている私としては登場する人々の名前が懐かしい限りです。

 1983年の Seumas MacNeill 初来日 の記事については "Piping Times" 1983年9月号で紹介しています。そこに書いてある様に、記事全文もアップしてありますので、どうぞご参照下 さい。(近日中にデジタル化されるので、著作権云々は今更無意味ですね。)

 BNの記事の冒頭の写真は "Piping Times" 1988年9月号Dr John N. MacAskill による記事からです。

 2番目のパイプバンドの写真は1980年代初頭の St.Andrews Night 出演時の記念写真です。後列中央は、当時まだパイプバンドの一員として活動していた私の様です。前列右端が山根先生。左端は夏目さんだと思います。

 この記事の中で山根先生が亡くなった時期については単純ミスでしょうが、それ以外にも「Seumas が1993年に再来日した」という下りは?です。

 Seumas の初来日以降、秋の日本ハイランド・ゲームに合わせて毎年の様に誰かしら一流パイパーが入れ替わり来日していましたが、1992年、1993年については ピーブロックに特別に詳しい Angus J. MacLellan さんが来日。
 私は当時すでに東京パイプバンドからは距離を置いていましたが、この2回については山根先生から同じピーブロック愛好者と して来日中の一日について Angus J. の面倒を見る(その見返りにピーブロックの手ほどきを受ける)事を頼まれた経緯があります。
 ですから、1993年に Sumas が再来日していたのであれば、私が会っていない訳は無いと思うのですが、私にはその記憶が有りません。…?

2022/5/9
(月)

Joseph MacDonald Memorial prize
 2022/5/6付け Bagpipe News"Ian K. MacDonald wins the inaugural Joseph MacDonald Memorial prize for piobaireachd" という記事が掲載されました。

 今まで聞いたことが無かった賞の名称なのでビビッと反応。

 アメリカ、サウス・カロライナ州チャールストンで新たに開催される様になった、ピーブロック・コンペティション(という か、リサイタル)のレポート。イベントは CDLT(Clan Donald Lands Trust)が 後援していて、ジャッジに Dr. Angus MacDonald が 来訪しています。記事中にリサイタル全体を収録した 2時間弱の YouTube 動画が張り付けられているのは有り難い限り。

 4人のパイパーが演奏していますが、各人とも素晴らしくチューニングされたパイプ、かつ演奏内容も非常に高レベルです。
 特に、好印象なのは各人とも最後の Urlar をきっちりお仕舞いまで演奏する事。恐らく、Dr. Angus MacDonald のアド バイスにより、彼が仕切っている Donald MacDonald Quaich で実践しているスタイルを踏襲しているのだと思われます。

 新しい場所での新しいイベントらしく、司会者の女性も含めて聴衆の多くがピーブロック初心者と想定されます。それ故なので しょう、この特殊な 楽曲の性格や、演奏前に何故チューニングが必要なのか等、解説も丁寧にされているのが微笑ましく感じられます。
 これまで何度も書いていますが、偏ったハイランド・パイプ音楽好きの聴衆よりも、この様な純真無垢な聴衆の方が素直にピー ブロックを鑑賞してくれるのが常。演奏後の温かな拍手からも、その場の和やかな雰囲気が伝わって来ます。

 なお、受賞した Ian K. MacDonald の曲は記事に書いてある Lament for Patrick Og MacCrimmon では無くて Lament for Donald Ban MacCrimmon です。

演奏者、曲目、演奏時間は次の通り。
  • Alex Gandy "Rory MacLeod's Lament" (9:06〜23:55)
  • Nick Hudson "Lament for the Laird of Annapool"(29:50〜47:40)
  • Ian K. MacDonald "Lament for Donald Ban MacCrimmon"(54:00〜1:17:45)
  • Ben McClamrock "Bells of Perth"(1:24:24〜1:38:38)
 各人とも、演奏前に5分間のチューニングタイムが与えられている様で、上記時刻の凡そ5分前からチューニングが始まりま す。チューニング自体も時間が限られているので、鑑賞していても退屈しません。

 最後の Urlar をきっちりお仕舞いまで演奏する事によって、それぞれの演奏は私の手元にあるその曲の音源の中で最も長い音源となっています。つまり、どれもたっぷりと楽 しむ事が出来るという事。

 特に Donald Ban に至っては24分超えとなり、ピーブロック最長の楽曲 "Lament for the Harp Tree" の各音源と並びます。Ian K. MacDonald のチューニングは 50分過ぎに始まりますが、Mary MacLeod 〜 Desperate Battle のバリエイションを淡々と奏でるそのチューニングから、Donald Ban の最後の Urlar まで、30分近くに及ぶ演奏を聴いていても全く飽きる事がありません。
 これまで、この曲は「いささか凡長に過ぎる」と感じていましたが、今回の演奏を聴いて、その様な印象がすっかり払拭されま した。甲乙付け難い今回の4人の演奏の中でも、やはり少しだけ頭抜けた名 演だと思います。

 ジャッジを務めた Dr. Angus MacDonald も、最後の授賞式の挨拶で「今回の4人の演奏は甲乙付け難かった」と言っていますが、それはお世辞などでは無く、率直な感想 だと思いました。

 その少しだけ頭抜けた一人を称えつつ、その他には順位など付けない(付けられない)今回の授賞方法も、好ましい考え方だと 思いました。実質 的にはリサイタルなのですから…。