ハイランド・パイプに関するお話「パイプのかおり」

第38話(2018/6)

マクリモンの伝統を伝える一本の細い糸
本土編 "George Moss" ライン


 Alt Pibroch ClubLearning Living Pibroch のコーナー(ブログ)で 2018年4月〜に "George Moss – the Master Piper from Strathglass" というシリーズ投稿が始まりました。投稿者はお馴染みの J David Hester ではなくて、初登場の Robin Anderson という人。6月17日現在、これまでに投稿されたのは↓の6つ。未だ目を通されて無い方は、いきなりこの投稿に目を通すよりは、まずはこの第38話を最後ま で読んだ後に取り組まれる方が、理解し易いと思います。後日、順を追って目を通される際に便利な様、一覧にしておきます。
  1. George Moss – the Master Piper from Strathglass Part 1(April 4, 2018)
  2. George Moss – the Master Piper from Strathglass Part 2(April 11, 2018)
  3. George Moss – the Master Piper from Strathglass Part 3(April 18, 2018)
  4. George Moss – the Master Piper from Strathglass Part 4 Supplemental(May 16, 2018)
  5. George Moss – the Master Piper from Strathglass Part 5(May 30, 2018)
  6. George Moss – the Master Piper from Strathglass Part 6(June 17, 2018)
 パイプのかおり第6話の "Masters of Piobaireachd" シリーズを紹介した文中で "Scottish Tradition Cassette Series" について触れています。そこでは書いていませんが、実はこのシリーズにはピーブロック関連として、マスターズ達と William MacLean による音源の他に、もう一つこの George Moss という人の音源が存在しました。リリースは1982年。
 マスターズ達の音源は CDシリーズに包括されるので新ためて入手する必要は無し。一方で、William MacLean の音源は必須と考え、その後何処かから入手しました。しかし、他の3人と比べると全くの無名と言ってもいい存在だった George Moss の音源については、ついに触手が伸びず仕舞い。

GM_Pibroch_CD.png それから更にかなりの年月が経過。このカセットシリーズはとっくに廃盤になっていました。ところが、この Moss シリーズ Part1で知ったのはこれらの音源が 新たに CDシリーズとして再構成の上、2015年に GreenTrax レーベルから再リリースされていた事。当然、George Moss の音源も入っています(⇒ CDジャケットから Green Trax のサイトにリンク)。そして、極めてマニアックなこの様な音源が、CDアルバムとして再リリースされるだけでも凄いのに、更に、なんと Amazon.com でダウンロード版も販売しているのです。カセットで買いそびれた音源が、MP3ファイルで入手できる時代。良い時代です。

 ただし、CDアルバムをダウロード版で購入する際には、例外的にデジタルブックレットとして付属している場合を除いて、ライナーノートの情報が得られませ ん。特にこの様なフィールドレコーディングの音源を収めたアルバムの場合は、何よりも学術的資料としての意義が大なので、採集された音源について詳細に解説されているライナーノートは極めて重要。欠かす事が出来 ません。
 ところが、そこは良くしたもので、Part1にはそのオリジナルのライナーノート/The accompanying notes to the Scottish Tradition Cassette Series No. 6 Pibroch – GEORGE MOSS(PDF ファイル)へのリンクが張られています。URLから推して、アップされているのは、このシリーズを企画した School of Scottish Studies のあるエジンバラ大学のサイト。いわば、このシリーズの公式サイト。こうなると、もう躊躇は不要。早速、Amazon.com からMP3ファイルをダウンロードしました。

GM_Pibroch_Casette.jpg  この記事を読み進められる際は、出来れば CDかダウンロード版の音源とライナーノートを手元に揃える事をお勧めします。少なくともライナーノートは必須。以降の文章はそれを同時に読み進める事を 前提に、ノートの注目点にスポットを当てて書いているので、本文が無いとほぼ意味不明です。(ライナーノートPDF はオリジナル・ジャケットからもリンクしています⇒)

 表紙、Contents、プロフィール写真に続いて P3Biographical Note があります。
 それによると、George Moss は1903年生まれ。10代初めから、その当時ピーブロックに関する随一の知識を持っていた Alexander(Sandy) Cameron(Jr./1848〜1923)に師事。Cameron が亡くなるまでの最後の8年間(Moss が12〜20才の頃)に、濃密にピーブロックの伝統を受け継いだ由。(参照:パイパー系図

 第一次世界大戦(1914〜1918)前後はピーブロックの演奏スタイルに  大きな変化の波が押し寄せた時代。19世紀初めに一部の家族がオーストラリアに渡った同郷 Strthglass のあの Fraser Family が伝承し、Moss が受け継いだ "Gaelic Style" は既に時代遅れに…。そのスタイルでコンペティションに入賞するのは難しくなっていました。その事が、Moss がコンペティション・フィールドに加わらなかった理由の一つ。
 この時代の殆どのパイパーは、伝統的なスタイルを捨てて、ピーブロック・ソサエティーが提示する新しいスタイルに転向。つまり、コンペティションで優秀な成績を収める道を選んだのです。しかし、Moss は頑なに伝統的スタイルを追求。Sandy Cameron が亡くなった後は、新旧両スタイルに通じていた John MacColl に師事します。

 伝統が変容するのを容認する事が出来ない Moss の思いは、彼をパイピング関係のメディアを通じて異議の声をあげる事に駆り立てます。しかし、それらはどれも成果を得る事は有りませんでした。コンペティション・サークルに於いて全く無名のパイパーの声は「犬の遠吠え」扱いだったのです。
 実際のところの Moss は、優れた技量を持ったパイパーであるだけでなく、在野の研究者としてゲール語やピーブロックの伝統に関する深い知識と強い探究心を持った人物でした。

 この "Scottish Tradition Cassette Series"Peter Cooke という民俗音楽学者によるフィールド・レコーディングによるもの。Cooke は1972年にある雑誌へ投稿された記事を目にして George Moss 名を知り、彼の元を訪ねます。
 最初の訪問の際、病気のため長年に渡って医者からパイプの演奏は止められていた Moss は、パイプどころかプラクティスチャンターの演奏すら出来なかったそうです。それにも関わらず、カンタラックによって幅広い知識とレパートリーを披露する事は、何ら支障なく可能だったとの事。
 Cooke
はその後11年間に渡って度々 Moss の元を訪れ、膨大なヒアリングを経て Cameron スクール最盛期のピーブロックの有様について、貴重な情報と音源資料を収集します。この音源はそれらの中からエッセンスを抽出したものです。

 編集前のフィールド・レコーディングのインタビューや演奏のオリジナル音源は、Tobar an Dualchais のサイトに大量にアップされています。Advanced Search 画面で、George Moss(in)Contributer でサーチすると、ジャスト50の音源がヒット。長いインタビューは30分前後あるので、全てを聴くには相当の労力を要しますが、それに相応する実り多い中身です。

 Biographical Note に続いて、P4中段〜P6に Note on the Music Transcriptions の項。
 ここでは、P5中段以降の cadence E の説明に注目。Angus MacKay 以降、introductory E を強調する表現が一般的になります。George Moss は「本来は装飾音の一つであるべきこの E音の過剰な強調は、正しいメロディーノートが見失われてしまう要因だ。」と、事ある毎に指摘。Moss の楽譜では、本来あるべき姿として、cadence E がバーラインの直前に書かれています。この件については Moss シリーズ Part5の主要テーマとなっています。
 さていよいよこのカセット/CDアルバムの音源を聴いてみましょう。このライナーノートが有難いのは、インタビューのやり取りを全て書き起こしてくれている事。これならば、ヒアリングに弱い私でもインタビューの内容を漏れなく把握できます。

 Side1最初の曲は Moss のシンギングによる "War or Peace"。ごく短く、このカセット/CDアルバムのプレリュードといった所。

 Side1-2 "MacGregor's Gathering" "MacGregor's Salute" の事。オールドスタイルなので、冒頭の shake on lowA の表現が birl スタイルではないのは言うまでも有りません。しかも、PS Book のスコアとは異なり、最初の LowA にアクセントが置かれて(伸ばして)います。最後の LowA を伸ばすのはストラスペイやリールのスタイルで、本来はこれが正しいスタイルとの事。

 Side1-3 "Pibroch of  Donald Duh(Black Donald's March)" は現在の物とさほど変わりません。ここでは Moss が語るこの曲のストーリーが聴きどころ。

 Side1-4 "The End of the Little Bridge" については、現代の音源が殆ど無いので比較しようがありませんが、楽譜上は大きな違いはなさそうです。

 Side1-5 "In Praise of Morag" でいよいよオールドスタイルの核心に迫ります。
 この曲に関して Moss がプラクティス・チャンターで演奏し、解説している内容は実に衝撃的。それは、現代の様にウルラールを3ビートで、バリエイションを2ビートで演奏するのは間違いであり、本来はウルラールも2ビートで演奏すべきだと…。Sandy Cameron は「ウルラールとバリエイションのビートは揃っているのが必然。もし、それらが異なっていたとしたら、それはどちらかが間違っている。」と語っていたとの事。実に説得力のある説明です。

 Side1-6 "The Blue Ribbon" でも同様の指摘が続きます。「一つの曲は最初から最後まで同一のビートで終始するのが本来の姿である。」と…。ここに書かれていのは、Moss の演奏を起こした楽譜ですが、インタビューの中に登場している Donald MacDonald's MS の楽譜も同様の表現になっています。つまり、Donald MacDonald の表現は概して伝統に忠実だという事。

 Side1-7 "The Desperate Battle and Port Mairi" は、つまりは "The Desperate Battle of the Bird" について。ウルラールとバリエイションが全く異なるこの曲のバリエイション部分は、"Port Mairi" というメロディーだそうです。
 しかし、ここで注目したいのは、Moss が受け継いだバージョンは PS の楽譜とはリズムとが異なっている事。このバージョンではバリエイション全体でタイミングが終始一致しています。また、E-note を長く伸ばす Cadence は、リズムを乱すので挿入すべきでは無いとの指摘。
 残念ながら、この Moss が受け継いだバリエイションの全体スコアは、Dr. Barrie Orme の "The Red Book" も含めて、私の現在の手持ちの楽譜集のどこにも見当たりません。出来れば完全な楽譜を手に入れたい所です。

 ↑の説明の最後に登場していた曲、Side1-8 "John Garve MacLeod's Lament" に続きます。カンタラックとプラチャンでの演奏。特に「プラチャンの練習とはこうあるべき」模範となる様な「ゆっくり、はっきり、丁寧な演奏」が聴きものです。

Moss_MaryMacLoed.jpg そして、いよいよこのカセット/CDアルバム音源の白眉、Side1-9 "Beat on Low A and The Lament for Mary MacLeod"
 これは、正にショッキングと言っても良い内容。今まで長年親しんできたスタイルは一体何だったんだ? この曲の本来のあるべき姿が明らかに…。
 19世紀の著名なパイパー達が皆その様に演奏していたというこのスタイルについては、極めて理にかなったその理由とともに、ただただ首を垂れて受け入れるのみです。次の言葉が全てを決定づけます。
 "The way I play it is the correct old way, not because I say so, but because the tune requires it."

 冒頭で紹介した Moss シリーズ Part 2 ではこの曲の本来のスタイルを特徴づける様々な表現について詳しく解説。Tobar an Dualchais のサイトの長大なインタビュー&実演音源の中から、聴くべき重要ポイントが秒単位で細かく案内されているので、Part2に取り組まれる際は是非聞いてみて下さい。
 このカセット/CDアルバム音源ではバリエイションの1行目までしか聴くことができませんが、Tobar an Dualchais のサイトにはオリジナルのフル演奏音源がアップされています。これもまた、必聴。

 Side1-10 "Chisholm's Salute" はこのCDでは唯一のパイプによるフル演奏音源。Angus MacKay の楽譜との違い(間違い)が明確に説明されています。オールドスタイルの Taorluath と Crunluath をたっぷり堪能あれ。
 Moss シリーズ Part 3 ではこれらオールドスタイル Taorluath & Crunluath が主要テーマ。サブタイトルの "Taorluath and The Not-So-Redundant A" (下線部引用者)に強く共感します。

 Side1-11 "The Rout of Glenfruin" でも、清く正しい hiha_rin が心地良い。PS Book-8 P221の楽譜と見比べながら聴くとその違いがよく理解できます。

Crunluath-a-mach.jpg  カセットのサイドが代わって Side2-1 Pibroch Variations は19分を超すインタビュー音源。Moss による解説を聞きながらじっくりと読むべし。私は冒頭の説明を聴いて "pio-air-eachd" (b が抜けてる?)と "Ceol Mor" の微妙な意味の違いをもう少しきちんと認識すべきだったと少々反省しました。

 続いて、"The Glengarry's Lament" などを例にピーブロックの構造を丁寧に説明。オールドスタイルの leumluth も聴く事ができます。
 特に興味深いのはオールドスタイルの crunluath-a-mach と現代の crunluth-a-mach の違い関する説明。オールドスタイルでは、現代の様に最後の E を伸ばしてそこにビートを置くのではなく、あくまでもメロディーノートを強調するように、最初のテーマ音を短く2番目のテーマ音を若干長く保ってそこに ビートを置くように表現するとの事。

 Side2-2 "Clan Chattan's Gathering" は Var.4 までのパイプ演奏音源。introductory E がバーラインの前に表記されている事を除けば、PS Book-2 P63 と大きな違いはありません。もちろん、hiharin は清く正しいオールドスタイル。
 この音源では、最後の30秒程のインタビュー部分の書き起こしが抜けています。この曲については、Moss も印刷物から習得したとの事。最近の人々の様に自分も PS Book などから習得する事もあるけど、そのままを踏襲する事は稀だと…。あくまでも他人の演奏を聴いた経験をベースにする、と言っている様です。

 Side2-3 "Catherine's Lament" はプラクティスチャンターによる Urlar 1行目の前半部分。

 Side2-4 "The Lament for MacDonald of Kinlochmoidart(No.1)" はプラクティスチャンターによる Urlar 1行目。この曲についても Tobar an Dualchais のサイトのここでパイプによるフル演奏音源を聴く事が出来ます。徹頭徹尾丁寧なオールドスタイルの taorluath、crunluath を味わうべし。

 Side2-5 "The Big Spree" では、Var.1が PS Book-1 P11 では、B-grip-C となっていますが、オリジナルは C-grip-C であるとの事。確かに、Donald MacDonald's MS でもその様に表記されています。やはり、Donald MacDonald の楽譜が伝統に忠実な表現のもう一つの例。この曲についても Tobar an Dualchais のサイトのここでパイプによるフル演奏音源を聴く事が出来ます。

 カセット/CDアルバムの音源については以上です。

 さて、Robin Anderson による Moss シリーズ Part4の投稿前後に、このシリーズをフォローする形で、Peter Cooke 自身から、自らのサイトに George Moss の表記による楽譜を複数アップした旨の投稿がありました。Peter Cooke は 1930年生まれですから、今では Moss が鬼籍に入られたお歳頃だと思われますが、まだまだお達者の様です。
  1. Peter Cooke – More Notes on George Moss(May 9, 2018)
  2. George Moss notations(May 20, 2018)
 紹介されている Peter Cooke のサイト"George Moss : pibroch notations" の冒頭で Cooke は次の様に書いています。

 "During my 30 years of fieldwork amongst Scottish musicians I found George to be the most authoritative and knowledgeable piper I met."

 Cooke のこの言葉を待つまでも無く、私はこのインタビュー&模範演奏を聴いて、明解かつ理路整然とした Moss の説明にただただ首を垂れるのみでした。今まで何となく不自然に思えていた音並びが、どうして不自然なのか?が次々と明快に説明されて行く様は、正に目から鱗が落ちる状態。
 全てを聴いた後に湧き上がる想いは、長年の四面楚歌の中、決して挫ける事なく真の "Gaelic Style" の伝承に一生を費やしてくれた George Moss に対する最大限の敬意。よくぞここまで伝統を繋いでくれた、…と。そして、「もしも、このたった1人の奇特なパイパーが居なかったとしたら…。」と考えると背筋が寒くなります。

 その反面、1903年のピーブロック・ソサエティー設立の意義は一体何だったのか?という大きな疑問が湧きます。20世紀半ばまでのソサエティーを牽引したアマチュア権威 者たちが、第一世界大戦後のピーブロック文化に対して行ったのは、正に伝統・文化破壊以外の何物でも無かったという事が、更に明確になったとも言えましょう。

 遡る事10年前、2008年3月の BBC Radio Scotland "Pipeline" で、あるインタビュー音源がオンエアされました。
 それは、Moss が亡くなる(1990年)数年前の1986年、当時 83才の Moss に対して David Murray によって行われたインタビュー。興味深いのは、このインタビューには John D. Burgess も同席している事。そして、インタビューの合間に、BurgessMoss のスタイルによる "Chisholm's Salute""Blue Ribbon" を演奏をする音源が挿入されます。David Murray にオールドスタイルでの演奏の感想を聞かれた Burgess が "Very comfortable, very comfortable 〜" と答える様子が印象的です。曲の流れが極めて自然である事に起因する「心地良さ」は、演奏者としての率直な印象だと思われます。
 このインタビューでは、自身と Fraser 一族との血縁関係、そして彼らを介したマクリモンとの繋がり、清く正しい two taps の hiharin が、指穴の上を高速にスライドさせる birl スタイルに変容した経緯などについても、詳しく語られます。
 Murray が「(オールドスタイルから現在の)スタイルの変化は一体いつ頃に起きた事と考えるか?」という問いに対して「それは、最初の PS Books(1904〜13年)と現在の PS Books(1925年〜) の間の時期だ。」と明確に回答。確かに、オリジナル PS Books のスコアは Moss の伝承スタイルに多くの点で共通しています。
 また、現行の PS スタイルとの最も大きな違いとして「introductory E を強調しずぎる表現」について解説。それを受けて、John Burgess が「その傾向は1960年後半に特に顕著になった。」と証言。プラクティス・チャンターで新旧の比較を実演しながら応じます。
 このインタビュー音源については、当時はその意義が全く解らなかったにも関わらず、幸いな事に何故かちゃんと録音してありました。今思えば、恐らく見えない手による仕業だったのでしょう。

 インタビューの最後に、David Murray が「あなたは、生涯の大半をピーブロックについて考え(thinking)、演奏し(playing)、勉強する事に(studying)に捧げてきたと思うが、あなたにとってそれ(ピーブロック)は何を意味しますか?」と問います。それに対して、Moss が何やらモゴモゴと答える最後の言葉に深い感動を覚えました。それは、

  "I have been a student of piobaireachd all my life, piobaireachd is my life." 

GeorgeMoss.jpg …という一言。 "student" という言い方に「主役はあくまでもピーブロックで、自分はその弟子にしか過ぎない。」という強い想いが表れています。"Lament for Mary MacLeod" の項で紹介した "〜 the tune requires it" という言い方にも通じる、Moss の各々の曲に対する心からの敬意が感じられるのです。

 他人だけでなく文化そのものに対しても、全てを上から目線で見る事しかできず、結果として文化・伝統を平気で捻じ曲げる事もしかねない、どこぞの貴族階級の人々とは異なり、何事にも謙虚な Moss の人となりに心動かされます。

 私は、マクリモン一族以降、現在までのあらゆる著名なパイパーの誰よりも、この George Moss の生き様に最も深い感銘を受けました。出来る事なら1990年以前のスコットランドに瞬間移動して、この人の手を思い切り強く握り締めたい…。

 最近では、APC の J David Hester た ちによって古い楽譜やカンタラックが読み解かれ、多くの曲のオールドスタイルが《復元》されています。しかし、その様にして《復元》された表現に関して は、率直に言ってどこかストンと受け入れられない微かな違和感が有るのは否めません。その違和感は何か?と自問しても明確な答えは出ませんが、少なくともその理由の一つは、文字や楽譜からは厳密には伝えきれない筈の「復元された演奏のテンポ」に対する疑念かもしれません。

 それに対して、George Moss が伝承してきたのは、表現の全てが一点の曇りもなく正真正銘の生き(延び)たオールドスタイルその物。マクリモンの伝統その物です。私は、Moss のこの音源によって初めてオールドスタイルの真価に気付かされ、そして、すぐさまその魅力の虜になってしまいました。

 ここまで読み&聴きして来て、George Moss の伝承してきたオールドスタイルに興味が湧いてきたとしたら、いよいよ冒頭で紹介した George Moss – the Master Piper from Strathglass Part1〜5に じっくりと(決して焦らず)目を通してみては如何でしょう? それぞれの投稿自体の量は決して多くはありませんが、リン ク先に丹念に目を通し、耳で聴くのはそれなりの時間を要します。しかし、それはマクリモン伝統のピーブロックの真の姿を理解し、今後の人生をピーブロックと共に過ごしたい方に は、極めて有意義かつ楽しい時間となる事と思います。

 Moss シリーズ Part1で紹介されている "The Voice" Vol.44, No.3・Fall 2015 には、このカセット/CDアルバムのレビューが掲載されています。それと併せて、Moss の甥である James Hamilton によるエッセイが有り、叔父からオールドスタイルのピーブロックを受け継いだ Hamilton の目を通じて Moss の人となりが丁寧に描かれています。
 そのエッセイの最後に、David Murray によって18年前の "The Voice" に投稿されたという "The Marverick - George Moss" と題された追悼文が引用されています。Moss の人生と功績を敬う心温まる文章なので、私の今回の記事の締め括りとして再度引用させて頂きます。

 "..until his death he continued to pass on verbally and in canntaireachd the older traditions to all those who had ears to hear – they were mighty few – and this writer in particular is indebted to George for many happy hours spent in his company as a seeker after knowledge about Piobaireachd. He unlocked many a hitherto-closed door and showed how our modern stereotyped and literal interpretation of the printed score blinded us to the hidden beauty which lies beneath the surface of even the most banal tunes."(by David Murray from "The Voice" magagine)



 オールドスタイルのピーブロックを伝承し続けた重要なラインとして、もう一つ、19世紀前半にオーストラリアに渡った Hugh Fraser 〜 現地生まれの息子 Simon Fraser のラインがあります。Murray のインタビューでも聞ける様に、MossFraser は遡れば血縁関係。
 Moss のインタビュー&演奏音源でオールドスタイルに真に目覚めた私は、当然の帰結として、Fraser スタイルの演奏を収録した Dr. Barrie Orme のアルバムにのめり込む事になります。そんな Fraser ラインについては、次 のパイプのかおり第39話「マクリモンの伝統を伝える一本の細い糸ーオーストラリア編 "Fraser" ライン」で紹介する予定。ただ、このラインについての文献資料や音源を十分咀嚼するまでには、それなりの時間が必要だと思われます。実際に第39話がアッ プできるのは少々先の事になろうかと…。

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