パイパー森の音のある暮らし《2008年
2008/2/3
(日)

ヨガの勧め

 2006年8月にも書いたように、パイパー森はピーブロックをたしなむハイランド・パイパーのはしくれとして、パイプを演奏する際には何よりも良い姿勢で凛々しく演奏する事にこだわります。

 しかし、その強い願望とは裏腹に、体調が万全でない時、あるいは、リードが堅くてハードな時、はたまた、単に長い曲を演奏していて疲れて来た時には、自分の姿勢がどんどん悪くなってくるのが分かります。私が家の中でいつもパイプを演奏しているクローゼットの壁には、全身を写す姿見があるので、自分の姿勢がどんな風なのかが直ぐに解るのです。
 私の場合、そのようなシチュエーションで良い姿勢が保てなくなると、顔が僅かに左を向いて目線が下を向いてしまいがちになります。

 演奏中の自分の姿勢をなんとかして清く正しく保つためのトレーニングの一つとして、ちょうど目線の高さにあるクローゼットの作り付けの棚のラインに目線を保持して演奏する、なんて方法で努力しますが、それでも直ぐに棚から目線がそれていることが往々にしてあります。

 このような自分の姿勢をなんとか矯正しようとずっと頭を悩ましてきましたが、最近、ある根本的なことに気が付きました。
 姿勢を良く保つためには、なによりも「自分自身の重心を意識して、それが、前後左右にぶれることなく常に身体の中心にぴたりと位置するように保持する必要がある。」ということです。そして、そのためにはヨガがイチバンだと…。

 そういえば、ピーブロック名言集に引用した言葉の中に「ピーブロックは偉大なヨガ・ミュージックだ!」というのがありましたね〜。


 ここまで書くと、パイパー森がすごい悟りの境地に至ったかのような感じですが、実は、そんな崇高なことではなくて、私が言うところのヨガってのは、今をときめく NINTENDO のゲーム機 Wii のソフト“Wii Fit”でやるヨガのことなんです。アハハ…。

 いや〜、でも、これはバカにできません。これって本当に優れものです。

 普通、「自分自身の重心を意識する」こと、そして「その重心を自分の身体の真ん中に持ってくる」なんてことは、余程のヨガの達人にならなくては会得できないでしょうが、“Wii Fit”に付属している“バランス Wii ボード”の上なら直ぐにそれが体感できるのです。(“Wii Fit”“バランス Wii ボード”についてご存知無い方は Wii Fit のサイトで…。)

 “Wii Fit”で は、その日最初に起動するとまずは身体を測定するのですが、その際にまず自分自身の重心の動きも表示されます。また、トレーニング・プログラムにあるさま ざまなヨガのポーズをする際にも、重心の動きは刻々と表示され、バランス良く重心が取れているかどうかが得点として表示されます。

  私が最初に身体測定をした時は、その重心は身体の中心からかなり離れた場所にあり、また、測定中にあちこち動き回っていて、それは酷いものでした。しか し、毎日の身体測定時、そして、さまざまなヨガのポーズをする中で、常に身体の中心と重心を一致させるということを意識するようになると、不思議なもので 道を歩いている時や電車の中で立っているときなどにも、自分自身の重心を意識するようになります。そして、そのお陰で私の姿勢はかなり改善されたように思 えるのです。
 そして、当然ですが、このことにより、パイプを演奏するときの姿勢にも良い影響がでてきました。背筋が伸びあごが引け身体の線がシャンとして、目線を一 定の高さに保つのが苦しくなくなってきたのです。理想とする凛々しいパイパーの姿に少しだけ近づいてきたような気がしてきました。


 皆さん、“Wii Fit”でするヨガで、偉大なヨガ・ミュージッックであるピーブロックを凛々しい姿で演奏する素敵なパイパーになりましょう!

2008/3/2
(日)

タリスカー18年

 巷のお酒の席でウイスキー離れが顕著なようです。
 しかし、私が成人してお酒の席に(いやいやながら)付き合わなくてはならなくなった1970年代の酒席では、乾杯のビールの後のメインのお酒と言えば日本酒&ウイスキーの水割りというのが定番でした。
 酒席の片隅には必ずウイスキーのボトル(多くの場合はあのダルマ=サントリー・オールド)が氷のバレルと水の入ったピッチャーと共に置かれました。そし て、後輩&女性は先輩&男性の好みに合わせて、ウイスキーを底の方にちょこっと入れたグラスに氷をドカドカ入れ、水を加えてキンキンに冷えた「ウイスキー の水割り」を作るのが常でした。
 私は、日本酒と水割りウイスキーの両方とも苦手でした。日本酒はあのお燗されたお酒から立ち上るホンワリとした独特の香りが、そして、ウイスキーは冷たさ&水っぽさが…。

 そんな状況下で私が酒席をこなす処世術(と言う程のことではありませんが…)は、真っ赤な顔で「もう酔っ払ちゃいました」って風を装って、ビールをちびりちびりやりながら何とか時間をやり過ごすということでした。
 後日、ウイスキーの水割りが焼酎の○○割りに取って替わられる時代になると、ワインも酒席に上がる様になり、乾杯のビールの後はワインをちびりちびりってこともありました。
 つまり、このようなお酒の本当の味を楽しむということとはほど遠い、単にアルコールで酔っぱらうという事を目的とした酒席をいくら経験しても、私はいつまでたってもお酒が好きになれないままでした。


 そんな私が、純粋に「このお酒、美味しいな〜?」っと思うことが稀にあります。
 その一つは、あちこちにアイリッシュ・パブが出来たお陰で日本でも気軽に味わうことが出来る様になったギネスのビールです。ただし、瓶&缶入りはダメ。 ちゃんとサーバーから丁寧に注がれたあのクリーミーな泡が盛りあがったモノに限ります。人によっては「泥水」と言って忌み嫌う、あの焦げた様な濃厚な味が 私はたまらなく好きです。

 そして、もう一つのお酒は、スカイ島唯一のシングル・モルト・ウイスキーであるタリスカーです。このお酒に辿り着いた経緯は2007年5月に書いたとおり。


 さて、今朝、毎週日曜日の日経新聞に挟み込まれている大判のビジュアル・ペーパー“THE NIKKEI MAGAZINE”をめくっていると、いきなりそのタリスカーの全面広告が載っていてびっくり。
 寒々とした暗い海から立ち上がった小高い山が霧に煙る「いかにもスコットランド!」という風情の写真をバックに、私の愛飲する(…って、1年以上前に購入した1本目がまだ終わっていないんですが…。)タリスカー10年のボトルがド〜ンと写っている。
キャチコピー曰く…、

TAlisker2なにも育たない土地で、
育っていたもの。

不思議だ。
麦もろくに生えやしない、最果ての島に、
なんで蒸留所を造る必要があったんだ。
スカイ島を初めて訪れる人は、そう思う。
この島でしか育たないものが、ひとつある。
孤高の精神だ。
荒れ狂う風雨がこの島を、歴史から隔てて来た。
まじらない、屈しない、島民の精神が、
流行に惑わされない、
唯一無二の味を生み出したんだ。
のどを通り越し、胸の中にしみいる熱。
口から鼻腔に抜けていく、スモーク。
火と煙のシングルモルト、タリスカー。

 いや〜、カッコイイ!
 …で、ふと反対側のページを見ると、ある著名な写真家がこの広告写真を撮影した際のいきさつが載っていました。つまり、ルポ風記事と合わせた2面広告って訳。

Talisker1 そのルポの中では、最終的に採用されたその写真の他に、その写真家がこの広告の為に撮り下ろした4枚の写真が掲載されています。それらは全て同じアングルの写真なのですが、それぞれ見事に風情が異なります。
 この撮影のためにスカイ島に5日間滞在したというこの写真家は
「太 陽が出たと思ったら、次の瞬間には雲が出て、霧が立ちこめ、雨が降り、嵐になる。そしてまた太陽が顔を出す。スカイ島の天気はこの繰り返しでした。スコッ トランドの天候はよく『一日のうちに四季がある』と例えられますが、スカイ島の天候は、それをもっと劇的にした感じです。」と語ります。
 さらにルポ風の宣伝文は、最後をこんな風に締めくくります。
 
「舌 の上で爆発するような」「力強くどこまでも男性的」「ピートとコショウの強烈なフレイバー」「海と火山を感じる」など、タリスカーを形容する言葉は、ほか のどのシングルモルトとも明らかに異なる。170年におよぶ伝統の製法と職人の技、そしてスカイ島という自然環境が育て上げた琥珀色の一滴、それがタリス カーだ。この豊かな個性は、一度体験したら忘れられないだろう。

 う〜ん、お酒にはからっきしダメだった私が初めて「本当に美味しい!」と感じて虜になってしまったウイスキーは、こんなにも個性的でディープなシングル・モルトだったのですね。

 ちなみに、Google Earth で割り出したこの写真の撮影ポイント(湾を挟んで Cuillin 山を仰ぎ見る位置)は次の場所のようです。

PhotoSpot1
 地名で言うと Elgol という場所。Google Earth で検索するとツアーガイドが有り、Cuillin 山を写した沢山のフォトが投稿されていますのでぜひご覧下さい。参考までに、その場所のストリートビューから晴天時のこの場所の写真を…。本当に随分とイ メージが違うものですね。PhotoSpot2


 さて、その広告ページの一番下にはご他分にもれず広告主“MHD ディアジオ モエ ヘネシー”が運営するサイト SINGLEMALT.JP の URL(※) が書いてありました。
 タリスカーも含めて幾つものシングル・モルトが紹介されたそのトップページからシングルモルトニュースのページに目を通すと、またまた何度もタリスカーという名前が出てきます。
 どうやら、3年程前にタリスカー蒸留所では、これまでの10年物に加えて18年物を定番化したということ(新発売記念 テイスティングイベント)。そして、そのタリスカー18年は2006年、2007年と2つのコンクールで相次いで世界最優秀の称号を得たということです。 (2006年のコンクールでは、10年物も部門賞受賞とのこと。)

(※2012現在、このサイトは無くなったようです。代わりに MHD のサイトの中の Talisker のページや、2012/2/9 からオープンした Facebook のページをご参照ください。)

 男性的で荒々しいというタリスカー10年に比べて、さらに年数を重ねたタリスカー18年について、コンクールの審査員の一人は「エレガントで、素晴らしいスモーキーさとかすかな甘いフルーツのとのバランスが保たれている。グラスの中と舌の上で絶えず変化し続ける。穏やかな味わいの波が押し寄せ、上等なバランスとクラシックなペッパーを感じるフィニッシュ。とぎれなくつづいていく」とコメントしています。

 この二つの年代物の対比を私なりにピーブロックの世界に置き換えてみると、タリスカー10年が Donald Mor と彼の作品、そして、タリスカー18年は Patrick Mor と彼の作品、という風にバッチリ当てはまるような気がします。


 はてさて、それではこの次は「なにも育たない土地」スカイ島が育てた二つの至宝、世界最高のシングル・モルト・ウイスキー、タリスカー18年を取り寄せて、マクリモン最高のコンポーザーである Patrick Mor の最高傑作“Lament for the Children”を聴きながら、じっくりと味わってみることにしましょう。
 おっと、その前に現代のマクリモン・パイパーである
Euan MacCrimmon が 2006年のグレンフィディック・チャンピオンシップで演奏した“Mrs MacLeod of Tallisker's Salute”の音源でも聴きながら、まだ残っているタリスカー10年を嗜むとしますか。

2008/7/26
(土)

ピーブロック・ソサエティー・サイト

 最近つ くづく感じ入るのはあのピーブロック・ソサエティーも徐々に変わりつつあるということ。いつの間にかリニューアルされたサイトは、どうしようもなく古くさ いデザインで、かつ、とてつもなく使い難かった以前のサイトとは見違える程にスマートで、ごく当たり前のように使い易い。
 そして、充実したリンク一覧や、今回紹介したように Manuscripts のインデックス・ページからは pippetunes.caCEOL SEAN のサイト経由のページににダイレクト・リンクが張られるなど、以前の様な頑なまでの閉鎖性もすっかり陰をひそめて、非常にオープンかつ有用性の高いサイトになっています。

 ここで、いくつかの新たなお薦めポイントを紹介しましょう。

トップページのバナー右側“Newflash”のコーナーには、その週の BBC Pipeline や CoP Radio でオンエアされているピーブロック音源について、そのタイトルと演奏者の情報が表示されています。
●同じくトップページのセンターでは、BBC レコーディングのアーカイブからの名手たちの演奏音源や映像などが折々アップされます。
●トップページの他にも、左側メイン・メニューの一番下“Sound Clips”のページには、過去の名手たちによる様々な曲(曲によっては必ずしも1曲分全部ではない)の演奏やインタビューなどがアップされています。どれも、非常に貴重な音源ですのでまめに聴いておくことをお薦めします。時々新しい音源に入れ替わります。
●バナー上のメニューの中“FAQ's”のコーナーは、かなり突っ込んだ内容の「質問」に対して、非常に濃い内容の「回答」が細かい文字でびっしりと書かれているので、丹念に目を通せば良い勉強になります。

 このサイト、なんてったってピーブロックの総本山のサイトですから、これらの新しいページに限らず、様々な楽譜集のインデックスや年次カンファレンスの概要報告、そして、Roderick D. Cannon の“The Making of Thomason's Ceol Mor”といったような論文がまるまる掲載されるなど、元々中身は非常に濃いものでした。
 リニューアルされフレンドリーで使い易くなったこの際、せいぜい頼りにしてますますピーブロック通になりましょう!

2008/8/24
(日)

ピーブロックが生まれ育った
時代

 ここ10数年間、我が国では(小さな波は有りながらも)ケルト文化にスポットが当たる日々が継続しています。そのお陰でケルト関連の出版物については、日本人による書き下ろし、翻訳物ともに数えきれない程出回っています。
 試しに Amazon の和書で「ケルト」と検索してみると、ざっと170冊以上がヒットします。また、昨今のシングル・モルトブームなどにも表れているように、旅行や文化の対 象としてのスコットランドはいつでも人気の的。先ほどと同様に「スコットランド」で検索するとさらに沢山、なんと260冊以上がヒットします。

 そ れらの中のいくつかは読んだものも有りますが殆どは未読です。正直に言えば存在すら知らなかった本ばかり。1970年代初頭、私がブリティッシュ・トラッドに馴染み始めた当時 だったら、ケルトやスコットランドなどという言葉がタイトルに入っていれば、片っ端から入手して読み耽ったことでしょうが、今ではそのような日本語の本は 殆ど読まなくなってしまいました。
 それは、そういった類いの本のリリースが余りにも膨大で到底フォローしきれない事。また、玉石混合なそれらの中から玉に当たるまで、石をかき分けるだけの余裕が無くなったことが大き な理由。そして、もう一つは自分自身の音楽嗜好がいよいよディープになるにつれて、読むべき本の対象が現地でリリースされるごく専門的な本に限られるよう になってしまったことがあります。

 そんな訳で、ケルトやスコットランドといったキーワードを頼りに本屋さんをうろつくこともとんと無くなった昨今ですが、先日、友人との待ち合わせの時間潰しにたまたま立ち寄った本屋さんで、偶然に「上玉」の本と出会いました。「スコットランド 歴史を歩く」(高橋哲雄著/2004年)という岩波新書
 ざっと目を通したところ中々良さげだったこと、そして、何よりも安価な新書版なので「待ち合わせまでの時間潰しに丁度いいかな。」というごく消極的な理由で、久しぶりに日本語で書かれたこの手の本を購入しました。


 しかし、読み終えてみるとそれは実に蘊蓄に富んだ内容で大変勉強になりました。
 これまで、もスコットランドやイギリスの《歴史》に関する本は幾つか読みました。しかし、それらの本とこの本は少々趣を異にします。確かにこの本のタイ トルには《歴史》という言葉が入ってはいますが、この本ではスコットランドに人々が居住し始めてからの歴史を延々と記述している訳ではありません。

 この本の扱っているのは、宗教改革(1560年)から19世紀初めまでのおよそ2世紀半の近世史イングランドと共通の王を戴くようになった同君連合(1603年)から名誉革命(1688年)を経て、イングランドとの議会合同による合邦(1707年)で頂点に達し、そのいわば揺れ戻しに当たるジャコバイトの乱(1745〜6年)に至る間。この約140年間にスポットを当ててスコットランドのナショナル・アイデンティティ確立の歩みを振り返ります。そして、さらに18世紀半ば以降の西欧の「啓蒙の世紀」に於いてめざましい存在となった「スコットランド啓蒙運動」の成果を、その時代の歴史に名を残す多彩な人物たちを通じて、概観します。

  Donald Mor MacCrimmon の生年は1570年。そして、Donald Mor から数えて5世代目に当たる最後のマクリモンたる Donald Ruadh の没年が1825年。そして、John Ban MacKenzieAngus MacKay が活躍したのは正に19世紀の前半です。
 つまり、この本が扱っている時代は、スコットランドの民俗音楽の歴史の中で、マクリモン一族によってピーブロックという音楽様式が登場し、さらに高度に発 展を遂げて見事な芸術として花開かせた時代。そして、マクリモン以後のマスター・パイパーたちがそれらの伝統を着実に伝承した「ピーブロックが生まれ育った時代」そのものです。


  しかし、私にとってこの本が蘊蓄に富んでいると感じたのは、単に扱っている時代がピーブロックの時代とダブっているからという訳ではありません。なにより も、正にその時代こそが「スコットランド人のナショナル・アイデンティティの確立の要となった時代だった」ということが、具体的な事例を基に実に 丁寧に説明されていいたからです。その結果、様々な時代背景とある特定の事象の意味が、まるで霧が晴れる様に理解できるようになりました。
 細かい事例はとても紹介しきれませんが、一例で言えば、1778年に The Highland Socity of London(ロンドン・ハイランド協会)が設立された時代背景とその意味するところが、実のところ初めて理解できました。正に目から鱗が落ちる思いでした。

 本の後半では、何事にも《実》の世界を求めるスコットランド啓蒙運動の特質が克明に解説されています。そこに登場する偉人たちの名前を単純に羅列しただけでも、膨大なリストになります。スコットランド人が近代史に残した甚大な成果について改めて認識させられました。(例えばこんな感じ、アダム・スミス、ジョン・ミル、ディヴィッド・ヒューム、ジェイムズ・ワット、カーネギー、アラン・ラムゼイ、サー・ウォルター・スコット、スティーブンスン、リヴィングストン、クック、ロバート・アダム、チャールズ・マッキントッシュ、etc.…)

  19世紀の一部の進歩的なパイパー、パイプメイカーたちが、それまで口承されていたピーブロックを譜面に書き下ろし、印刷物や写本 として後世に伝えるといった活動が何故あれ程盛り上がったのか? その事も、当時の活発なスコットランド啓蒙運動の成果だということに気付かされたので す。

 もう一つ、大きな意外な事実を知りました。それは、スコットランドの揺るぎないアイコンとでもいうべき《クランの固有タータン》という概念が、実は長い歴史のある伝統では無かった事。クラン・システムが実質的に崩壊した後世になってから、コマーシャルベースで、意図的に創り出された新しい《伝統》であるという真実です。


 既に 2004年に出版されていたこの本、手軽な新書版ながらピーブロックの生まれ育ったスコットランドの時代背景を知るためには、なによりも必須の参考図書です。

⇒ 関連記事 "Piping Times" 1988年3月号

2008/8/27
(水)

森のステージの《音環境》

 お盆明けから蓼科に来ています。

  今年は、我が家がこちらに来た途端に全国的に前線が繰り返し到来し雨模様が続き、気温も下がってすっかり夏が終わってしまったかの如く。ここ蓼科でも 2003年の異常気象の夏と同様(今年の場合は既に8月も下旬ですが…)に雨がちで気温も低く、毎朝暖炉をガンガン焚いて部屋を暖める始末です。でも、な んせ山の天気なので、晴れる時はそれなりにカーっと強烈な陽が刺して爽やかな夏の陽気になります。


 ところで、2005年7月に書いたように、私が勝手に「パイパー森の専用ステージ」と称していた森の中のウッドデッキのステージは、当然ながらあの夏以降、勝手には使えなくなりました。そして、それ以来、パイパー森の蓼科でのパイプの演奏場所は標高1900mの木立の中になっていました。

  ところが、今回山荘に到着した日の夕方、一年振りの体力測定の意味で例のステージのある場所まで、自転車で国道を標高差150m(距離はおよそ2km)の ヒルクライムをしたところ(一度も休まずに一気に登れたのでひとまず今年も合格!)、時間は5時をほんの少し回ったところでしたが、なんと入り口にチェー ンが掛かっていて、敷地内にはもう誰も居ません。チェーンはあくまでも車の進入を止めるためのものですから、チェーンを潜って中に入ってしまえば、誰に咎 められることもなく敷地内を勝手に散策することができます。
 山荘に帰ってから蓼科八ヶ岳国際自然学校のHPで 確認したら、この時期は小中学校の夏休み時期に合わせて「親子自然体験教室」として各種プログラムが準備されているようですが、特に宿泊のメニューでも無 い限り、それらは全て午後5時には終了するとのこと。どうやら、5時以降ならば「森のステージ」は以前と同様に使えそうです。シメシメ…。


  日を改めて、今日5時過ぎに出掛けてみると先日と同様に入り口にチェーンが掛かっていて誰も居ません。チェーンの外側には十分な駐車スペースがあるので、 以前と同様にそこに車を停めると、パイプケースを下げて100m程奥まった所にある懐かしい森のステージに向かいます。

 3年ぶりの森のステージは、以前は所々朽ちて穴が開いていたウッドデッキや、今にも崩れそうだった丸太の手すりや階段などが丁寧に補修され、以前にも増して居心地が良くなっています。
 早速、パイプを出して演奏を開始。やはり、今回ばかりはラメントじゃなくて喜びを込めて十八番の "The Desperate Battle of the Birds" を演奏しました。

 実は、昨日も5時過ぎに来てみたのですが、その時はまだチェーンは掛けられておらず居残っているスタッフのものと思わしき車も見えたので、残念ながらいつもの木立に囲まれた場所まで行って演奏しました。

 そして、昨日と今日、二つの場所で続けて演奏してみてつくづく実感したのは、森のステージの《音環境》の素晴らしさです。

 2006年10月に も書いたように、同じオープンエアという状況ながら、昨日演奏した木立に囲まれたパイピング・スポットは、チャンターの音が周囲の木々や足下のクマザサな どに吸収され過ぎてしまって、ハイランド・パイプらしい迫力に欠けて何となく物足りなく感じられるのです。そのような場所で演奏する際は、どうしても 「もっと迫力を!」を力んでしまいがちになり、結局のところ早々に疲れてしまう。そして、そのくせ、なんとなく満足感、充実感、達成感が得られ難い。
 それに対して森のステージは、ウッドデッキですから当然足下の床は板張りですし、対面する二つの側面にはログハウスが建っていて、つまりは2面に木製の 壁が直立している状態。しかも、その壁は平らな板ではなくて、丸太の半円が連続している訳ですから、床から跳ね返った音もさらにあちこちの方向に乱反射し ているのでしょう。とにかく、チャンターの音の反射が鮮やかで迫力満点。なおかつ、オープンエアには変わりないので、閉鎖空間のような音の圧迫感は全くあ りません。

  細かく見ると、片方(→写真の左側)のログハウスは単純な長方形ではなくて、玄関部分が出っ張った凸状になっているので、結果として直角の壁に囲まれた凹 部が2ヶ所出来ています。また、ドアや窓は平板な木製ですし、一部にはガラスが嵌め込まれているので、その部分の反射は丸太よりも鋭いはず。
 そして、写真でも解るとおり、デッキを貫いて2本の樹(落葉松と白樺)が立っていますし、デッキの外側には適当な間隔をおいて落葉松が点在しています。

  このように非常に多彩な音(の反射)環境ですから、コンペティションのステージでパイパーたちがやるように、演奏しながらステージの上を静々とピーブロッ ク・ウォークすると、立ち位置や方向によってチャンターだけでなくドローンの音も微妙に違って聴こえるのがはっきり解ります。

 今回演奏した "Desperate Battle" の 場合、鳥たちの争いのクライマックスを表現した最後の Crunluath-a-Mach バリエイションに差し掛かった時には、直角の壁の間に位置取りして壁に45°で対面して演奏すると、まるで全身音まみれになってもうタマリマセン。脳内α 波が一気に高まり、酸欠状態も相まって完璧に恍惚状態に入れます。
 そして、再びウルラールに戻り、最後にバッグを絞りきって全ての音をパッと止めた瞬間に訪れる完璧な静寂。息も絶え絶えな身体からどっと吹き出す汗…。

 あ〜、これだからハイランド・パイプは止められない。まるで麻薬だ〜。

 暫く離れていたからこそ、そして、木立の中のパイピング・スポットとの対比ができたからこそ、この森のステージの《音環境》の素晴らしさに改めて感じ入りました。


 今年の夏の初め、横浜のみなとみらい地区にある臨港パークで 夜9時過ぎに演奏する機会がありました。演奏したのは波が打ち寄せる岸壁の端から数m、足下は石畳という場所。遠方にライトアップされたベイブリッジを眺 めながら(といっても、実は演奏を始めると直ぐに目をつむってしまうのですが…)、石畳から反射するチャンターの音に包まれ、一種独特な心地良さの中で恍 惚となることができました。

 この時の演奏といい、今回の3年ぶりの森のステージでの演奏といい、精神的なものも含めて《音環境》の不思議さをつくづく実感させられました。


 そういえば、以前、このサイトを開設する時にお世話になったす宇都宮市在住の Jailbird さんと、栃木県の大谷市にある大谷石採掘後の地中の大空間で演奏することを目論んでいたことがありました。また、以前からの夢なのですが、教会のチェペル、できたら大聖堂みたいな所で演奏してみたいと思っています。あと、やはとみなとみらいのドックヤード・ガーデンの底(ランドマーク・タワーのふもとの人工滝の流れる前)ってのも狙っているスポット。あ〜、まだまだやり残していること沢山あるな〜。

 演奏している自分自身が誰よりも心地良くなれるような演奏場所を追い求めてあちこちを彷徨う、パイパー森の「音環境の旅」はまだまだ終わりそうにありません。

2008/8/28
(木)

炎が奏でる
音楽

 今回は天気が安定しないので無理ですが、通常なら夏季に蓼科に滞在する際は2〜3回はベランダでバーベキューをやります。その際、上手に(炭に)火を起こすことが出来ると、なんとなく男が上がったようで気分が良いものです。
 バーベキューの火起こしで問われるのはタイミング。食材の準備が終わった時にまだ火が起きていないという状況は絶対避けなければなりません。これまでい ろいろと試行錯誤してきた結果、炭に火を起こすのは、ボンベ式のガストーチ(バーナー)を使うのがベストな方法だという結論に達しています。風情などを気 にしていてはイケマセン。ガストーチを使って予定した時間までに迅速にかつ確実に、あくまでもビジネスライクに火を起こすのみです。

 しかし、暖炉は違います。暖炉なんて実用性より趣味性が大。単に部屋を暖かくしたければ、オイルヒーターのスィッチを入れればいんですから…。
 暖炉を焚くなら、火を起こし、起こした火を絶やさないように薪をくべる作業自体を楽しまなければ意味がありません。
 幸い、今年の滞在中は不順な天気続きなので、趣味性大、かつ少々の実用性のために毎朝のように暖炉を焚いています。

 お陰様で火起こしも大分上手になりました。

 暖炉の火起こしにはそれなりの技術が必要です。だからと言って、ガストーチを使うなんて不粋な事をしては意味がありません。技術はただただ試行錯誤の繰り返しで身に付けるのみです。

  山荘自体が落葉松林の中に建っていることもあり、我が家の暖炉で燃やすのは殆ど全てが冬季に雪の重みでもげて落ちて来た落葉松の枝。一番太い部分が手首程 の太さ、長さは2〜3m程のものを夏の滞在中に丹念に拾い集め、ナタで暖炉に入る長さに切り揃えておきます。山荘内の納戸にはそのようにして切り揃えた 《薪?》をぎっしり詰めた段ボール数箱と焚き付け用の小枝類の箱がストックしてあります。また、その他にも長いままの枝、切り揃えた枝をそれぞれ軒下に積 み上げてあります。

 さて、落葉松の枝を使った暖炉の火起こしの手順。
 ま ず、新聞紙を1、2枚、くしゃくしゃにして(強くギュッと固めてはダメ、空気を含むようにふんわりと…)一番下に置き、その上に竹串程の太さの落葉松の小 枝をバリバリと折ってから載せます。さらにその上に指の太さ程度から直径3〜4cm程の枝を数本づつ新聞紙の上にピラミッド状に斜めに立てかけます。これ で準備OK。
 新聞紙に火を着けると、新聞紙が燃え尽きるまでの僅かな時間に、小枝に火が移り勢い良くバチバチを燃え出します。油分の多い落葉松の小枝は焚き付けに最適。
 その後は、細い枝から順に火がついて行きます。火が落ち着いたところで、手首程の太さの落葉松の枝を順次くべて、火を絶やさないように気を配ります。

 サラ〜っと書きましたが、実はここに至るまでには結構時間が掛かっています。
 20年前、暖炉の火起こしにまだ不馴れな頃は、何度焚き付けても太い薪まで火が着かなかったり、着いても直ぐに消えてしまったり…。繰り返し火を起こそ うとするもんだから、焚き付け用の新聞紙の灰ばかり溜まってしまって、空気の抜けが悪くるので一旦掃除したり、などなど…、火起こしだけで大奮闘。炎を楽 しむまでにはエライ時間が掛かったものでした。
 その甲斐あって、いまでは最短新聞紙一枚だけで、つまり(新聞紙が燃え尽きるまでの)時間にして5〜10秒程度で火起こし完了!っていう腕になりました。また、炎の具合をみながら薪の継ぎ足し方も堂に入ったものです。薪の置き方も結構《技》が要るんです。
 う〜ん、まるで「暖炉フェチ」「暖炉オタク」「暖炉奉行」って感じですね。

 しかし、先にも書いた通り、我が山荘の暖炉焚きは基本的に「敷地内の管理・清掃活動の延長、敷地内リサイクル」のスタンスを取っています。ですから、よくあるように暖炉用の薪を購入などは一度もしたことがありません。
 本来、暖炉で火を長時間持たせたいということだと、丸太を斧で割ったようなもうちょっと本物らしい《薪》をくべたいところ。それも、落葉松は燃え易い代わりに火持ちは余り良くはないので、クヌギ、ミズナラ、山桜など広葉樹の堅い木材の薪がベターです。
 一応、我が山荘でも、こぎりで切らなくてはならない程度の太さの落葉松の幹や、その他山荘周りの管理で伐採した広葉樹を処理してそれなりに薪らしい薪も 作り置いてはあります。でも、残念ながら山荘の敷地内からはそのような立派な薪の材料は余り多くはゲットできないのです。ですから、そんな《薪》について はやたらに燃さないようにして大切にストックしています。
 なにやら急にしみったれた話になりましたね。


 さて、日々、このようにして暖炉に断続的に薪をくべながら、炎をぼんやりと眺めている中で、何故か《炎が出す音》を意識するようになりました。

 よく、「メラメラと燃えさかる炎」という表現がされますが、それはあくまでも《視覚的》な様子を表現した言葉です。暖炉の炎を《音的》に表現すると「メラメラ」ではなくて、どちらかというと「ヴォ〜、ヴォ〜」とか「フォ〜、フォ〜」といった低く唸るような音がします。それこそ、メラメラと燃え上がる炎が一気に上昇気流を作り出し、煙突の中に空気が流れ込む音なのでしょう。その合間を縫って、油を含んだ落葉松の枝が勢い良く爆ぜる音が「バチ、バチ」とか「パチ、パチ」という風に聴こえてきます。その他にも、木材の中の空気が熱せられて勢い良く吹き出して「シューッ!」という音を出すこともあります。

 頭をからっぽにして炎をジ〜ッと見つめながらこのような《音》を聴いていると、それらがまるで「音楽」のように聴こえてくる瞬間があります。それもまるでピーブロックのように…。
 「フォ〜、フォ〜」はドローンの音。そして、不規則に、でも時には何故かやけに規則正しくリズミカルに聴こえて来る「バチバチ、パチパチ」というのがチャンターの奏でるメロディーであるかのように…。
 そんな夢想に浸っていると、山荘の屋根を雨が乱打する音、降った雨がひさしから流れ落ちてベランダを打つ規則的な雨垂れの音もまた、何かしらバックグラウンド・ミュージックのように聴こえてくるような気がしてきます。

 外はまた雨降り。さあ暖炉を焚くとしましょう。

2008/9/28
(日)

MacCrimmon Cairn の除幕式

 William Donaldson による分厚い(518ページある!)“The Highland Pipe And Scottish Society 1750 - 1950”(Tuckwell Press Ltd./2000)に、Skye島の Boreraig にあの MacCrimmon Cairn が建立された際の除幕式(1933年8月2日)の様子について触れた箇所がありました。

 クラン・マクロードのチーフに率いられて集まった人々を前に、当時のトップ・パイパーたちがマクリモン・チューンを次々演奏したそうな。そのメンバーと曲がとにかく凄い…。

 John MacDonald(of Inverness) “I got a Kiss of Kings Hand”Robert Reid は“The Lament for the Children”、そして、Angus MacPherson“MacCrimmon's Sweetheart”Angus の兄である John MacPherson“MacCrimmon will never Return”を演奏したということ。そして、セレモニーの最後には全員がアンサンブルで(!?)“The Lament for Donald Ban MacCrimmon”を演奏したということです。

  これらの曲の平均的な演奏時間は、それぞれ14分、16分、11分、9分、20分ってところですから、実に聴き応えあったことでしょう。なによりも演奏者 たちの顔ぶれ、そして、そのシチュエーション共に、これ以上考えられないものだったのですから、ピーブロック愛好者にとっては、ある意味で20世紀で最も 胸を打つイベントだったと言えるかもしれません。

 そして、式典で Dr. Norman MacLean という人が述べた式辞が、これまたとても詩的かつスピリチャルな内容で非常に印象的です。次の様な感じ…。

 No man can judge the bagpipes or set a value on MacCrimmons unless he has been familiar with the sound of the piobaireachd in its native element... .
 As naturally as the curlew to the shore, or gouse to the moor, or the seal to the sea, so naturally belong the bagpipes to the open air. The MacCrimmons are the musicmakers of the bens, of the deep valleys, and of the sea breaking round rock-bound promontories.
 When you hear a piobaireachd over still waters at eventide under the shadow of the everlasting hills, you realise the meaning of deep crying to deep - the depth of the human heart crying to the depth of the encompassing mystery.... .
 
'The World,' say an ancient Gaelic proverb, 'will come to an end, but love and music will last for ever' 

 う〜ん、なんとも熱い想いの込められた言葉ですね〜。

2008/9/29
(月)

MacCrimmon Cairn Set

 MacCrimmon Cairn の除幕式で演奏された曲を、iTune に入っている手持ちのお気に入り音源でセットしてみました。

“I got a Kiss of Kings Hand”
   
by Robert Reid(13:35 / Classics from the College Vol.1)
The Lament for the Children”
   
by Gavin Stoddart(19:04 / The Piping Centre Recital 1997 Vol.3)
“MacCrimmon's Sweetheart”
   
by Bill Livingstone(10:29 / A Piobaireachd Diary Vol.1)
“MacCrimmon will never Return”
   
by Callum Beaumont(8:49 / 2006 Argyllshire Gathering)
“The Lament for Donald Ban MacCrimmon”
   
by William McCallum(20:31 / Dr. Dan Reid Memorial 1995)

 …しめて、1時間12分28秒。聴き応えありまっせ〜!

2008/9/30
(火)

Piping Today

 The National Piping Centre の発行する隔月刊の機関誌“PIPING TODAY”については、2006年4月の冒頭に書いたとおりです。たまたま、No.20 にはピーブロックに関する印象的な記事が複数掲載されていたので、あのようなことを書きましたが、その後の号についても、基本的には冒頭に書いたとおりの印象は変わりません。
 また、その方面に興味のある方にとっては大変有り難いのでしょうが、元々パイプバンドの記事が必ず一定のボリュームを占めている上に、最近は、世界中で あらゆるバグパイプの復刻が続いているムーブメントを反映してイギリス以外のパイプの記事が号を追う毎にそれなりのボリュームを占めるようになりました。 つまり、私の興味のある記事の割合が益々少なくなっている、ということ。

 さらに、年に必ず一回は極端な遅配(数ヶ月遅れで届いたりする)があったりして、その度に、先方にEメールでクレームを付けなければならない煩わしさもあります。

 そんなかんなで、この夏の No.35 で年間購読が満了する機会に購読更新はしないことにしました。


 ところが、本日、帰宅したら購読更新手続きしてないはずの“PIPING TODAY” が届いていました。特にヨレヨレになっている訳でもないし、見た記憶のない表紙だったのですが、なに気に Issue No.を見たら、No.34 とある。

「あれっ? 確か、最後に届いた号は No.35 で、別途郵送されてきた購読更新のお願い文書にも『あなたの購読は No.35 でお仕舞いになる』って書いてあったような気がしたがな〜?」

 手元のバックナンバーを引っくり返してみると、確かに No.34 は届いて無い。…ってことは、この号、またまたどこかをさまよっていたってこと?

 余りにもたびたび遅配されるので、この号が未配だったってことすら気が付かなかった。

 大体、“PIPING TODAY” 自体には Issue No.と発行年は書いてあっても、それが何月号かってのはどこにも記載されていない。

  パイピング・センターのサイトで確認しようとしたら、これもまたお粗末なもので、未だに No.33 までしか紹介されていない。でも、その No.33 は April/May 2008 ということなので、No.34 は June/July 号ってことになりますね。やはり、3、4ヶ月さまよっていた訳だ。

 まあ、もう、これで本当に最後なのでどうでもいいですけど、いい加減にして欲しいよね。

2008/10/25
(土)

Lament for 恩師たち

 2003年11月に書いた高校時代の同級生の坊さん、その後、無事に寺の落ち着き先が決まり、仮住まいであったマンション25階の天空の寺から地上に舞い降りてきました。

 今年6月に5年ぶりに催された高校卒業35周年の同期会の際、例によってやたらと出席率の良い我がクラスの連中、坊さんが新しい寺に落ち着いたという話を聞きつけ「今度は、ぜひその寺でクラス会をやろうじゃないか!」といって盛り上がりました。


 …で、今日がそのクラス会の当日でした。

 横浜市の巨大動物園「ズーラシア」にほど近い場所に位置するその新しい寺は、これまでとは極めて対照的に鬱蒼とした木々に囲まれた中、寺が経営する広大な墓苑に隣接した場所にあります。
 しかし、御本尊が鎮座する寺の建物自体は、ごく普通の住宅を買い取ってリフォームしたというもので、郵便受けにその寺の名が書いていなければ、誰もが決 して寺だとは気が付かないという風情。リフォームによってそれなりにそれらしく設えられた本堂(?)に鎮座する立派な御本尊とその余りに一般住宅然とした 建物外観のミスマッチにはちょっと不思議な感覚を憶えます。
 やはり、この坊さん、高校時代から少々変わったヤツだったので「天空の寺」とか「まるで寺であることをカモフラージュしているかのような隠れ寺」とか、どうも常人の理解を超えている部分があるようです。

 幹事の計らいで、出し物(鳴り物?)は坊さんのシタール演奏とパイパー森のバグパイプ。そして、疑似講義として、このところ NHK などにも出演したりとかなりメジャーになったクラスメートである吉村仁先生による「素数ゼミのお話」を聞くというもの。

  当初、パイプの演奏はその広大な墓苑のど真ん中で、とも考えましたが、なんせ土曜日なので墓参りの方々の迷惑にならない様に、寺の駐車場ですることになり ました。まずは、最寄りの駅からクラスメートが三々五々タクシーで到着する頃合いを見計らって、我が校歌をバグパイプでウェルカム演奏。ほぼ皆が集まった ところで、いよいよ本番です。

 我々の年代としてはある意味奇跡的にも47人の我がクラスメートで現在のところ亡くなった方 は皆無です(音信不通は2人居ますが…)。しかし、担任を務めて頂いた3人の恩師の内お二人が既に亡くなっていますし(最も若い最後の一人の先生は今回の クラス会に参加して下さいました)、3年間の高校生活にお世話になった幾人かの恩師も既にこの世に居られません。また、他のクラスを見渡せば、既に亡く なった同期生も少なからず居る訳です。

 そんな方々への想いを込めて、いつもの“Lament for the Children”を演奏しました。

 10台程度の駐車スペースがある寺の駐車場は、ニ面がほぼ垂直に立ち上がった(自然石風に凸凹とした表面の)コンクリート擁壁に囲まれており、もう一面は寺の建物、そして、最後の一方が樹林地に向けて開放しているいるという、至って理想的な《音環境》でした。コンクリート擁壁をバックに、クラスメートたちには開放した樹林地の方面に立ってもらい、演奏を始めた途端、いとも簡単にあっちの世界に入り込むことが出来ました。


 バグパイプの演奏の後、皆で本堂に座り、御本尊を拝みつつ坊さんの先導に併せて読経しました。
 多分。至って初歩的なお経を用意してくれたようで和綴のお経の本のほんの数ページ程でしたが、20人以上で淡々と唱和を続けている内に、自分の声と皆の 声がまるでドローンのようにハーモニーを醸し出し、頭の中で「ウワ〜ン、ウワ〜ン」と響く様に感じられるようになり、得も言えぬ《境地》に入り掛けました。
 今回はその世界に完全に入り切るまでには時間が短すぎたと思いますが、多分、あのようなお経を延々と大勢で読経していると、脳内α波が大量に放出されるようになって、一種の陶酔状態に入るのだろうな〜、ということは十分に想像できました。

  読経に続いて予定されていた「素数ゼミのお話」は、当日になって当人が風邪で熱を出したとかでドタキャンになり実現しなかったのは残念でしたが、袈裟から インド風の上衣に素早く衣装直しした坊さんによるシタール演奏は、マンションの一室とは違って、さすが天井の高い今回の本堂の《音環境》が良かったのでしょう、5年前に聴いた時にも増して味わい深いものがありました。

 さまざまなドローン・ノートまみれになった、善き響きの一日でした。

2008/10/26
(日)

三つ子の魂百まで

 ピーブロックという音楽を、これまで一度も聴いた事が無い人たちに先入観なしに聴いてもらい、その感想を聞くというのはなかなか興味深いものがあります。特に今回は、自分の若い頃を知っている古い友人たちなので、いつもにも増してリアクションが興味深い。

 ロック仲間だったクラスメートには、演奏終了後「どうだい?“Lament for the Children”ってまるで“天国への階段”だろ?」って聞いたところ、直ぐに「いや〜、正にそのとおりだな〜。」という答えが返ってきました。「自分がギター弾けないフラストレーション、これ(ハイランド・パイプ)で晴らしている、っての解るよな?」と追い打ちをかけるように問えば、「うん、解る、解る。」という返事。

 もう一人、17年ぶりに会ったあるクラスメートはもうちょっと違った経緯。
 私自身はすっかりそんなこと忘れていたのですが、どうやら、当時(つまり、今からおよそ37年前)その彼にペンタングルの“Cruel Sister”のアルバムを聴かせて、特にB面一面を占める18分にも及ぶ“Jack Orion”について「どうだい、良いだろう、良いだろう?」と迫っていたそうな。
 その彼は、「俺自身は、あの時あの音楽はイマイチちょっと理解できなかったけど、今さっきの曲(“Children”のこと)を聴いていて思ったんだけど、お前はあの音楽の頃からずっと同じものを追求しているんだな〜。」と、感心したように言っていました。

 計らずも、2人のクラスメートに自分の揺るぎなく一貫した音楽嗜好の証人になってもらった様で、何だか妙に嬉しい気持ちになった夕べでした。

2008/11/3
(月)

マックな世界

 このサイトを開設した2002年頃からずっとお世話になってきたアップルのノートパソコン iBook も、さすが入手から6年以上も経過すると世の中に付いて行くのが大変ツラクなってきました。CPU の性能もメモリの容量も、現代のインターネットから降り注ぐ膨大な情報を処理するのには絶対的にパワー&容量不足。

 You Tube なども、高画質で配信されている動画はコマ落としのようにしか観れないので、これといった動画は渋々ながら家族のウィンドウズ・マシンを借りて観ていました。

 OS 10.2.8 止まりだったので、現行の 10.5.5 との格差が余りにも開いてしまったため出回っているフリーソフトも非対応のものばかり。ですから、Cop RadioPipeline の音源をゲットするにも、やはりウィンドウズ・マシンにインストールした超響録のお世話にならざるを得ませんでした。
 さらに、「そろそろ
iPod も買い替えたいな〜。」なんて事を夢想しようにも、最新の iPodOS 10.4.1.1 以降がシステム要件となっている、といった具合。

 これまで私は自分のラップトップで使うパーソナルなノートパソコンについては、常に家族(妻と息子)のお下がりを使っていました。現行の iBook もしかり。ところが、この6年の間に、なんと家族は揃ってウィンドウズ・マシンに乗り換えてしまったのです。…で、頼みのお下がりパソコンが期待できなくなってしまい、このように更新インターバルが長期化してしまった訳。

 まあ、(パソコンで)大した事している訳でもないし「まっ、いっか〜!」と、古いマシンをだましだまし使ってきましたが、如何せん余りにも時代遅れになってしまったので、いよいよ更新することにしました。


 実は、パソコンをなかなか更新しなかったもう一つの理由に画面サイズの問題があります。
 iBook では、画面サイズ 12インチと14 インチの2つのタイプが用意されていました。それが、iBook の次の世代のノートパソコンである MacBook シリーズになった際にサイズが 13.3インチに一本化されました。実際には画面の幅は現在私が使用している iBook の14インチと全く同じなのですが、縦長が短くなって(つまり横長ワイド画面になった)13.3インチサイズになったのです。
 一方で、画面の大きい15インチと17インチのノートパソコンも登場しましたが、それらは、その名の通りに中身自体が相当ハイグレードなプロ仕様で、当然ながら価格もそれなりに高い
MacBook Pro シリーズとしての登場だったのです。

 この10月に MacBook シリーズになって以来最大規模のモデルチェンジがあり中身のみならずデザイン面でもかなり大幅に刷新されたのですが、残念ながら画面サイズについは従来の MacBook どおりに 13.3 インチのままで据え置かれました。

 …で、更新するにしても「現行よりも画面サイズが小さくなるというのは、はて、いかがなものか?」と、じっくりと熟考した結果、最終的に MacBook に先行して2007年8月にビッグモデルチェンジ、さらに、今年5月にマイナーチェンジ(CPUクロック数アップ&プライスダウン)して以来、その美しいデザインとコストパフォーマンスの高さで巷で大変に人気が高いと評判の、一体型デスクトップパソコン iMac の方を購入することにしました。


 我が家では iMac については、あの衝撃的なボンダイ・ブルーの初代(新聞の全面広告にあのマシンがどっか〜んと載った時の鮮烈な印象は忘れられません。見た瞬間に「これ、買いッ!」とビビッと来たものです。)と、それに続いてインディゴ・ブルーの2代目を、ほんの2、3年前までノートパソコンと併用して使っていました。

 この時代の iMac は、奥行きのあるブラウン管タイプのずんぐりむっくりした形状ですからやたらとスペースを取りますが、最新の iMac はまるでディスプレイだけかと思わせるようななんともスリムなデザイン。画面サイズは最もベーシックなものでも 20インチもあり、かつ、新しい MacBook シリーズに比べても CPU も HD もワンクラス上のモノが載っていながら値段が安いとくれば、確かに「コストパフォーマンスが良い」と評判になる訳です。

  私が購入したのは最もベーシックな機種ですが、オプションとしてワイヤレス・マウスとワイヤレス・キーボードを注文しました。オンラインの Apple Store で購入すれば差額を支払うだけでそれぞれワイヤードのキーボードとマウスがワイヤレスのものに交換された上で送られて来るので、安上がりかつ無用なものが ダブって付いてくる無駄がありません。

 しかし、メモリについ て言えばベーシックなタイプに標準で搭載されているのはたったの1GB なので、最低でも2GB にしたいところ。ただ、メモリだけは Apple Store で購入すると相場よりかなり高価だということなので、Yahoo のオンライン・ショップで格安な4GB(iMac が対応する上限)のものをゲットしました。ちょうど Apple Store でオプション設定されている 2GB のメモリと同程度の価格でした。


 初代&2代目の iMac についてはそのサイズからして当然ながら文字通りデスクトップに置いて使っていましたが、今回購入した最新の iMac については、これまでのラップトップ・ノートパソコンに置き換わる形で使用するため、家に居る間の殆どを過ごすマイ・ソファー(アームレストにあるノブを引くと、オットマンが立ち上がり、同時に背もたれが倒せるようになる)に座った状態で使えるようにする必要があります。

 そこで、iMac が到着する前に、ラップトップに代わる役割を果たす専用のパソコン台を造作しました。パソコンを使用しない時はソファーの脇に置いておいて、使用する時だけキャスターによってコロコロと目の前に移動させるのです。
 通常は足を下ろした状態でパソコンに向かいますが、ビデオを鑑賞するなどくつろぐ時にはオットマンを立ち上げ背もたれを倒します。そのような状態でもスタンドをほんの僅かにチルトさせるだけでディスプレイが顔と正対面できるように、
iMac を載せた台がオットマンの上にせり出して来れるように工夫しました。

 スタンドアローンでしかもキャスターが付いた移動式ということで、地震の際には簡単に倒れてしまいそうなので、iMac のアルミ製スタンドをアクリル版でホールドするようにしてあります。また、膝元の棚上段には Mac OS 10.5 の売りの一つである自動バックアップシステム Time Machine 用のハードディスク、棚下段には双方への専用電源タップを据えました。



  このオリジナル・パソコン台に加えて、ワイヤレスのキーボード&マウスを使うことによって、これまでと全く変わらないというか、これまで以上の使い心地を 確保することができました。なんせ、従来の14インチに比べて40%も画面サイズが大きい20インチのディスプレイは大迫力。さらに、美術工芸品とも言え るような卓越したデザインでコンパクトかつ軽量、そして、何よりも絶妙のキータッチを持ったワイヤレス・キーボードの使い心地は、全くもって実に感動的で す。


 Mac OS X の最新のバージョンに接するのは本当に久しぶり。それも、10.2 から10.5 Leopard へと3階級特進の大幅バージョンアップなので、さぞかし戸惑うかと思いきや、全くそんなことは無いのがさすがマックな世界。「これはこうかな?」「あれはそうかな?」と想像を働かせれば、大概の新しい機能も直ぐに操作を憶えられます。

 何よりも凄いと思ったのは、最初に起動してから、指示に従って設定作業を進めて行くと「以前にもマックを使っていた場合は、古いマックの内容を移設するので2つのマックをFireWireで繋いで下さい。」ってな指示が出るのです。
 …で、指示に従い2台の新旧マックを FireWire でつなぎ、旧いマックを指示通りにTボタンを押しながら再起動すると、あら不思議、iBook のあらゆる情報(データだけでなく各種設定まで!)を新しい iMac の方に自動的に読み込み始めるのです。
 骨董品のような iBook のハードディスクはたったの 20GB しかなかったとはいえ、それなりに時間は掛かりましたが、それでもおよそ1時間後には、これまで使っていた iBook の《全て》が、つい先ほど届いたばかりの iMac に完璧に乗り移ったのです。

  新しいパソコンを入手した時というのは、データの移設だけでなく、やたら面倒臭いインターネットの設定だの、一体どこに保存されているんだ?というような メールデータの移設だの、ブラウザーのお気に入りのインポートだの、前に使っていたソフトの再インストールだの、なんやらかんやら作業しなくてはならない ものだと観念していたのですが、そんなことは一切無し。

 まるで、新築の家が建ち上がったので引っ越ししてきたら、便利屋さ んが先回りして引っ越し荷物の梱包を手早く解いて、家具や家電製品を設置、毎日使っていたお茶碗やお皿を食器棚に納め、蔵書を本棚に並べ、家中に掃除機を 掛けてくれていて、「さあ、どうぞおくつろぎ下さい。」とばかりに玄関のドアを内側からさっと開けられた、といった感じ。

 つい1時間ばかり前に梱包を解いたばかりの真新しいパソコンに向かって、まるで何事も無かったように「新着メールをチェックして、以前のとおりのフォルダに投げ込み、ブラウザーを立ち上げてお気に入りに入れたサイトをあちこちチェックする。」という風に、当たり前のことが当たり前のようにできてしまうところが、これぞ正にマックな世界

  考えてみれば、新しい洗濯機や冷蔵庫を買ってきた時に、なんやかや設定しないと洗濯ができない物が冷やせない、などというようなことは考えられません。あ る意味、マックのこの真のユーザーフレンドリーさは、最近の複雑なデジタル放送対応テレビを「設置して視聴できるように設定する」ということよりも、さら にストレスフリーであるような印象です。


 もう一つ、大変嬉しい誤算がありました。
 それは、iBook で使っていた(つまり、Mac OS 10. 2 に対応していた)ソフトの多くがそのまま使えたこと。これまで、コンマ1だけのバージョンアップでも対応しなくなるソフトがあったので、コンマ3の大幅アップでは「当然みんな対応しなくなるだろう、ハードを更新するとともにホームページ作成ソフトの Adobe Go Live や、画像処理の Adobe Photshop Element などは全てアップグレードする必要があるだろうな。」と思い込んでいました。

 ところが、上記のようにオートマチックに移設された様々な古いソフトのアイコンを次から次へのクリックしてみると、それぞれみんな無事に立ち上がるではありませんか。何故か唯一、Photshop だけはダメでしたがアップグレードに最もコストの掛かる Adobe Go Live がごく当たり前のように立ち上がった時は「やった〜!」と小躍りしました。(メーカーが対応を保証しているのは、確か10.3頃までだったようですが…)
 そして、私が Photshop でやっていた程度のことは、Mac OS 10.5 で大幅に性能アップしたという Mac OS 付属の画像閲覧ソフト「プレビュー」だけでもどうやら十分に対応出来てしまうようです。


 これまで、ウィンドウズマシンの「超響録」にお世話になっていたインターネットラジオの音源ゲットも、マックな友人でもある大島豊さんに教えていただいた、Audio Hijack Pro というシェアウェアを購入して無事解決。なんせ、折からの円高のお陰で今なら代金 $32が 3,000円チョイで済むのですから超ラッキーでした。
 ただし、この Audio Hijack Pro は「超響録」のようにゲットした音源の切り貼りはできないので、その作業は Audacity というフリーソフトで対処することにしました。
 その代わり、Audio Hijack Pro の良いところは、あらかじめ音源入手先の URL を設定しておくと、ワンクリックでそのサイトが立ち上がって録音スタンバイになることです。私が定期的にエアチェックするのは週替わりの Pipeline と月替わりの CoP Radio だけですから、それら2つの URL をセッティングした後は正に「ワンクリックで即録音!」というイージーさになりました。


 言うまでも無い事ですが、6年のブランクを経て体験する最新のパソコンの性能は正に目を見張るばかり。インターネットの閲覧や動画モノの視聴が、全くストレスフリーになったのは大いに助かります。
 しかし、それよりも何よりも、操作するたびに一度や二度は呪いの言葉を上げたくなることのある、ユーザーを小馬鹿にしている本性が見え見えな、あの忌々しいウィンドウズ・マシンと(少なくともプライベートでは)おさらばできたのがなによりです。

 使い始めてからまだ日が浅いので Mac OS 10.5.5 の機能には日々新しい発見があり、その度「おっ、こんな風にできるのか。」「いやいや、確かにこんなことが出来たら便利だよな〜。」という具合に感心することしかり…。
 私の性格で無駄な物一つなく整理整頓された デスクトップ をしげしげと眺めては悦に入り、意味もなく(Doc から)スタックをファン形式で立ち上げてみる。あるいは、特段復元すべきファイルを探している訳でもないのに Time Machine を起動させて、まるでモノリスが浮遊しているかのようなその深遠なる星降る宇宙空間に見入る。

 このように、単にパソコンをいじるだけで思わず笑みがこぼれてくるような楽しみ方ができるのは、ウィンドウズ・マシンのくびきに捕われている限り絶対に体験することの出来ない、ユーザーに対する深い愛情と遊び心に満ちたマックな世界 に身を置く者だけの特権です。

2008/11/11
(火)

マックな世界、その後…

 Mac OS 10.2 から 10.5 にアップして実感するのは、この間、Mac OS X は使い勝手が着実に向上しているということ。

 漢字Talk7(もしくはもっと以前?)以来、基本プラットフォームは不変なままに進化を続け、マックなオベレーション・システムとしてはある意味で洗練の極に達していた Mac OS 9 から、基本プラットフォームを抜本的に Unix ベースのものに変更した Mac OSX にアップグレードされた際、実は多くのマックユーザーが少なからず戸惑ったはずです。私もそんな中の一人でした。

 確かに、システムの安定性は飛躍的に向上しましたし、Aqua と呼ばれるその斬新なインターフェイスは、旧来のもの( Windows のみならず Mac OS9 も)とは段違いに進歩的なもので、見ているだけでワクワクさせられましたした。ですから、パソコンを操作することが単に喜びに繋がるという「マックな世界観」の延長上にあるという意味では、まさに正統的な進化型ではありました。

 しかし、その一方で、「自由自在」そのものであったファイルやフォルダの開閉操作性は少なからず損なわれ、まるで現在の Windows OS のようにどことなくぎこちないその操作性は、ちょっとマックらしからぬものになってしまった、という印象は否めませんでした。
 つまり、Mac OSX 登場当初というのは、そのインターフェイスの美しさとは裏腹に、操作性という点に関しては一歩後退し、当時、一生懸命マックの操作性に似せてきていた(でも、その実、本質的な所ではあくまでも MS-DOS の延長でしかない世界に留まる) Windows OS に、なんとなく近付いてしまったような印象がする、まあそんな過渡的な時期にあったように思えます。

 その後、私のマックは長い間そのようなぎこちなさが残る Mac OS 10.2.8 の世界に留り、一方で職場や家庭で折に触れイライラさせられるウィンドウズ・マシンと付き合いつつ、そんな思いをずっと抱き続けていましたが、今回 10.5.5 の世界を体感してみて深く印象的だったのは「あ〜、やっぱりマックは努力して、あのいささかマックらしからぬ時期をとっくの昔に脱していたのだな〜。」ということ。

 以前、不自由だったファイルやフォルダの開閉操作性についても、ちょっとしたやり方さえ飲み込めば、OS 9 で満喫していた自由奔放な世界にごく近くなっていました。「近くなった」というのは、以前よりも格段にアクションの選択肢が多様になった分、シンプルで何も考えなくても良かった OS 9 とは単純には比較できないからです。

 どちらにしても、現在の Mac OS 10.5.5 に至っては、XP だの Vista だの何だのと言いいながらも、ほんの些細な見た目を除けばその実、殆ど進歩らしい進歩をしていない Windows OS と比べて、その使い心地は(再び以前のように)天と地ほどに差が付いたという感じがします。


 そして、その多様な機能の中でも、特に今回の 10.5 Leopard から取り入れられた Cover Flow の概念については、本当に感心してただただ頭を垂れるのみです。

 ご存知のとおり、この Cover Flow の機能は、OS に先行して iTuneiPod でアルバム・ジャケットをめくるように閲覧するシステムとしてお馴染みでした。
 私の 10.2.8 ではそんな Cover Flow 対応の iTune をインストールすることすら出来ず、実際に体験していた訳でありませんが、どちらにしろ、アルバム単位で音楽の聴く訳では無い自分にとっては、この Cover Flow という概念は単なるマックらしいお遊びツールとしか思えませんでした。まあ「見ていて楽しいけどあまり意味が無いアクションや機能」ってのも、それはそれである意味大変マックらしくて好ましい限り、という程度の認識でした。

 ところが、OS 10.5 からその Cover Flow Finder の機能の一部としても位置づけられ、ファイルなどの閲覧にも使えるようになったことにより、その意味は全く異なってきました。
 といっても、その実、当初私は相変わらずこれは「お遊びツール」という認識でした。ところが、単にその画面のシックな美しさと操作自体の楽しさについつ い釣られて、実際に操作してみたところで、直ぐに「これは、何とも便利な凄いシステムだ!」ということに気が付かされました。

  Cover Flow は、私がいつでもさっと取り出して参照したいためにドックに常駐させている Ceol Sean の復刻版楽譜集や pipes|drums のサイトからダウンロードした William Donaldson の解説付き楽譜類など、膨大な数の PDF ファイルを閲覧する際に特に絶大な威力を発揮します。

 なんせ一冊の楽譜をまるまる写し込んだものですから、これらの PDFファイルの数はそれぞれの楽譜毎に数個から多い場合は30個程もあり、さらにそれぞれの PDFファイル自体が数ページから数十ページほどのボリュームがあります。
 しかし、そこはデジタルデータならではのメリットで、それぞれの楽譜の Index ファイルからリンクが張られていて、求める楽譜のタイトルを索引で確認してクリックすればその楽譜が納められているファイルが自動的に開いて、該当のペー ジに瞬時にジャンプするようになっています。単に該当の楽譜を抽出するというのであれば、正にそれで十分。これ以上を求める必要性はありません。という か、アナログ的な世界ではとても実現できないデジタルデータならではの優れた利便性です。

 しかし、Cover Flow はそれとはちょっと違って、このようなデジタル復元された旧い楽譜集と接する上で、それらを単なる貴重なデータのストック・ヤードとして扱うのではなくて、まるで、本物の楽譜をめくるような(アナログ的な)行為が持つ、いうなれば「本をめくる楽しみ」をも再現してくれるのです。

 「ドッ クにある楽譜のフォルダを納めたスタックをクリックしてフォルダを展開させる/いずれかの楽譜集のフォルダをクリックして開ける/18世紀のイラストが何 とも懐かしい表紙が納められた PDF ファイルを手始めに、次々とファイルをめくって行く/興味深いページが見つかったところで、その PDF ファイルをクリックしてビューアーで 開く/じっくり目を通す。」といった一連の動作は、実のところ「(本物の)楽譜をめくって、興味深いページに出会ったら、おもむろに老眼鏡を掛けてじっくり目を通す。」といった動作となんと似ていることでしょう。

 マックな世界 というのは、このように「デジタル技術を駆使しつつも、同時に人類が長い間親しんできたアナログ的な手技をいかにして再現するか?」ということを目指しているのではないでしょうか。デジタル時代ならではのヒューマンニズム溢れる心地良さを求めて…。


 Cover Flow と並んでもう一つ、当初はその意味が理解できなかった機能に、Spaces があります。

 これは「複数の仮想デスクトップを次々と切り替えて使う」という風に説明されていますが、実は私はそう言う説明を読んでもイマイチぴんと来ませんでした。
 だって、マルチタスクは以前から実現しているし、どのソフトの画面もワンクリックで(ウィンドウズの発想では絶対に考えられない遊び心に満ちた)ジ ニー・エフェクトと共に目にも楽しくス〜ッとドックに収まるのですから、わざわざ複数のデスクトップを作っておいていちいち切り替える必要なんて無いじゃ ん? というのが正直な所。

 しかし、この機能も実際に使ってみるとその便利さに目から鱗が落ちました。ある意味、異常なほどに潔癖性で整理整頓魔である私にとっては最適の万能ツール。
 今では、常に9つの Spaces を設けて、それぞれデフォルトで、1:Safari、2:Mail、3:iTune、4:Firefox、5:Google Earth、6:Go Live、7:システム環境設定、8:Finder、という具合に設定してあり、iMac を立ち上げている限り必要なソフトは立ち上げたままにしています。ですから、ドックのそれぞれのアイコンをクリックしさえすれば、正に瞬時にそれぞれの(そのソフトしか立ち上がって居ない整然とした)デスクトップに移動できるのです。
 リアルの世界でも机の上はいつも整然と整頓している私ですが、リアルの世界ではこんな芸当は自分を取り囲む 360度に6つの机を用意しなければ不可能です。まして、このバーチャルなデスクトップは最大16スペースまで増やす事ができるというのですから…。

 話はそれますが、このような時に実感するのがメモリを 4GB に増設しておいたことのメリット。これもまた便利な機能である Dashboard に 設定してあるシステム・モニター・ウィジェットでシステム各部のリアルタイムな活動状況をモニターしてみると、幾つもソフトを立ち上げっぱなしにした場 合、やはりそれなりにメモリを占有する様で、マルチタスクを駆使して作業をしていると、メモリの未使用部分が 2GB を下回ることがままあります。しかし、そんな時でもまだまだ1GB 以上のメモリが残っていると思えば、使っていないソフトを終了させる事もせずに漫然と作業が続けられるのは、何よりもストレスフリーで快適です。


 もう一つ、便利で安心な機能が言わずと知れた Time Machine
 マックが立ち上がっている限りに於いて、正に「刻々と」とも言えるきっかり1時間毎に自動的にバックアップしてくれる。そして、バックアップしたデータ (システムも含めて)は、 HD の容量が許す限り延々と、かつ任意の時点まで遡って復活することが出来るというシステムですが、実際にそのようなシステムに身を委ねてみると、自動でバッ クアップしてくれるということが当初想像した以上に便利であり、かつ、それがもたらす安心感がこんなにも大きいとは思いませんでした。

 先日、Adobe Acrobat Reader の設定を元に戻したいけど戻し方が分からなくなったことがあったので、これ幸いと早速 Time Machine を立ち上げ、iMac を最初に立ち上げた11月1日まで遡って復元してみました。
 「復元」のワンクリックで、11月1日付けの Acrobat のフォルダが時空の遥か向こう(過去)からこちら(現在)にス〜ッと向かってくる様は、まるで宇宙空間をしずしずと音も無く(宇宙空間は音無しで当然か…)移動するモノリスの姿を見るようで、実に神々しい有様でした。


 いや〜、ユーザーに対する底知れぬ愛に満ちた マックな世界 に身を置くということの心地良さを実感する日々です。

2008/11/15
(土)

世界無形
文化遺産

 「世界遺産」という言葉はよく耳にしますが、浅学な私は「世界《無形文化》遺産」という概念があることを、先日11月5日付けの新聞記事を読んで初めて知りました。

 その新聞記事によると、ユネスコの無形文化遺産委員会が11月4日にイスタンブールで開かれ、90件を無形文化遺産代表リストに初めて登録したとのこと。日本からは、能楽、人形浄瑠璃文楽、歌舞伎が登録されたそうです。

 この登録の根拠となっている「無形文化遺産の保護に関する条約(無形遺産条約)」は、これまで、民族文化財、フォークロア、口承伝統などと呼ばれてきた無形の文化を人類共通の遺産としてとらえ、保護していくことを目的に作成され、2003年の第32回ユネスコ総会において採択されたということです。

 ユネスコでは、無形遺産条約に先立ち、無形の文化遺産を保護するための事業して、2001年より隔年で、世界の伝統的な文化の表現形式や文化空間を「人類の口承及び無形遺産の傑作の宣言」として発表し、口頭伝承や無形の文化形式の大切さを認識すると同時に、政府、地方自治体、NGOなどが率先してそれらの保護活動を行い、未来へ継承していくことを目指してきたそうです。

 今回登録された90件の一覧など、詳しくは「世界無形文化遺産」等で検索を掛けてヒットしたサイトを読んでいただきたいのですが、私はこの90件の中に何故ピーブロックが入っていないのか? 不思議かつ残念で仕方ありません。
 もちろん、このリストは自然景観や歴史的建造物を対象にした世界遺産などのリストと同様に、今後も増え続けていくとのことですが、パイパー森としてはできるだけ早急にピーブロックが登録されることを祈るばかりです。

2008/11/24

マックな Time Machine の世界

 今から数年前、当時の旧 iMac の内蔵 HD の容量がたったの 6GB しか無いにも関わらず、iTune の音源ファイルがどんどん増殖するので、どうにもしようがなくなり、オンライン・ショップで外付け HD を探しました。
 その当時、容量 60GB のものが確か2万数千円程度になっていて「いや〜、随分安くなったもんだ。」と、やたら感心する一方で「一体、60GB なんてどうやって使い切るんだい?」ってな思いも抱きつつ、その安さに釣られて購入したのを憶えています。

 ニュー iMac も当初はシステムも含めて本体 HD の使用量は 50GB にも満たなかったので、とりあえず Time Machine 用の外付け HD としては、これまで使っていたその Yano 製 60GB HD をあてがいました。

 しかし、人間ってのは便利に成れば成ったで、何かとどうでもいいことをし始めるもんです。なんせ、ニュー iMac の内蔵 HD の容量は 250GB もあるもんで、ついつい釣られていくつかのピーブロック関連の DVD を MP4 ファイルに変換してどんどん本体に取り込んでしまいました。

 そのお陰で、ソファーに座ったままでマエストロたちの演奏風景を次々と画面に呼び出しては、Techopipes で一緒に演奏する、という楽しみ方が簡単に出来る様になりました。
 確かにこれまでだって、ソファーから立ち上がって DVD のラックの所まで行き、いずれかの DVD を手に取って戻り、パソコンにディスクを挿入して映し出せば、同じことが出来たはずなんですが、一旦ソファーに座ってしまうとたったそれだけのことが妙に 煩わしくて、ついぞそんなことはしないまま、それらの DVD も殆ど見る事がありませんでした。やはり便利なことは良い事です。

 しかし、そんな事をすれば当然ながら、あれよあれよという間に本体 HD の使用領域は急速に膨らみ、あっという間に 60GB の外付け HD ではバックアップが出来なくなったのです。

 …で、今回もオンライン・ショップで新しい外付け HD を漁りました。
 iMac の解説書には、Time Machine 用の外付け HD としては、本体 HD のおよそ2倍の容量のものをあてがうように書いてあったので、素直にそれに従って容量 500GB のものを探しました。色々比較検討した結果、最終的には IO DATA 製のマック対応かつデザイン的にも好ましいものに決めました。

 当初は、せっかくなら iMac に 装備されている書き込み速度が最も早い FireWire 800 対応のものにしようかと思いましたが、価格コムの書き込み情報によると、FireWire 接続の場合は本体との電源連動機能が巧く効かないということだったので、わざわざ高いものを買うまでもないと考え直し、ごくベーシックな USB 2.0 接続タイプのものにしました。これだと値段も最安値でなんと1万2千円台。いや〜、時の流れは早いですね〜。

 最安値の店がたまたまアマゾンだったのでエクストラ 350円のお急ぎ便を指定して、昨夕発注したブツはほぼ24時間後の本日夕方到着。 長年お世話になった Yano 製 60GB HD には清くお引き取り願ったその場所には、今では何事もなかったかのように IO DATA 製 500GB HD が鎮座し、せっせと Time Machine システムによるバックアップに励んでくれています。

 これで周辺機器まで含めてニュー iMac 体制が完璧に整ったことになります。チャンチャン…。

2008/12/7
(日)

マックな世界の楽しみ

 マッ クOS の楽しみ方の一つとして、フォルダのアイコンなどを様々にカスタマイズする作業があります。カスタマイズといっても、自分でアイコンをデザインするって程 に本格的なことではなくて、それこそ世界中にゴマンと居るマックフリークたちがせっせと作成したやたらと素敵なカスタムアイコンをダウンロードして、適当 にあしらうだけですが…。



 精緻にデザインされたこれらのアイコンはそ れぞれがフォルダに設えられているので、内容に応じて、例えばアルミ・アタッシュケースやレザー・ブリースケースには書類のファイル、スイスアーミーナイ フのフォルダにはユーティリティーのアプリケーション、バイオリンやカセットなどのフォルダにはオーディオ関連のアプリケーションやファイルを入れるな ど、外観と中身の関連づけをあれやこれやと思い浮かべながら使い分ける訳です。

 あるフォルダを開けた瞬間にこれらのカラフ ルなフォルダが楽しげに並んでいる様には思わずニヤリとさせられます。また、デスクトップのドックに置いたスタックをクリックすると、ファン形式で様々な フォルダが、まるでびっくり箱のように飛び出して来る様子が楽しくて、意味も無くスタックをクリックしてしまったり…。

 単にパソコンに向かってフォルダやデスクトップのレイアウトをあれこれいじり回しているだけで楽しめるってのが、まさに マックな世界の楽しみ なんです。


  さて、そんな風に、デザインされた新しいフォルダに元のフォルダの中身を移し替える作業をいそいそとやっていると、ついやってしまいがちなのが、本来削除 してはいけないフォルダやアイコンをうっかり削除してしまうこと。なんせ、私は徹底した潔癖性で、ドックにある金属メッシュのゴミ箱にゴミが溜まったまま になっているのは我慢ならない性分なので、ゴミ箱はしょっちゅう空にします。
 …で、「あっ、マズイ。さっき捨てたアイコンは本当は捨てちゃいけないヤツだった。でもゴミ箱は既に空っぽ…。」なんてことがままあります。

  先日も、写真を閲覧しようとしても何故か iPhoto (マックの写真閲覧ソフト)が立ち上がらない。確かにアプリケーション・フォルダを探しても iPhoto のアイコンはどこにも見つからないところから察するに、どうやら気が付かぬ内にうっかり捨ててしまったらしい。

  そんな時、俄然威力を発揮するのが例の Time Machine システムです。Time Machien は単なるバックアップとは異なり、過去のある時点に於けるマックの姿を全て保存しているので、こんな時にはそのアイコンを誤って削除したと思わしき時点よ りも前の時点に遡ってそのアイコンを探し出し、復元ボタンをクリックしさえすればそのアプリケーション自体がいとも簡単に復元できるのです。CD などから再インストールすることとは比べ物にならない程に超イージー。

 いや〜、マックには深い愛を感じます。付き合っていて本当に楽しいですよ〜。

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